Track.14  動機

 ──食堂。

 生存者五名。死者二名。


 ボクたちは情報と意見を交換し合っていた。

 と、いっても、ボクはほとんど意見を聞くだけに徹し、頭の中でキーワードを繋げてみる。

 出てきた答えは、たつなみペンションに『宮瑠の殺人鬼』が潜入しているのかもしれない。

 簡単にまとめるとこうなるが、いくら何でも出来すぎている、と言われるかもしれない。

 だが、この『宮瑠の殺人鬼』が犯人なら、死体がやけに猟奇的でも納得してしまえるぐらい、悪名高いとのこと。

 後は、宮瑠町にこれらの死体を持ち込めば、完璧。『宮瑠の殺人鬼』は宮瑠町に死体遺棄するのが鉄則で、犯行現場が宮瑠町とは限らないのだ。

 他県在住者であるボクは殺人鬼どころか宮瑠町のことさえ知らないから、驚くことしかできない。

「はぁ。世の中にはまったくもってはた迷惑な存在がいるんだな」

 沙良も他県在住者なのか、殺人鬼の話を全く知らなかった。

 情報規制もされているし、宮瑠町に住んでいないとまず警戒しないだろう。

 まだ捕まっていない殺人鬼だとしても、それは世の常。

 犯人を割り出しても、証拠を確保しないと、捕まえられないのである。その間、犯人が街中をうろうろしても、誰も気には留めない。

 一般人は自分に危機が迫らない限り、あっさりと見逃すのである。

「すると、犯人の狙いは桜井先生およびその関係者ってことですか」

 ボクは日記を読んでいないのでわからないが、桜井先生は『宮瑠の殺人鬼』にとって致命的な情報を得てしまったゆえに、口封じ目的で殺されたのかもしれない。

「だが、それはそれで解せないところはある。電話が通じる状況。桜井先生が亡くなったことで、『宮瑠の殺人鬼』捜査チームの一部はすでに彼の家、仕事部屋と資料部屋を重点に手掛かりになるようなものがないか調べているところだ」

 資料、先生の部屋に残っているのか。

 ちょっと考えれば、ペンションにすべての資料を持ち込むわけないし、持ってきてもスペアがあるものばかりだろう。

 資料を先に葬ってから、先生を殺害のほうが合理的だ。わざわざ先生を殺して、彼が残した資料は重要ですよとアピールする訳がない。

「口封じ目的ではないということは……ただ邪魔だから殺したという線もあるのかな」

 愛翔兄ちゃんも結構発想が恐ろしい。

「じゃぁ、さしずめオレたちは、『宮瑠の殺人鬼』にとって、この嵐の中の暇つぶしか。殺しきったら、その遺体を宮瑠町に飾るつもりなのかもな。趣味悪りぃ」

 嵐によって誰も助けに来れない状況。

 吊り橋が壊れて落ちたことで、自力脱出もほぼ不可能。

 絶望的である。

「あ~、そのことなんだが、お前ら、魔術とか超常現象を信じるか」

 関口刑事が少しばつが悪そうに言った。

「え……と」

 普通なら何ふざけているんだ、これでも警察か、と怒鳴ってもいいところだろう。

 だけど、ボクと愛翔兄ちゃんはすでにそういう怪異に出会っている。

 首なしゾンビと角に棘いっぱいのサメ。

 魔術とか超常現象と言い張らないといけない摩訶不思議な存在。

 肯く以外選択肢はなかった。

 意外なのは、沙良もほぼ同時に肯定したことだ。彼女と知り合ってそう長くはないが、どんな半生を生きてきたのかと思わざるを得ない。

「うむ。なら、話が早い。実は……この夢寐委素島乱戦記について調べている日まで遡るのだが」

 ペラペラと関口刑事が日記のページを戻す。

 そこには乱戦記ために考えたであろう簡易プロットに、資料の切れ端。

 没案が多いが、遂行した足跡が残っている。

「あれ、桜井先生ってば、結構夢寐委素町のこと調べているけどさ、余計なものもあるな。ほら、この赤染信仰の記述……小説の方には、没にしたネタだろうけどよ」

 夢寐委素島乱戦記において、赤染信仰に関する情報はない。

 ただし、青波様の神主を作るための儀式のアイデアに一部使用されているところから、影響があったのは間違いないだろう。

「人の寿命と運命を食い続けなければ死者はこの世にとどまれない。ただし、例外として……ある儀式を行えば永久に生きられるかもしれない。なんて、例外なんかあるわけないのにな!」

「そうだね……でも、沙良、そのことなんだけど……」

 愛翔兄ちゃんが、昨日夢寐委素埋蔵コーナーで撮影した巻物の映像をボクたちに見せる。

「なっ……」

 沙良の顔が驚愕に染まる。

「おかしいなと思って、撮っておいたよ……。この文章が、ここで見立て殺人を起こしている原因だと思う」

 龍の玉に三種の神器をかざし、赤染を招来に成功した死人は、他者の運命を背負う欠点を取り除かれ、思うがままの寿命を得ることが出来るようになるだろう。

 ただし、赤染様は気まぐれにて、残酷なお方。

 そして、なにより、邪悪を好む。

 ただ三種の神器を揃えても、決してそのお姿は見せないだろう。宴を催しなさい。開幕の音頭は恐怖によって歪んだ叫びが好ましい。呪法を使い、舞台を整えよ。

 神器がない。ならば作れ。赤黒く輝く妖具でも、赤染様がお悦びになる狂宴が開かれれば、ひょっこりと現れるかもしれない。

 龍の宝珠を穢す、悪辣の宴は何よりも美酒だ。

「あんにゃろう……いや、そうか……だから、ここで殺人事件を起こしているのか」

 本来なら下らないと乾いた笑みを浮かべるところだろう。

 だが、たつなみペンションの実際殺人事件が起きているので、笑えないのだ。

「ただ、青波信仰の青波様は、呪法を感知する能力がある。それによって、時空を超えて、魔を浄化するらしいけど……」

 赤染を招来させるための邪悪な宴やらは、青波様にバレるのは必然ってことか、愛翔兄ちゃん。

 青波様の妨害をものともせずに、殺人事件を起こせという言い回しなのかもしれないが……。

 むしろ、青波様の目を掻い潜って幻想怪奇殺人事件を成立させるぐらいの、計算高い死人ではないと、運命を背負うデメリットを取り除く気にならないという訳か。

 赤染様なら、そう言ってのける。

 根拠がないはずなのに、ボクでも断言できる。

 なんでだろう。この狂気的な雰囲気にのまれているのかな?

「ン……んっん……」

 ちなみに、オーナー代理の津久井美緒は、ただいま食堂のソファに倒れている。

 ショッキングなことが多すぎて、さすがに精神が耐えられなくなってしまったようだ。

 彼女の服装が朝とは違うことと、首には痛々しい荒縄の痕があるところから、粗方の事情は予想できる。

「そうなると……ボクたちにできることは、このペンションに潜んでいると思われる『宮瑠の殺人鬼』を探し出して捕まえるか、この嵐が過ぎ去るのを待つか、なのですか?」

 具体的な方針を述べてみて、ボクは陰鬱になる。

 どっちも嫌だと。

 そりゃ、刑事と探偵はいいよ。

 インストラクターの沙良も、あの身体能力と地の利があるからまだマシだ。

 何もない、一般中学生にはこれらの勝利条件は絶対逸脱している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る