Case.7 最高の相棒

 ──突然のことだった。

 少なくても昨日までの仙崎愛翔にとっては、そうだった。

 だが、今の愛翔にとっては違う。


「ああ……あの時からずっと私と共にあったのか……いつも私を助けてくれる、最高の相棒……」

 私は私の心臓から生えてくる、黒い棒状のものを愛おし気に触れる。

 長年の友にやっと出会えたような、切なくも最上の喜びに満たされる。

 ちなみに、血はまったく出ていない。

 ただ、青波様の加護によるものか、黒い棒は海水を滴らせ、私の手の中で長さを伸ばし、太刀ぐらいまで大きくなると静止する。

「な、なんだ、この棒は……! なんだ、このオーラは!」

 八重柏が驚愕の声を上げ、恐怖で固まる。

 確かに、この神秘的な輝きと清らかなオーラは死人には毒だ。

 共に戦場を駆け巡り、怪異を狩ってきた最高の相棒だからこそ、その威力は自信を持って言える。

「これが委龍剣ですよ」

 私は相棒の真名を呼ぶと、周りの空気が明確に変わった。

 ひりついた雰囲気の中、剣の青い線が、渦を巻く。剣に着いていた異物を押し上げるように、小さな波が噴出し、本来の姿を取り戻していく。

「夢寐委素三種の神器の一つ、委龍剣」

 元は平安時代に作られた日本刀ゆえ、宝剣としては高い芸術性もあり立派だが、実戦向きとはいいがたい形状。

 実際、一癖どころのものではなく、使い道は限られている。

 しかし、私にはこれ以上ない武器である。

 だって……。

「私の前世からずっと共にある、相棒だ!」

 私は委龍剣を地面に突き刺すと、剣を中心に飛沫が、波が噴出し、床一面を駆け抜けていく。

 同時にほとばしるのは、破邪の力。

 神秘的な力がエントランスホールを覆い、悪しき力を霧散させようと、蠢きだす。

「んっがぁ、うがぁががががががぁああ!」

 よほどの攻撃力だったのか、それともデザインゾンビの耐久性に問題があったのか、ごっそりと波に削られている。

 特に目立つのは腹。ぽっかりとこぶし大の穴が開いた。

「な、なんだ、この威力! 無茶苦茶ではないか!」

「だから、言ったでしょう、委龍剣だって。夢寐委素三種の神器が、青波様の力が、弱いわけがないでしょうが」

 実際、久しぶりに使ったので、加減ができないところはあるだろうけど。

 どんなに最高の素材を使おうが、素は人間なのだ。人間の力が、神にかなうわけがない。

 少なくても、私はそう確信している。

「くう、ならば、君を倒して、その剣の所有権を奪うまでだ!」

 八重柏の持っているナタが私の右肩に迫る。

「発想は悪くないですね、八重柏」

 私はその剣戟をギリギリでよける。神がかり的な避け方に八重柏の目が点になる。

「え、仙崎探偵……戦い慣れていないか。そんな、普通の人間が、この攻撃を避けられるものなのか?」

「……八重柏、言いたいことはわかるよ。確かに、昨日までの私なら、快楽殺人鬼とはいえ、数多の人間を殺してきた腕前を持つその技術に対抗しきれなかったでしょう」

 されど、私の攻撃の手は緩まない。

 委龍剣を八重柏のスカスカな腹へと打ち付ける。

「あぁっがっ!」

 半分以上腹をぶち抜かれ、支えを失った上半身が折れた。

 ゾンビゆえに痛みはないようだが、ぶらぶらと中途半端に垂れているためか、格段に動きが悪くなっている。

「このまま、委龍剣でめった刺しにしてもいいけど……この神遊びゲームの趣旨を予測すると……悪手のような気がしてならない。だから……」

 私をおびき寄せているところから、ギミックは予想していた。

 最低でもこの天井のシャンデリアを私にぶつけ、圧死させることぐらいはするだろうと。

 八重柏の力がどのくらいのものか……桜井先生と雛形さんの死体の惨状から推測すると、結構なパワー型だと考えられる。だが、天井に吊り下げているシャンデリアを確実に落とすには、前もって細工をしたほうが確実だ。

