第二章 聖人ジャンヌ・ダルクさまの像は何も言わない。

第11話 ……あの、お呼びでしょうか? マリー・クレメンス理事長


 ――これは、もう一つの新子友花が過ごす『聖ジャンヌ・ブレアル学園』のサイドストーリーである。



「……あの、お呼びでしょうか? マリー・クレメンス理事長」

 ここは聖ジャンヌ・ブレアル学園、マリー・クレメンス理事長室である。

 つまり、この学園の創設者一番お偉い方の室である。


「……ええ、私が呼びましたよ。神殿愛さん。こちらへ」

 呼ばれた人物は、そう神殿愛であった。

「さあ、神殿愛さん。ここにお座りなさい」

「……はあ、失礼します」

 神殿愛は、マリー・クレメンス理事長室のドアの前に直立していた。

 それから一度深く一礼して――室内へと入って来る。


 部屋は少し薄暗い。

 カーテンが半開きで――マリー・クレメンス理事長は、その半開きになったカーテンの間から目下、学園のガーデンを見ている。

 見ていながら、神殿愛にお座りなさいと言ったのだった。


 ガーデンは生徒達が幾人もいる。

 時刻は丁度お昼くらい。正午過ぎのランチタイムの一時だった。

 神殿愛は、お昼休みにマリー・クレメンス理事長室へと呼び出されたことになる――



 神殿愛が応接用のソファーへと着席した――

 スカートを両手で押さえて、はだけないように礼儀正しく座った。



「――ふふっ」



 その微笑み……なんだか聞き覚えがった。神殿愛が横へ振り向く。

 だけれど、カーテンが半開きだったために、薄暗くてよくは気が付かなかった……。

 隣のソファーに誰か座って――

「……大美和さくら先生? ですか?」

「はい。ご名答です」

 隣に座っていた人物は、そう大美和さくら先生その人だった。

「……先生が、あのどうして??」

 神殿愛が先生を凝視したまま硬直する。

「ふふっ」

 大美和さくら先生のいつもの微笑み――そして、

「神殿愛さん? 夏休みの合宿はエンジョイできましたか?」

 唐突に、大美和さくら先生は言った。

 ――それから、先生はテーブルのカップを手に取りティーを啜る。


「……先生。ああ、はい。……ラノベ部の合宿は、それはそれは楽しく過ごせましたよ。みんなも……そう感じたことでしょう」

 大美和さくら先生に向かって、深く御辞儀する神殿愛だ。

「……それは、良かったです。先生も神殿リゾートで旅気分をエンジョイできましたから。まあ、これは顧問としての役得でしょうね」

 口にそれを含みながら、大美和さくら先生は……そう仰るもんだから、


「……ふふっ。……んぐっ?」

 口に含んだティーを、おもわず吹きこぼしそうになる。


「ちょ! 先生って」

 神殿愛が慌てて、スカートから白地のハンカチを手に取って、それを先生の口元へと持っていく。

「いいえ……神殿さん。お構いなく。自分で……」

 大美和さくら先生は、自分のスカートから青地のハンカチをサッと取って、自分の口元に当てた――


「……このティーって」

 口元を拭き拭きしながら。


「……あのマリー・クレメンス理事長。私やっぱ、このノルマンディー産のリンゴは、ちょっと青森の富士種とは味が違いますね……あははっ」

 大美和さくら先生はマリー・クレメンス理事長へ額に冷や汗? を流しながら、何だか投げ槍的にそう言った。


 それを聞いたマリー・クレメンス理事長、

「……まあ、失礼ですこと。さくらさん?」

 半開きのカーテンから、ガーデンを覗いていたのだけれど、くるっと先生へと身体を半分向けてから、

「そのアップルティーは、私の生まれ故郷のノルマンディー産の、それはそれは、とっても美味しいと有名なそれですことに」

 理事長、ちょっとだけムッとした表情を見せる。


「……あはは、マリー・クレメンス理事長。でも……これちょいクセがあるアップルティーですよね?」

 口に当てていたハンカチを、今度は額の汗を拭うために当て直した大美和さくら先生はそう返した。


「……ああ、先生! 私そのアップルティー知ってます!!」

 テーブルをバンッと両手で叩いて、神殿愛は、

「それって、“シードル”とか“カルヴァドス”とかいう、リンゴのアップルティーですよね? 確かフランスで有名な」

 なんだか、まるで難解な漢字の書き取り問題のヤマが当たったみたいな感じで――


「……ああ、神殿愛さん。それはアップルティーじゃなくて……」


「えー違いましたか?」

 勢いよく答えたけれと、思っていた解答じゃなかったみたいの神殿愛は、テーブルについた両手を離して、また姿勢良くソファーに座り直した。



「ところで、私がマリー・クレメンス理事長室へ呼び出された理由ってのは?」

 神殿愛は、自分にも用意してあったアップルティーを一口啜る。

「神殿愛さんは、確か生徒会選挙に立候補する予定でしたね?」

