Track.8 ゾンビ対シャーク

「キョェエエエェエェエエェエエエ!」

 サメもどきは太い尾をビチビチと動かして、ボクらを守るように、投げ飛ばされたモニュメントに頭突き。双方、地面に倒れた。

 ただし、サメもどきは平気らしく、余裕の表情で立派な角を誇らしげに掲げ、ビチビチと動くと、モニュメントを自慢の棘と大きな体格で粉々に砕き、大量の破片を中庭周辺に散らばらせる。

「……」

 目論見を文字通り『砕かれた』ゾンビはサメもどきの圧倒的な力に恐れおののいたのか、明後日の方向に逃げ出そうとする。

 だが、サメもどきはゾンビを逃す気はないらしい。

 尾を振り上げ、ゾンビに突進。

 窓越しでも重い低音と破壊音が響き渡る。

「まさか……ゾンビVSシャーク?」

 B級ホラー映画でありそうなタイトルである。

 ただし、ゾンビはサメもどきの巨体になすすべなく、一方的にやられている。

 人間相手なら猛威をふるうゾンビも、倍ほど違う体格差と絶対的な力には到底敵わないようだ。

 むしろ、一飲みされなかっただけ、健闘したともいえる。

「シャァ、シャシャシャ!」

 グチャグチャグチャ……。

 弱きものは淘汰される。自然界の掟。

 ワイルドな食事風景のため、大きな血だまりが出来上がった。

「うわぁ……」

 破壊されたモニュメント。激闘の末、粉砕されたタイル。そして、捕食されたゾンビがいたことを示す血の池。猟奇的な殺人……遺体がないので、そこまで発展しないだろうが、大事件が起きたのではないかということは容易に想像できる。

 翌朝、近隣住民に驚かれるのは間違いない。

「ケプッ……。シャ~……」

 ごちそうさまとゾンビを食べ終えたサメもどきは、鏡から出たときの清らかな海の飛沫へと戻る。

 飛沫が破壊された場所にふりまかれると同時に、周辺は元に戻っていた。

「え……」

 モニュメントは元の位置。規律正しく張られたタイル。血だまりどころか塵一つないのではないかと思うぐらい、きれいに清掃されていた。

 ゾンビ対シャークが行われる前の時間まで巻き戻ったというか、いつもの変哲もない平凡な光景よりも、清められた。

 清掃の人には驚かれるだろうが、近隣住民たちには喜ばれそうである。

「うん。よくわからないけど、何とかなったね」

 愛翔兄ちゃんは窓を開け、清浄な夜の風を事務所に取り入れる。

 換気がこんなにも気持ちがいいものだったなんて……初めて知った。

 ボクたちがゾンビに狙われ、サメもどきに助けられた理由は今ひとつわからないが、平穏が戻ってきたのだけは、確かのようだ。

 鏡通信・悪霊ゾンビ退散・除霊あとしまつ完了で、ボクたちをソンビから守ったサメもどきに、感謝である。

 そして、先ほどの光景で、一つ思い出したことがある……夢寐委素島の血だまり事件だ。

 マジックのように跡形もなく消える、血。

 ゾンビVSシャークの戦いの後だとしたら……。いや、八重柏さんの言い方からすると、血だまりしか目撃されていない。ゾンビもシャークも血だまりよりインパクトが強いはずだ。

 八重柏さんだって、探偵よりも、霊能力者の方に依頼するはずだ。

 兄ちゃんを頼ったということは、ゾンビもシャークも島では目撃されていない、もしくは島の血だまり事件とは一切関係ない、のどちらかだ。

 どちらにしろ、夢寐委素島に行かないとわからない。

「今日はどっと疲れたね、唯愛」

 兄ちゃんの一言でボクの意識は現実に戻る。

 そして、同時に鳴るぐ~という音。腹ペコだと訴えている。

「宅配ピザを頼むと夕飯遅くなるから、今日はもう外食にしようか」

「いいの、兄ちゃん」

「ああ。こういうときは、おいしいご飯と食べて、ゆっくり寝るに限るよ。あ、夜道は危ないから、家まで送っていくよ」

 もうガキじゃないから、送らなくてもいいよと言わなかったのは、やはりあんな怪異を目にした後だからだろう。

 一人、めっちゃ怖い。

 この日は両親が家に帰ってくるまでずっと、愛翔兄ちゃんの側にひっついた。

 いつまでたっても甘えん坊ね、と母に笑われたが、仕方がなかったんだと、ボクは言い張りたかった。

 でも、できない。

 言ってもどう考えたって信じてもらえない。

 話すことで起きるであろうデメリットがでかすぎる。ボクは、人にいえない苦しみを背負うことになった。

 ああ、つらいな……。

 ボクはゾンビVSシャークという怪異に、恐怖心と苦悶感を刻みこまれた。












 ──死者数・一/発生月日・八月七日/曜日・月曜日/発生場所・新谷琉市赤武区/類型・人対車/路線・県道/道路形状・交差点──


 これは、交通死亡事故速報に載っていた情報だ。

 あの時のサイレンの音はこの事故によるもので、被害者の名前は……八重柏和彦。

 即死だった。

 それだけでも十分怖いのだが、詳細はもっと怖い。

 八重柏和彦はトラックにひかれ、たまたま落下した場所に鋭利な刃物のようなものが落ちていて、首が斬られたという。

 それはまるで斬首刑をうけたかのように、完全に首と胴体が離れたのだ。

 首をはねられて死なない人間はいない。

 しかも、胴体は飛ばされた方向が悪かったらしく、対向車線上の特定大型車にもひかれ、グチャグチャ……見るに堪えないほど損傷したという。

 八重柏和彦は確実に死んだ。

 喪主は生前から親交があったという八重柏氏の友人で、夢寐委素島でひっそりと葬儀を執り行なわれたという。

 ボクがこのことを知ったのは、夢寐委素島に行く三日前。

 愛翔兄ちゃんが念のために再点検して問題なしと太鼓判を押したライトアップ剣が、持ち主の少年のもとに無事戻った後。

 海のバカンスを楽しむのはいいけど、八重柏さんのペンション内では、あまりはしゃいではいけないよ、兄ちゃんにと戒められた時だった。

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