あまりにも寂しすぎる理想郷

 仕事でお疲れ気味の主人公が、路上で『車止めのオッサン』に出会うお話。
 これではなんの説明にもなってない、というか「その車止めのオッサンってなんなのよ」という話になると思うのですが、車止めのオッサンは車止めのオッサンです。他に言いようがありません。いや本当、まずここで度肝を抜かれたというか、「えっなに車止めのオッサンて」と思いながら読み始めた結果、予想以上に車止めのオッサンらしい車止めのオッサンが出てきた、その現実に舌を巻く思いでした。
 現実の現代社会を舞台に、でもそこにほんの一点だけ不思議な(あるいは不条理な)設定を追加する。道路上の車止めになってしまう人間。現実にはあり得ない、という意味ではなるほどファンタジーなのですが、でも考えようによっては全然ファンタジーでもないというか、「実はあり得るかもしれない」と考えた瞬間にこそ面白くなる作品です。
 実は自分が知らないだけで、もし本当は世界が『こう』だったら?
 日々の労働に疲れ果て、さりとて人生からの積極的な退場を望むほどの余力も動機もなく、ただそのまま薄く空気に馴染むかの如く消え去りたいと願う人の、その最後に行き着く先。苦痛からの開放にして最終的な到達点。こういうものを世間一般に理想郷と呼ぶのですけれど、でもそれにしてはあまりに寂しすぎる景色。なにより恐ろしいのはその救いのない人生のゴールに、でも彼らがしっかり救われてしまっていること。ならばそこは事実としてユートピアで、でも理想郷の風景を見て「なんて寂しい」と感じる、そんなわたしの住んでいる世界とは何か?
 驚きました。軽妙な文章にユーモラスな設定、ちょっとしたショートショートみたいな顔して、しれっととんでもないもん食らわせてくれます。車止めのオッサンの世界と、わたしたちの住む世界。果たして本当に寂しいのはどちらなのか、自分の認識の根っこをぐらつかせてくれる、静かながらも強烈な一撃を浴びせてくれる作品でした。