 と言ったのは、マリー・クレメンス理事長である。

 理事長はソファーには座らず、理事長席の自分の椅子に着席している。

 二人が着席しているソファーとは、数メートルの間が空いている。


「……はい。その予定です」

「ほんと! 神殿愛さんは聖ジャンヌ・ブレアル学園に対して熱心ですこと」

 大美和さくら先生が横から、

「ほんとにラノベ部の活動の熱心ですし、何より合宿に関しても神殿リゾートを手配してくれたんですから。先生感謝ですよ♡」

 両手を合わせて合掌――感謝の気持ちを神殿愛に見せた。

「いえいえ。私は私にできることをしたまでです」

 神殿愛、大美和さくら先生に顔を向けて軽い御辞儀を見せた。


「――でしたらと思って」

 マリー・クレメンス理事長が机の上に両手を組む。

「今すぐって話じゃないのですけれど、まあ2学期後半――クリスマスくらいになるかと思いますけれど、あなたのクラスに転校生が来ます」


「転校生ですか??」

 そう驚くなり、神殿愛は手に持っていたティーカップを急ぎテーブルに置いた。


「はい転校生です」

 マリー・クレメンス理事長は軽く頷いた。

「……でも、2年生の2学期に転校して来るって。しかも聖ジャンヌは進学校ですし――授業とかついていけるの……ですか?」

「……まあ、日本ではこの時期2年に転校させる学校は殆どないことでしょう」

 マリー・クレメンス理事長はそう言ってから、席を立つ。


「日本では? マリー・クレメンス理事長どういうことですか?」

 神殿愛は尋ねた。


 理事長は再び、半開きのカーテンの元へと歩いて行く……。

「その転校生は、つまり日本人じゃないってことです」

「……?」

 神殿愛は一瞬考えがまとまらない。


「神殿愛さん」

 そこへ、優しく声を掛けてくれたのが大美和さくら先生だ。

「……神殿愛さん。フランスはね……秋入学なんですよ」

「秋入学ですか」

「はい、そう秋入学ですよ」

 マリー・クレメンス理事長も、二人の会話に入って。カーテンの向こうを見続けながら、

「――その転校生は、神殿愛さん。あなたと同じ17歳です。フランスでは日本で2学期に当たる年に進級します。フランスと日本では進学制度はかなり違います。日本には原則飛級制度もありませんから……」

「はあ、飛級ですか?」

 神殿愛は少し落ち着いて返した。

「フランスの通例では、高校進学は生まれた西暦で決定されますから、日本で言うところの入学年齢は原則1歳早く入学することになるのでしょう。けれど――」

「けれど――ですか?」

 神殿愛は少し首を傾ける。


「――けれどね、神殿愛さん」

 今度は大美和さくら先生。

「フランスには飛級もあり秋入学ですけれど、その……彼女は、この聖ジャンヌ・ブレアル学園に転校する際にですね、学年をどうしますかってマリー・クレメンス理事長は尋ねたんです。……まあ彼女の成績では飛級として3年次に転校することもできました。でも、年齢は17歳で、日本とは少し変わりますね」


「はい。大美和さくら先生の仰る通りだと……」

 コクリと頷く神殿愛。

「……それで彼女と相談した結果、彼女は……その日本の学校制度に従いますってことで、話は落ち着いたんです」

「はあ……」


「……つまり、こう言うことです」

 カーテンの外を見つめていたマリー・クレメンス理事長は、またしてもくるりと神殿愛へと向いて。

「彼女は9月の2学期の――それもクリスマスくらいに、ここ聖ジャンヌ・ブレアル学園に2年生として転校してきます。17歳という日本の学校制度に従ってです。――彼女からすれば、少し不本意に思うことでしょう。飛級もなく3年次でもなく……でも、それは彼女は納得してくれて。そして、転校して来ることに同意したのですよ」


「はい。マリー・クレメンス理事長」

 と神殿愛。すると、

「そういうことですよ、神殿愛さん」

 理事長、ニコリと――続いて、


「……ふふっ。そういうことでちゅ!」

 何だか? よく分からない語尾を使って、大美和さくら先生も神殿愛を見つめて微笑んだ。

 いつものように? である。



「――あのマリー・クレメンス理事長、一つ質問があるんですけど?」

 右手を上げて、恐る恐る神殿愛が聞く。

「はい。何か?」

 これをじーっと見つめて、マリー・クレメンス理事長は返す。


「……あの、さっきから彼女はって三人称を」

「ええ。彼女と言いましたね」

「はい、神殿愛さん。仰る通り彼女ですよ」

 マリー・クレメンス理事長と大美和さくら先生が――



「――ということはですよ。転校生っていうのは男子じゃなくって!?」





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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