 切り離すことを前提に考えれば、天井にぶら下がっている鎖のソレはすでにフェイク。見えにくいピアノ線か何かで吊っていて……それを切れば、落ちる。

 ピアノ線はすでに見つけてある。八重柏にここに呼び出される前から、探し終えていたのだ。

「さよなら、八重柏」

 委龍剣から発せされる波のオーラでピアノ線を切る。

 あっさりと、そして、もくろみ通り、シャンデリアは落ちた。

 私はとっとと安全地帯に。

 残っているのは、八重柏……津久井美緒と呼ばれた、ゾンビの集合体、一体。



「あぁあ゛ぁああ゛あ゛あ゛ああぁぁあああああ!」

 ガラガラガシャァァアンッ!


 凄まじい音の大合唱だった。


 骨が砕かれ、内臓が潰れ、拉げ、悍ましい音が鳴り響く。

 そして、残るのは煌めくガラスの破片と突き刺さった醜悪な肉塊。

 弾け飛んだ頭から、眼球がコロコロと転がる。しかも二つ以上……数えていないが、両手では数えきれないほどだったのは知っている。もしかしたら、雛形さんの眼球もあったのかもしれない。

「うっ……」

 魔術によって止められた時間が進みだしたからか、大半の肉は変色しており、塩がかけられたなめくじのように溶けていく。

 ピンク色や赤色が混じっているのは、そこらへんは新しく取り換えしたところだからか。

 それも、時間が経つにつれ、溶けてなくなるかもしれない。

 骨もグジャグジャで等身大骨パズルじゃないかと思うぐらい、数多のピースに分かれてしまった。

「気持ち、悪かった……」

 グロテスクな光景はやはり精神的に辛い。

 青ざめるしかないが、私はそのものズバリを口に出すことで、事実を受け止め、原始的な恐怖を抑え込むことに成功する。

 こんなことぐらいでって笑われるかもしれないが、認識することで、打ち勝つ勇気が与えられるのだ。

 黙とうを捧げるころには、あたりが静寂に包まれる。

 人の形を完全に失ったデザインゾンビは、完全に沈黙した。

「ふぅ。やりすぎたかもと思ったけど……これで、いいんだよね、相棒」

 委龍剣は私の独り言に答えるかのように、刃を光らせる。

 幻想怪奇の時間はまだ終わっていないようだが、目の前の怪異はちゃんと倒せたらしい。

「今生では十六年ぶりだったけど、上手くいってよかった……」

 人外はどこを狙えば沈黙するかわからないから、確実なのは殺すこと。これ、怪異では常識である。

「で、津久井の肉体を維持していたのはコレですか……」

 肉塊の中から現れたのは、全体的に緑色でそれなりの装飾が施された鏡だった。

 芸術品としてみると少し足りないものがあるが、その神聖なオーラはゾンビの中に埋もれていたとは思えないぐらいの輝きがあった。

 むしろ、デザインゾンビの体の中にあったからこそ、彼らの邪悪のオーラが抑えられていたのかもしれない。

「夢寐委素三種の神器とは違うようだけど……すごく引き寄せられるものがありますね」

 神聖な輝きだけで見ても、アーティファクトとしては申し分ないだろう。

 ただし、本来の用途について、私は知らない。

 だけど、このまま放置はないだろうと、持ち歩くことにした。

「さて。これから私はどうしますかね」

 唯愛の仇が取れたことには、安堵している。

 だけど、ザーザーと相変わらずバックミュージックは暴風雨だ。

 術が生きているということは、魔術的なギミックを解除する必要がある。

「しっかりしないと……私の前世……藤波ふじなみ実愛なおのりの名が泣いてしまいます」

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