婚期を逃したブス岸島リオン07

「ありがとう、三木。とにかく中に入って」


 外は雨が降っているようで、ずぶ濡れの三木を部屋に入れると、バスタオルを優しく渡す岸島。着替えの部屋着を用意しながら、昼間の事を思い出していた。


「はい。これに着替えて」

「ありがとうございます」


 渡された部屋着に顔を埋めると、三木は匂いを嗅いだ。肺いっぱいを、岸島の匂いで満たすと、三木は満足そうな表情を浮かべる。


「岸島先輩のいい匂いがします」

「バカな事していないで、早く着替えなさい。風邪引くよ」

「すまみません。恥ずかしいので、向こうを向いてくれますか?」

「ああ、ごめんなさい」


 後ろを振り向き、着替えを待っている間、岸島は三木に話かける。


「それで、今日はどうしたの? 仕事も早退して、心配したするじゃない」

「ごめんなさい。ちょっと体調が悪くなってしまって……」

「昼間の事は、私も言い過ぎたと思ってた。つい三木にあたってしまって……私の方こそ、ごめんなさい」

「大丈夫です。わかっていますから。岸島先輩の事は、誰よりもわかっていますから」

「とにかく、これで本当に仲直り。来週から、またよろしくね、三木」

「はい……岸島先輩…………」


 これからも、職場で一緒になる事を考えると、早いうちに和解出来て、岸島はホッと胸をなでおろす。何だかんだ言っても、三木がかわいい後輩である事に代わりなく、誕生日に来てくれた事は嬉しかった。


「岸島先輩、着替え終わりました。もう、大丈夫ですよ」

「そうだ。仲直りの印に、今日は一緒に飲もうか? 私の誕生日だから、三木お祝い――」


 岸島が振り向くと、そこには全裸の三木が立っていた。何も身に着けず、生まれたままの姿で立っている三木。

 その姿に、驚いている岸島を、三木は抱きしめる。


「ちょ、ちょっと三木? 何をしているの?」

「岸島先輩。私は、岸島先輩が好きです。ずっと言えませんでしたが、会社に入社して、岸島先輩に出逢ってから、ずっと好きでした。だから……私の気持ちを受け取ってください」


 そう言うと、三木は岸島の唇を奪った。強引に舌を入れ絡ませる三木に、何が起きたのか理解出来ない岸島は、受け入れるしかなかった。

 やがて、岸島が強引に三木を離すと、二人の唇の間には一筋の糸が繋がっていた。


「何をするの? ふざけないで」

「ふざけていません。触ってください」


 三木は、岸島の手を取ると、無理やり自分の左胸へと押し当てた。その手は震えていて、心臓の鼓動は早くなっていた。

 岸島の手を押さえたまま、三木は話かける。


「結局、あの男は来なかったじゃないですか? 岸島先輩を泣かせてばっかりで、あんな男は最低です。私は、岸島先輩を泣かせたりしません! 本気で岸島先輩の事が好きですから。だから、あんな男とは別れてください。私が、必ず岸島先輩を幸せにしますから……必ず……幸せにしますから……」

「…………」


 とても熱い想いに、岸島は涙を流した。しかし、それは嬉しかったからではなく、本当にその想いを伝えて欲しかったのは三木ではなく、黒岩からだった。その悲しい現実に、岸島は涙を流した。


「ごめんね、三木。気持ちは嬉しいけれど、やっぱり私は彼が好き。だから、三木の気持ちは受け取れない。本当にごめんね」

「岸島先輩……」


 泣いている三木を、岸島は力いっぱい抱きしめる。これが、自分の気持ちを言ってくれた三木に出来る、岸島なりのせめてもの優しさだった。

 しばらくして、落ちつきを取り戻した三木に部屋着を着させると、二人だけの誕生会を始めた。三木が用意していたケーキを食べ、何気ない会話を楽しんむ二人。時計はすでに、零時を過ぎていた。

 結局、黒岩が現れる事はなかった。


 その時、岸島のスマホの着信音が鳴り響く。相手は、黒岩ではく風谷だった。こんな時間にお祝いの電話かと思い、岸島はスマホを手に取る。


「もしもし、明日花。もう、誕生日は過ぎちゃったよ」

「もしもし、リオン! 誕生日おめでとう……じゃなくて、大変なの!」

「私の誕生日より、大変なの事って何?」

「とにかく大変なの! 今からリンクを送るから、そのサイトを見て!」

「何なのよ一体?」


 風谷から送られたリンクを押すと、あるサイトに繋がる。そこには複数の女性が、目隠しをされた写真を添えて掲載されていた。


「何なのこのサイト。これがどうしたの?」

「そこに『婚期を逃したブスR』って女性の事が書いてあるけれど、それってリオンじゃない?」

「R…………」


 カーソルを合わせクリックすると、日記と称されRの行動や会話の内容など、赤裸々に綴られていた。どう読んでも、岸島としか思えない内容に、マウスを持つ手が震えていた。


「ねぇ、リオン。もしかして、盗聴とか盗撮とかかされてない? 何かこれ、すごく詳しく書いてあるよ。電話の内容なんて、普通はわからないでしょう? もしかして、ストーカーとかされてない?」

「……」


 この日初めて、岸島は自分の生活が他人に晒されている事を知る。


 『黒岩瑛士とブス達の観察日記』その悪意のあるサイト名に、岸島は震える事しか出来なかった。

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