第二話 鍵の掛かったDOOR(03)

『前方、大型の影あり』

「了解」


 ショットガンに持ち替えて前方に注視する。前回の調査でも遭遇したオーガと名づけられた個体。ゴブリンとは一回りも二回りも違う身の丈3メートル近い大柄の化け物。

 二足歩行で、頭には角があり、盛り上がる筋肉の上をビクビクと浮き出た血管が脈打っている。骨が異常なまでに固く、拳銃程度の威力では頭蓋を砕くことが出来ない。

 

「グォオオオ」


 雄叫びにすくみあがる心を抑えるように、ガシャンと音を立ててショットガンの引き金を引く。

 睦月の姿を捕らえたオーガが瞳をぎらぎらにたぎらせて、四肢のバネを利かせて突進してくる。睦月の印象としてはトラックが突っ込んでくるようなプレッシャーを感じる。

 洞窟の幅からすれば、よけられなくはないが、それはあくまでも真っ直ぐ突き進んでくればという話だ。


 彼我の距離が10メートルほどまで近づいたところで、睦月は引き金を引いた。

 跳ね上がる銃身を押さえつけて、銃口から火が噴いた。銃弾がオーガの大木のような左足の足首を打ち抜き、オーガがつんのめる様に転がる。前かがみに倒れこむオーガの頭に向かって銃口を合わせて、二発目を打ち込んだ。拳銃よりも重たい音が洞窟内に響き渡る。

 頭蓋の欠片と脳漿をぶちまけて、オーガは静かになる。


 一撃で頭を狙うよりも確実に殺すために、睦月はまず機動を封じる。そうしておけば、万が一の際にも逃げることが可能だからだ。それに、動きを遅くした方が確実に急所を狙えるというものである。

 オーガ程度では問題はない。

 ゲームの世界では、強敵にカウントされる化け物であるが、重火器の前には無力だ。それでも、拳銃では殺せないことを考えれば、恐ろしい化け物には違いない。


 だが、ダンジョンにはもっともっと、恐ろしいものが蔓延っている。

 RDIの卒業試験は、同期5人とチームを編成して『無限回廊』の20階層までのたどり着くことである。訓練で学んだ全ての技術と知識が必要とされる高難易度の試験である。そこではオーガ以上の化け物にも相対した。だが、それはチームでの話である。


 いまは浅葱のサポートはあるとしても、戦闘は一人で対処しなければならない。

 そのプレッシャーは計り知れないものがある。

 睦月の持つ最大の火力はショットガンがMAXである。弾丸の種類は幾つかあるし、手榴弾もいくらか持ち込んでいるが、いわゆるゴーレムと呼ばれる岩石の化け物は彼の持ち込んだ火力では厳しい。出没しないことを願うばかりである。


 オーガが出たのはそれ一度きりで、その後はゴブリンとスライムを一掃しながら、しばらく進んだところで、行き止まりに突き当たった。


『そこも、行き止まり?』

「ですね。これで、5回連続です。さっきの分岐まで引き返しますね」

『うん。うーん…』

「どうかしたんですか?」


 浅葱が悩ましい声を出す。睦月には見えていない何かが見えているのだろう。


『ゲームとかだと、隠し部屋ってあるじゃない?』

「ありますね。DOORでも稀にですがありますよ。基本的に、DOOR内部の外壁は傷一つつかないんですけど、もしかして…」

『自信を持って言えるわけじゃないんだけど、行き止まりの終点を繋いで上から見ると、円が描けそうなんだよね』

「それは、怪しいですね」


 睦月の気分が高揚する。

 ”鍵つきのDOORには財宝が眠っている”

 ネット上でもまことしやかにささやかれる噂であるし、実際巨万の富を生み出している。RDIが保有するダンジョン型DOORの代表格でもある『無限回廊』では、すでに”兆”の桁の収益を生み出している。31階層では地上のいかなる金属の高度を超える超超硬度の金属の塊が発見された。量が少ないため、高値で取引されている新金属はアダマンタイトと名づけられ、工業分野で活躍している。


 また、57階層で発見された既存のリチウムバッテリー以上の蓄電能力を備えた金属の発見により、バッテリーの小型が進んだ。おかげで、睦月の持つ無線の中継局も小型軽量化が進み、一度の充電で1ヶ月は動き続けることができるようになったのだ。これはDOORの調査に限らずさまざまな分野で活躍している。


