第四話 親子 (08)

「…なにを」

「そんだけ動揺してるってことは、やっぱりそうなんだろ。あの子はケイトの娘の”ANGELAアンジェラ”なんだよな」

「…っ!!?」


 彼女の表情を見て確信する。華の屋敷を出た後、事務所に帰って睦月は調べたのだ。彼女の元旦那にも電話で確認を取り、子供の写真をメールしてもらっていた。だから、睦月はすでに知っていたのだ。メイがアンジェラだったことを。


「何がRDIの管理下にあるだよ。素直に娘は渡せない。そう言ってくれれば僕は引き下がったんですよ。メイのことはかわいいです。育てようって本気で考えていました。けど、母親がそばにいるなら、そのほうがいいって思ってました。でも、メイのことを物としてしか思えないなら、やっぱり渡せません」

「…」


 睦月の言葉にケイトは肩を落とした。ここに来たのは、ケイトの本心を聞くためとメイと別れの挨拶をするつもりだったのだ。でも、母親であるはずのケイトが娘を、まるで他人のように口にしたことで感情が爆発したのだ。


「だけど、あの子は私のことを覚えていないわ」

「それが何だって言うんですか?それに、本当に覚えていないとでも?」

「何が言いたいの?」

「気がついてますよね。事務所にあった絵には何が描かれていました?」

「それは…」


 はっとしたように、メイのいるほうに目を向けるケイトを見て睦月は言葉をつむぐ。


「確かにメイはいろんなことを忘れていたみたいです。でも、心が覚えていることってあるんですよ。あの子の好きな動物知っていますよね」

「キリンとアルマジロ…」


 メイの落書きはキリンだけだし、アルマジロのぬいぐるみは持っていなかった。だが、それでも、ケイトはそう応えた。つまり、アンジェラであったときの記憶はなくても嗜好は変わっていないのだ。


「好きな食べ物は?」

「あの子、ぺペロンチーノとか辛いものが好きだったわ」

「ですよね。今でも同じですよ。子供だからあんまり辛いのはって控えめにすると怒るんです」


 睦月がそういうと、ケイトは悲しそうな表情のまま微笑んだ。恐ろしい上官ではなくやさしい母親の顔で。


「それにね、僕がメイをDOORで見つけたとき、目を覚ましてすぐに”カーリー”って口にしたんです」

「!!!?」


 ケイトが目を大きくする。


「何のことだろうって思っていましたけど、別れた旦那さんに電話してようやくわかりましたよ。ケイトのあだ名なんですってね」

「え、ええ。あの人が私のことをそう呼ぶから…」

「メイは僕のことも”むつきくん”と呼ぶんです。周りの人の呼び方を真似するんです。メイは母親のことを忘れたわけじゃないんです。目を覚まして最初に求めたのは、やっぱり母親なんです」


 ケイトの頬を涙が伝っていく。


「…私…私は…どうしたらよかったの」

「知りませんよ。そんなの自分で考えてください。ケイトが母親としてあの子を引き取るというのなら、僕は引きます。でも、RDIの実験体だというのならメイをつれて帰ります」


 崩れ落ちるケイトから銃口を外し、睦月はメイのもとに駆けていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ケイトは娘のことを想う。

 死に瀕した娘を救うには、RDIが予ねてより実験したがっていたサイボーグ化の処置を施すしか道はなかった。睦月の妹と違い時間の残されていなかったアンジェラには、エリクシールの順番待ちの列に並ぶことなどできなかったのだ。

 

 娘に施す処置に対して、ケイトと旦那は意見が分かれた。

 どんな形であれ、娘を生かしたいと考える母親と、人ならざるものと成ってまで生かすことは娘に苦痛を強いるのではないかと考える父親。結果的にケイトが親権を得て、娘に治療という名の機械化手術を行うことになった。

 本来は、機能不全に陥った部位の機械化だけで十分なのだが、RDIはその処置を施す代償として脳内へのチップの埋め込みと、センサー類を取り付けた羽を移植することにをケイトに了解させたのだ。


 手術はうまくいったものの、脳内へのチップ埋め込み手術によりアンジェラはそれまでの記憶を失い、コードネーム”エンジェル”の名で呼ばれるようになった。ケイトはそれでも娘が生きていられるのならいいと考えた。

 思い込もうとした。


 RDIとしては、当然のことのように少女に埋め込んだ各種機能のテストの実行に移した。そこで、機能テストのためにDOORの調査に向かわせたのだが、転移機能によりアンジェラは睦月の調査中のDOORに飛ばされたというのが真相だった。


 メイについていた血は、同行していた研究者のものだった。空間の裂け目に落ちたメイに手を伸ばしたところ腕に裂傷が走ったのである。腕が切断されることはなかったが、彼もまた別のDOORへと転移させれた。研究者が別のDOORで発見されたことで、RDIは実験体もどこかに飛ばされたと推測し、世界中のDOOR関係者、および調査員を監視していた。


 そのDOORは世界中に散らばるどこかのDOORにランダムで人を飛ばす機能があったのだが、それが判明したのはアンジェラが飛ばされた後のことである。

 転移の影響か、睦月の調査していたDOORの持つ電波障害機能が脳内のチップに損傷を引き起こしたのか、チップへの高負荷により脳へとダメージがかかり再び記憶を失った。あるいは一度目に記憶障害を起こした部位に、影響を与えたのかもしれない。


 ケイトは睦月から買い取ったDOORで娘に再会したとき、少女の目を見て三度目の絶望を味わった。生きてさえいればいいと、少女をRDIに捧げたケイトだが、この仕打ちはあんまりだと思った。


 一度目の記憶喪失はあきらめもついた。

 悲しいけれども、再び親子の絆は作れるはずだと思った。

 そして、いままでの二人の歴史をたどるように娘と過ごした。

 少しずつ二人の間に、かつての日々が戻ってきたように思えた矢先のことだった。


 メイは怯えるような目でケイトのことを見た。

 そして、「むつきくん」と泣き叫んだのだ。

 ケイトは少女にとって、敵でしかなかった。大切な父親と引き離す悪の手先のように映っていた。ただの記憶喪失ならまだよかったのだ。もう一度、真っ白なキャンバスに少しずつ色を落としていけばいいのだから。

 しかし、睦月と過ごした2か月半の日々が、別の絵を描いていた。

 そこにケイトの入る隙間はなかった。


 睦月はメイを連れてRDIを出て行った。

 彼女には止めることはできなかった。

 彼の言った言葉が響いていた。


 ”母親としてなら”

 

 もちろん、いまでもケイトはアンジェラの母親としての意識はある。でも、メイの母親でいられる自信がなかった。彼女のことを愛おしく思う気持ちに嘘はない。それでも、ほんのわずかだが、二の足を踏んでしまった。あの瞬間、睦月の言葉に即答できなかった自分。


 なぜ、睦月を前に母親であることを隠そうとしたのだろうかと考える。エンジェルはRDIのトップシークレットであることは事実だ。だからこそ逆に娘だから渡せないと言うことはできたはずなのだ。


 私はどこかであの子の母親であることを諦めてしまったのだろうか。


 わからない。


 何もわからなかった。


 娘を連れて外に出ていく睦月を、ケイトは立ち上がることもできずそのまま見送っていた。


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あとがき


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