Case.5 四日目 八月十六日

 ☆四日目 八月十六日


 ──睦月唯愛の死。

 私がソレを正しく認識するには、一夜明けて冷静になって考える必要があった。

「唯愛……」

 まだ中学生なのに……。

 私より若くて小さい従妹。唯愛が幼い時から、忙しい唯愛の両親の代わりに、ベビーシッターとして何度も世話をしてきた。唯愛が聞いたら顔を真っ赤にするだろうが、おむつを交換したこともある。

 探偵業に勤しむようになっても唯愛は時々私のところにやってきては、探偵の助手、お手伝いとか言ってよく遊びに来ていた。

 仲のいい従兄妹。

 それが私たちの関係だった。

「唯愛……」

 かわいい従妹が首を吊って死んだ。

 ブランブランと揺れる変わり果てた唯愛の姿を、両眼が捉えてしまった。

 刹那、理解したくないと脳味噌が拒絶の叫びを上げる。

 全身から血の気が引き、小刻みに指先が震え出し……意識が遠のいた。

 ……流石に耐えられなかったようだ。

 昨日の死体目撃ラッシュによって、累積していた精神的疲労も相まって失神。

 関口刑事もそんな私に協力を要請することなく、検視を一通り終えたらしい。

 この夏場ではこのまま吊るすわけにはいかないと、ロープをほどき、唯愛の遺体は桜井先生と同じく一時的に倉庫に保管されることになった。

 今は隣に置いてあると、運んで包んだという沙良は言ってくれた。

「つうことで愛翔、飯食えるか?」

 温かいみそ汁とご飯、そして色とりどりの副菜が出される。

 沙良が給仕もしているのは、津久井美緒がまだ困惑状態な上調子が悪いからだ。

 比較的元気な沙良が何とかしなければいけない、この状況。

 情けない。

 だから、食欲がなくても、ご飯は食べる。少しでも頭に栄養を送って動かさないと。

 味覚は死んでいないので、おいしさも感じる。

 ……命の味。

 私は私のためにいくつもの命を得ている。

 そう思うと申し訳なさが沸き上がるが、頂いている限り、決して無駄にはしない。

 誓いを立て、すべて残さず平らげ、エネルギー充填完了。頭をフル回転させる。

 ──現在。

 生存者四名。死亡者三名。

 昨日のうちに……いや、桜井先生はおとといの夜に殺されているかもしれない。

 この短期間でよく人を殺せるものだと思うところもあるが、私が注目すべきことはそこではない気がする。

 では、殺され方か?

 桜井先生の作品、夢寐委素島乱戦記と同じように人が殺されている現状。次は落石かそれに近い何かだと予測できるが……本当にそうなのか。

 唯愛は首を吊って死んだ。確かに、小説では一番若い青年……現在の基準から考えた年齢的には少年の死に方ではあるが、未遂で一度津久井さんが首を吊っていたではないか。

 死んでいないからもう一度にしては、あのタイミングはなんだ。

 悪霊の映像が流れる中で行われた首吊り。

 まるで、唯愛の方が本命であったと言わんばかりのシチュエーションだ。

(おかしい……何かが、決定的におかしい……)

 私が頭を抱えると、横にいる沙良が寄ってきた。

「愛翔。推理するには情報が足りないんじゃないか……」

 ……そうかもしれない。

 私には、幻想怪奇に対する知識が圧倒的に足りない。

 人の理を越えられたら……よしんば、犯人を捕らえることが出来ても、このままでは今の私では想像もつかない方法で逃げられる、ということもあり得るのだ。

 現に十六年前のあの日も……。

「?」

 私は今何かを思い出そうとしていた。

 記憶の奥底にある、何か。

 なんでそんな奥にあるのかと問われれば、日常を平穏に暮らすために、必要なことだったからだ。そんなことを誰かに諭された気がする……。

「愛翔」

 沙良の瞳が私の瞳を捕える。

 さらに吸い寄せてくるように、沙良が体を前へと出してきていた。

「さ、沙良」

 この距離感は子どもの時は普通だったが、今は違う。違うんだ、沙良。

 一気に緊張と興奮が私の胸に渦巻き、蒸気。体温を高めてくる。

「仙崎愛翔……」

 私のそんな心情をお構いなしと、沙良は私を逃がさないとばかりに手を両肩に置く。

 普通男女逆じゃないかと思われるかもしれないが、私はその時そこまで考えが至らなかった。それでなくても布越しに女の体の感触が伝わり、頭が高熱をはらんできたのだ。

 昔もかなり愛らしいかった幼い美貌が、この長い年月の中、順当に成長し、磨きがかかり、蠱惑的な魅力を増した女の顔が接近してくるのだぞ。

 正直、心臓がろっ骨を突き破るのではないか、と思ったくらいに暴れてきた。

「オレは推理とか儀式とかごちゃごちゃしたルールに疎い。だから、愛翔の頭脳が必要なんだ……だから、思い出してくれ」

 パンッ!

 頭の中がはじけるような音がしたような気がした……。

「うっ、あっ、あ……」

 大量に流れてくるのは『記憶』。

 いや、もともと私の頭の中の引き出しにはあったのだ。むしろ、今まで思い出せなかったのが、どうしてなのかと思うぐらい、自然と馴染む。

「はぁ……、はぁ」

 しかし、私はソレを素直に受け入れられるかといえば……少し違う。

 今まで不要だとされていた意味も、わかってしまったからこそ、拒絶する心もある。だけど、知ってしまったからには後戻りをする気はもうない。

 その知識は、深淵なる闇の知識は、今、私に必要なのだ。

「愛翔、すまねぇ……」

「いえ、いいよ、沙良。私は……知らなければならなかったんだ……」

 沙良から手渡されたお茶をゴクリと飲みこんで、私は凍り付いていた疑問が融解していくのを感じた。

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