 さらに89階層で発見された液体金属の発見により、ロボット工学の歴史は30年は時間が早められたといわれている。義手などの技術の向上はさらに進み、将来的にはサイボーグの開発もできるといわれている。これがうまくいけば、危険なDOORの調査も様相が一変するといわれている。


 もちろん、金やプラチナ、ルビーやエメラルドといった貴金属、宝石の類も出土しており、ダンジョン型のDOORでは直接的な利益が見込めるとの見方も強い。

 しかし、三階層半の探索ではゴマ粒ほどの金すら見つかっていなかったのだ。


「ちょっと、調べてみます」


 睦月は荷物を一度背中から下ろすと、ランタン型の明かりにランプをつけた。行き止まりを中心に半径10メートルを昼間のように照らした。睦月は背後を見るために使っているカメラを岩場の上に固定して、接近する化け物に対応できるように準備する。


 ハンマーを取り出し、行き止まりの壁を叩く。

 花崗岩のようにぽろぽろと崩れるが、一定の範囲を超えるとアーティファクト型のDOORと同じように砕けない層が現れる。空洞があることを教えてくれるような反響はない。場所を替えて同じ事を繰り返すが結果は全て同じ。もちろん、行き止まりはここで5個目なので、ここに入り口があるとは限らない。


『他の場所での隠し部屋ってどういう風に入ったの?』

「僕が知っているのは、普通に壁が崩れて入ったところがあるというのと、どこかにスイッチがあったという話くらいしか知らないです」

『ゲームの定番だよね』

「先輩もゲームとかするんですか?」


 意外だと思ったので聞き返した。彼女には休日にはケーキやお菓子を作っているほうが似合うと思っていたのだ。


『旦那がね。私は横で見てるくらいかな。ああ、でも、パズルゲームは少しやるかな。ほら、色のついた丸いのが落下してくる奴』

「ぽよぽよ?」

『そうそれ、上手く連鎖すると『ぽよよ~ん』って相手のエリアに石ぽよが大量に落ちてくるんだよね。あれが気持ちいの。それと、パーティゲームみたいなのはたまにやるかな。ほら、双六ゲームみたいなので、電車で日本中走るゲームがあるでしょ』

「ああ、うん。どちらも先輩にぴったりな気がします」

『どういう意味かしら?』

「ははは、分かってますよね」


 睦月は雑談を交わしながら、持っているカメラのモードを切り替えて壁の輪郭を写し取る。やっぱりエコロケーションがあればいいなと思いながら、三次元的にパソコンで調べられるように撮影をする。


「三次元モードで立ち上げて欲しいんですけど、何か違和感ありますか?」

『…うーん。ほかの壁との違いはないけど…いっかい、そっちのタッチパネルに解析データ飛ばすから、睦月君も見てみて」

「了解」


 タッチパネルにデータが飛んできたことを知らせる振動がある。

 タッチパネルを操作して、画像を開いた。

 グリッドの表示された地形データを上下、左右に回転させてみるが、浅葱の言うように違和感は特にない。スイッチらしきものが隠れているのが視覚的に分かる可能性は低いが、それでも人間はその手の違和感を鋭く捕らえるものである。


「駄目ですね…とりあえず、一か八か手榴弾使ってみますか?」

『ちょっと、いいの?そんな無駄遣いして?』

「無駄遣いって…必要経費ですよ。日本だと重火器そこそこ値段張りますが、一発3万くらいですし」

『高っ!!”Janue”のフルコースが食べられるじゃない!!』

「どこのレストランですか?例えが微妙ですよ」

『…っと、ごめんね。デートする相手のいない睦月君じゃわかんなかったか。ホテルの30階にあるフランス料理のお店で、夜景がきれいなんだからね!』

「くっ、軽くディスりましたね。まあ、いいですよ。今度メイと遊園地デートしますから!!」

『よかったね。メイちゃんがいて』

「同情するみたいな言い方は止めて下さいよ」


 睦月は憤慨しつつ、本当に手榴弾のピンを引き抜いた。壁から離れつつ、手榴弾を投げ込み耳を覆う。くぐもった爆音と、衝撃波が体を震わせる。


『やるならやるっていいなさいよ!!』


 イヤフォン越しに響いた大音響に浅葱の抗議の声が聞こえてくる。

 土煙の晴れていくなか、見えてきたのは爆破前と変化のない行き止まりの岩壁。予想通りの結果に一々ため息を零しはしない。ただの一つの記録としてデータを処理していく。


『大きな音立てるから魔物が来たみたいよ』


 ちょっとすねたような調子で、浅葱から警告がもたらされた。


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あとがき


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