寝盗るブス風谷明日花04

 近くの喫茶店に入る二人。店員は、さっきとは違う相手を連れて来た風谷に、好奇の目を向けるが、そんな事に気をとめる余裕もない。頭の中で、色々と言い訳を考えていたが、見られてしまった以上、どう考えても黒岩に嘘をつき通せないと、風谷は諦めていた。


「それにしても驚いたな。まさか、あの先生と明日花が不倫をしていたなんて」

「そうかしら、不倫なんて誰でもする事よ」

「確かに、あの先生はかっこいいし、気持ちはわからなくもない。でも、あの先生は奥さんも子供もいるでしょう。ダブル不倫なんて、もしバレたら大変な事になっちゃうよ」


 風谷の秘密を知り、優越感に浸る黒岩は饒舌になる。しかし、黒岩が言うように、二人の関係がバレてしまったら、それは本当に大変な結末しか生まない。それをわかっている風谷は、黒岩の機嫌を損なわないよう、強く言い返せないでいた。

 水でもかけてやりたい気持ちを、必死に抑える風谷。しかし、ここで風谷は意外な行動に出る。


「それで、私の不倫を知った瑛士はどうするつもりなの?」

「え?」

「私の旦那に伝える? それとも、誰にも言わず黙っていてくれるのかしら?」

「うーん……」


 これは、風谷とって賭けだった。後ろめたさから仕立てに出ているだけでは、どんな要求や結果を招くかわからない。かえって開き直ってしまった方が、相手に主導権を握られなくて済む。交渉は、主導権を握った方が、圧倒的に有利となる。

 これまでの経験から、それを本能的に身につけていた風谷だった。


「どうするの? そろそろ、私は帰らなければならないのだけれども……」

「……だ、誰にも言わないよ」

「そう、それはありがとう。それじゃあ、私は帰らせてもらうわ」

「ああ……」


 伝票を手に取り、会計を済ませ喫茶店を出る風谷。後ろを振り返らず、背筋を伸ばして帰るその姿は、女性とは思えない程かっこ良かった。

 慌てて黒岩も喫茶店を出ると、風谷を追う。


「待ってくれ、明日花」

「何? 気が変わった?」

「いや、一つだけ教えてくれないか? なぜ、あの先生なんだ?」

「それは……あの人といると、私は幸せでいられるから……」


 そう答えると、風谷は家へと帰る。

 家に帰った風谷は、お風呂にお湯を溜めると、服を脱いで湯船に浸かる。口まで浸かり、身体がお湯で温まるのを感じながら、黒岩に不倫がバレてしまった事を悔やむ。どんなに、毅然とした態度をしていても、社会的に許されない事を、風谷も理解していた。黒岩が、本当に誰にも言わないと信用は出来ない。そんな事に恐れている自分が、改めて自分の行いが過ちである事を知り、後悔していた。


 夜遅く旦那が帰宅したが、風谷はすでにベッドで寝ていた。事前に遅くなると連絡があったので、色々あった風谷は、すでに疲れていたらしく、ベッドで寝てしまっていた。

 スーツを乱雑に脱ぐと、風谷の寝ているベッドへと潜り込むと、無理やりに上着を剥ぎ取った。


「……ちょ、ちょっと。……やめてよ、疲れているから」

「いいだろう。すぐに、終わるから……」


 お酒が入っている旦那は、理性が薄れているようで、その分性欲が強まっていた。

 寝ぼけている風谷はされるがまま、自分の旦那に犯される。そんな旦那は、獣のように風谷の身体を貪る。しかしそれは、絵画教室の先生とは違い、一方的な性処理でしかなく、早く終わる事を願い、風谷は必死に耐えていた。

 やがて、犬のような声をあげ旦那は果てると、そのまま横になる。風谷は、剥ぎ取られ服を着直すと、お風呂場へと向かいシャワーを浴びた。

 身体中を力強く擦りながら、必死になって洗う。頭の先から足の指の間まで、文字通り身体の隅々まで綺麗に洗う。まるで、旦那の感触を身体に残さない為に。それはもう、身体を洗っているのではなく洗浄。消毒しているようだった。


 ベッドに戻ると、すでに旦那は眠ってしまっていた。旦那に背を向け横になると、風谷は窓の外に見える月を少し眺め、やがて目を閉じて眠りについた。


 翌日の朝、旦那を送り出した風谷は、溜まっていた洗濯を終わらせると、部屋のそうじを始めた。ここ最近、家事をさぼっていたので、棚の上には薄くホコリが溜まっていた。そうじが終わると、すでにお昼に過ぎていたので、軽い昼食を取る。

