第二話 鍵の掛かったDOOR(05)

「だああああああ、くそったれーーーーーー」


 洞窟内に睦月の悲鳴が響き渡る。息も絶え絶えになりながら、でこぼことした足場を駆けていきつつ睦月は後ろ振り返り、軽機関銃ウージーの弾をパララララとっとばら撒いた。狙いも何もない雑な攻撃。

 

 幾つかの弾丸はモンスターを捕らえるが、それでも、睦月のピンチは変わりない。

 ドドドドドドドッと振動音すら響かせて睦月の後を負うのは、小型犬ほどのサイズの軍隊鼠と呼ばれるモンスターで、その数ざっと150。睦月はなんどかウージーなどで減らしてこの数である。


 睦月がとった手段はウージーだけではない。手榴弾も何度かばら撒いている。しかし、それに対し鼠の群れは、さっとモーゼの奇跡のように手榴弾から距離を取り、群れとしての損傷を最小限に食い止める。


 どこかに司令塔がいるのだ。

 どぶ色の鼠の群れに、一匹だけ青色の鼠が混ざるような分かりやすさはない。すべて同一個体。どうあっても、全滅させるしか方法はない。

 走りながらの銃撃でも、睦月の攻撃は確実に鼠を減らしていく。だが、いかんせん数が多すぎる。


『そこを右』


 時折入る浅葱の指示を受けながら、右に左に曲がりながら走り続ける。止まればその時点で終わりだ。一匹の鼠の牙はたしたことなくても、150匹に噛み付かれたら死ぬ。ダンジョン内を走り回っていれば、敵は背後の鼠だけではない。当然のように前方にも化け物が現れることもあるのだ。


 それを瞬殺しつつ、背後の鼠を減らしていく。

 走り続けるのにも当然限界はある。すでに鼠の群れとの追いかけっこを初めて20分以上経過しているのだ。

 その間に殺した鼠は100匹はくだらない。ついでに言えば片手間に殺したゴブリン31匹、散らしたスライム5匹、オーガ5匹。

 

 浅葱の案内がなければ、あっという間に行き止まりに突き当たっていたことだろう。それを避けるため、彼女はぐるぐる回れるルートを選定している。

 そのお陰で新たな化け物は出てくる頻度は減ったが、解決策はいまだに見えない。時々後ろを振り返りながら、ウージーで適当に鼠を減らしていく。


『次は左。その後すぐ右。睦月君大丈夫?』

「はあ、はあ、はあ、きついっす。はあ、はあ、足さえ止めなきゃ、はあ、大丈夫ですけど、はあ、なんか、はあ、かんがえないと、はあ」

『殺鼠剤とか?』

「あったら、使ってるわ!!」

『じゃあ、パチンってなるやつ』

「持っとるか!!」

『超音波?』

「……どういうことっすか?」

『ネットで調べたら、超音波で鼠を撃退って出てきたけど、モンスター図鑑には乗ってないんだよね。通じるかどうか不明だけど…睦月君大音量流せる?』

「タッチパネルをいじれば、はあ、多少の音は流せます」

『じゃあ、一回試そう。準備できたら教えて、こっちも鼠撃退用の超音波ダウンロードするから』

「了解」

 

 睦月は走りながらバックパックからタッチパネルのモニターを取り出し、通信デバイスの音声を飛ばせるように接続を変更する。その上で、スピーカー部分に反響を高めるための囲いを作る。もちろん、牽制の銃弾を撒き散らしながら。


「準備完了」

「じゃあ、流すよ」


 きぃいぃぃいいいんんんんんん


 睦月の耳には何も聞こえてこないが、何かが起きたのは理解できた。唐突に動きを止めた鼠の群れに睦月は手榴弾を三つ放り込む。連続する爆音が鳴り響き、もうもうと土煙が体を包む。足を止めることなく駆け抜け、煙の範囲から逃れたところでウージーを構えて鼠がこないかと待ち構える。

 

 はあはあ、と息を整えそのときを待つが、煙が晴れた先に見えるのは無数の鼠の死骸だけ。100匹以上いたはずだが、死骸は50~60匹程度と想定より少ない。しかし、残りの鼠がいなくなったということは、群れを形成するのに必要な個体数を下回ったということだろう。司令塔はたぶん生きていると睦月は考える。

 いなくなったなら、そのまま突っ込んできていてもおかしくないのだ。


 睦月は駄目だと思いながらも、その場で崩れるように腰を落とした。


「助かったみたいです」

『よかったぁ』


 イヤフォンの先からも、心から安堵したようなほっと力の抜ける声が聞こえてくる。睦月は鼠の死骸と、その先の通路、後方の通路と首をめぐらせ大きく息を吐いた。すぐにこの場から移動した方がいいと、頭の中の冷静な部分が告げるのを、極度の疲労が立ち上がるのを拒否する。


「先輩、周囲の警戒お願いします」

『少しだけだよ』


 イヤフォン越しの声に”ぜえはあ、ぜえはあ”と荒い呼吸が混ざって聞こえるせいか、浅葱はやさしくそう答えた。カバンから水の入ったペットボトルと、カロリーバーを取り出してエネルギーと水分を補充する。全力疾走というわけではないけども、鼠に追いつかれない速度で30分以上走り続けた両足は乳酸が溜まり熱を持っていた。

 だが、ダンジョンは助手のようにやさしくはない。


『睦月君!』

「…了解っす」


 次第に息は落ち着きを取り戻し、汗として失われた水分の補給が完了した頃、通路の影から、死臭に呼ばれてスライムが顔をのぞかせた。死骸をきれいにしてくれるスライムだが、生き物と死骸なら間違いなく前者を選択する。


 睦月の存在に気付いて速度を上げるスライムをどこか他人事のように眺めながら、ゆっくりと立ち上がる。


 余裕をぶちまけていた睦月だが、腰にぶら下げた手榴弾をつかもうとした手が空を切った。


 軍隊鼠の群れに使いまくった上での、さきほどの三発である。残弾を常に把握しているはずの睦月は、しまったとばかりに冷や汗を流し、火照った体が急激に冷やされる。


 瞬時にウージーを左手につかみ、後退しながら銃弾を撒き散らす。銃弾の一発一発がスライムの体を弾いて洞窟内部に撒き散らせる。それでも、マガジン一つ空にしても、スライムの体積は10パーセントほどしか損傷していない。


「ああ、もう!!」


 泣き叫びながらマラソンを再開して、ウージーのマガジンを交換する。こっちも数は少ない。ショットガンの残弾も、拳銃の残弾も残りわずかしかなかった。


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あとがき


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