 サンドウィッチとアイスコーヒーで済ませると、ソファに座り、ボーッとしていた。今日は、絵画教室もなく、旦那も出張の為今夜は帰って来ない。時間を持て余している風谷だったが、何もやる事がなく、ボーッとしているしかなかった。


 スマホを手に取り、絵画教室の先生へ連絡をしようとするが、どうしても着信ボタンを押す事が出来なかった。ダブル不倫中の二人には、二つ約束をしていた。

 一つは、お互いの家庭を壊さない事。現在、先生の妻は二人目の子供を妊娠中だった。風谷も、離婚して先生と再婚したいとは思っておらず、二人とも心の隙間を埋める為だけの関係。利害の一致で、結ばれているだけなので、お互いの家庭に干渉しない、壊さない約束をしていた。

 そして二つ目が、風谷から連絡をしない事。これは、一方的に先生からの連絡を待つ以外、風谷は会う事も出来ない。以前、別の相手と不倫していた先生は、妻にバレた経験があった。相手からの執拗な連絡できっかけでバレてしまい、その為こんな約束をしていた。

 その事を思い、風谷は先生に連絡が出来ないでいた。持て余す時間が、風谷の心を孤独にされる。「私の幸せはどこにあるのか」そんな事を考えていると、すでに時刻は夕方となっていた。


 突然、風谷のスマホが鳴る。着信の相手は黒岩。昨日の今日で、一体何の用事かと思うが、風谷は電話に出る。


「もしもし?」

「あ、もしもし。今何してる?」

「別に何もしていない。それより、何のようなの?」

「今から出てこれないか?」

「今から?」

「ああ、そうだ。不倫の事を黙ってあげているだろ? 頼むから、すぐに来てくれ!」


 もちろん、黒岩に会いたくない風谷だったが、不倫を黙っている事を引き合いに出されると、従うしかなかった。

 仕方なく、風谷は黒岩に指定された場所へと向かった。


 指定された場所は、例の裏路地の喫茶店。すでに、黒岩は先に来ていたようで、店に入って来た風谷に手を振る。


「それで、何の用で私を呼んだの? まさか、私としたいの?」

「いや、そうじゃないよ。ちょっと、明日花に伝えなければいけない事があって来てもらった」

「伝えたい事? 一体何?」

「それは……見てもらった方が早いと思う。そろそろ時間だから出よう」


 困惑している風谷を、強引に引っ張り店の外へと連れ出すと、ホテル街へと向う黒岩。やはり、口止めの見返りに、身体を求めていると思った風谷は、覚悟をしながらも、黒岩を最低だと蔑んでいた。

 現在、親友の岸島とつき合っている黒岩と、身体の関係を持ってしまったら、さらに岸島とも気まずい関係になってしまう。しかし、どうしても先生とのダブル不倫を、黒岩には黙ってもらうしかなく、風谷は選択の余地はないと諦めていた。

 ホテル街の入口に着くと、黒岩は電柱の影に隠れた。風谷にも隠れるように指示をする。


「ねえ、一体何なの?」

「いいから、見えないように隠れて。もうすぐだから」

「もうすぐ――って……」

「ほら! 来た。あそこを見て!」


 ホテル街を、腕を組んで歩くカップル。別に、こんな場所なら珍しくもない光景だが、その男の顔を見て、風谷は驚いた。

 その男は、風谷の最も身近な男性。自分の旦那だった。


「ほら、見失っちゃう。後を追うよ」


 黒岩に言われ、二人の後をつけると、一軒のホテルの中へと入って行った。二人がホテルの中に入ったのを確認すると、ホテルの入口前まで近づいた。


「やっぱり、明日花の旦那だったか。これが、風谷に伝えたかった事。明日花の旦那が浮気している事を、伝えたくて来てもらった」

「…………」


 まさか、自分の旦那が浮気していると、思っていなかった風谷は、頭の中が真っ白になっていた。ただ一点を見つめ、放心状態の風谷を見ていると、さすがの黒岩でも不憫に思う。

 仕方なく、慰めの言葉をかける。


「でも、これで明日花だけが悪いわけじゃなくなったから、案外おあいこなのかもしれない。……まあ、明日花だけが、負い目を感じる事はないよ」

「…………来て」

「……え?」

「いいから、一緒に来て!」


 今度は、風谷が黒岩の腕を引っ張り、ホテルの中へと入って行く。まさか、このまま旦那の所へ行くのかと思い、抵抗する黒岩だったが、風谷の危機迫る迫力に負け、覚悟を決めた。

 しかし、風谷は適当に部屋を決めると、黒岩を連れて部屋へと入る。風谷が、何を考えこんな事をしているのか、黒岩にはわからなかった。

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