第一話 下請け(06)

 武器は武器にあらず。

 ”使い道を限定するな”

 ”どんなものにも3つは使い道があると思え”

 ”ナイフで切ることしかできないなら死んでしまえ”


 RDIのころ、ケイトに教えられたことだ。猟銃の全長1.2メートルに対して、DOORの入り口は幅1メートル。引っ掛けるには十分。

 考えがまとまれば睦月の行動は早い。

 ショットガンの中央にロープを結びつける。右手の自由が利かずとも、ほどけないロープワークは基本中の基本。いわゆる巻き結びという方法で固定し、ショットガンを左腕の力でドアに向かって投げつける。

 利き手で無い上に、3倍の重力で一投目はDOORの下壁にぶつかって戻ってくる。

 二投目でショットガンはDOORの外へと出たが、残念ながら引っかかることなく戻ってくる。

 三投目。

 四投目。

 と、失敗を繰り返し、五投目でようやく成功する。見た目にもロープはドアのちょうど真ん中あたりから伸びているし、何度か引っ張って確かめても落ちてくる気配は無い。後は195キロという体重に耐えられるかどうかである。


 荷物をバックパックに仕舞いこみ、ロープに手をかける。

 左手をロープを巻きこむように掴み、足で挟み込んで体を固定する。固定が出来ているのを感じたら、更に上に手を伸ばし、体を引きあげようとする。

 だが、上がらない。

 上がるはずもない。

 現在の睦月の体重は195キロである。鍛えているとはいえ、片腕で引っ張り上げるのは不可能だ。


 己の失態にいまさら気付く。

 ロープにワッカを作って、簡易的なはしごを作っていればよかったのだ。気がついたところで後の祭り、ショットガンを上手く引っ掛けることが出来たということは、やり直しが出来ないのだ。

 一度、戻すことが出来れば、リトライも出来る。

 と、そこで高さは3メートルしかないことを思い出す。やっぱり頭が上手く回っていないなと一呼吸をおいて、外へと通じる境界に目を向ける。


 手の届く範囲のロープにワッカの仕掛けを施し、再度ロープに手をかける。

 手首を絡め、足に力いっぱい力を加える。腕では無理でも、足と腕の力を足せばギリギリ体を持ち上げることが出来た。それでも、一段上がるたびに全力が必要である。80キロの背嚢をつけてトレッキングさせられたRDI訓練生時代を思い出す。ただの山登りでなくクライミングも含まれていた地獄のコースだ。

 限界を知るための、追い込むだけで何の意味も無いと思っていたクソのような訓練も活きるときはあるのだなと思った。


「どちくしょーが!!」


 一歩一歩と上に向かって進む。

 たったの3メートル。それは中心までの高さなので、ドアの縁までの実際の距離は僅か2.5メートル。

 ジャンプ一つで届く程度の高さを上るのに、全身全霊をかけて一段一段上る。押しつぶされた肺のせいで、空気を満足に吸えない酸欠状態では力も不足する。汗が毛穴という毛穴から噴出し、全身がぐっしょりと濡れる。

 揺れ動くロープにぶら下がっていては休憩するのもままならない。ほんの僅かでも気を抜けば、重力に引かれて真っ逆さまだ。一切気を抜くことなく、出口を目指し続け睦月の手がようやくDOORの縁に届いた。


 ロープで作った足場を一段上って体を引っ張り上げると、ショットガンに手を伸ばす。痛みの激しい右腕もあとを追いかける。

 不意に左腕が何者かに握られる。瞬間、全身に襲い掛かっていた重力が魔法のように消えうせる。DOORの向こう側の誰かにつかまれたことで、睦月に影響を与えている仕組みが内側から外側に切り替わったのだ。

 ふわっと浮かぶように軽くなった身を左手を掴む誰かに預けてDOORの外へと流れ込む。


「大丈夫ですか?」


 大量の汗を流し、ぜえはあぜえはあと荒い呼吸を繰り返す睦月に警備をしていたRDI職員が声をかける。その声にホッと息を吐き出し、顔を上げて苦し紛れに口角をあげた。


「ありがとうございます」

「助手の方から電話があって、中で何かがあったかもしれないから助けて欲しいと。でも、すみません。規則でライセンスの無い自分では中に入ることができなくて…」

「いや、十分助かりました。下手に中に入ったところで同じですから」

「しかし…」

「いえ、本当に助かりました。それよりすみません。ちょっと、うちの人間に連絡取らせて貰っても良いですか。心配かけたようなので」

「ええ、どうぞ」


 DOORの前に座り込み、息を落ち着けたところで壊れた通信機器の代わりのデバイスを起動して東京の事務所に連絡を入れる。


「先輩、聞こえますか?」

『睦月君!!!よかったー。突然、変な音が聞こえたと思ったらいきなり通信が切れたから』

「あー、うん。ちょっと、予想外のことがね」

『そ、それより、メイちゃんに代わるね』

「え、ええ?」


 睦月は驚きの声を上げる。浅葱とメイが同じ空間にいるとはいえ、仕事中の音声は浅葱にしか聞こえないようにしているし、一応部屋の戸は区切っているのだ。それでも、気付いたということは浅葱がそれほど慌てていたということだろう。そう思うと、睦月は申し訳ない半分、うれしくも思った。


『むつきくん!!だいじょうぶなのー』

「はは、メイの声を聞いたら元気になったよ。心配かけてごめんな』

『しんぱいしたよー。すぐにむつきくんたすけようとおもったけど、どこにいるかわからなくて…。ごめんね。メイ、むつきくんのことたすけられなかった』

「そっかー。ごめんな。そんなに心配してくれたんだ。うれしいな。じゃあ、こんど僕がピンチに陥ったら助けてくれる?」

『もちろんだよ。ぜったいぜったい、メイがたすけにいくから』


 興奮気味のメイが力強くそういうと睦月はクスリと笑った。ずいぶんと頼もしくなったなと、そう思った。

 

「ありがとう。それじゃあ、ちょっと先輩に代わってもらっていい?」

『うん。またねー』

『はー、へんな約束しちゃったねー。メイちゃん、今度はきっと飛んでいくわよ』

「他愛のない約束ですよ。可愛いじゃないですか?」

『あー。いやいや、そういう意味じゃなくて、本当に文字通り”飛んで”いくわよ』

「へ?」

『”むつきくんたすけにいくー”ってメイちゃんが羽を広げたのよ』


 言葉の意味を咀嚼するのに数秒要した。


「…まじで!?」

『マジだよ!!睦月君も見たでしょ。背中に生えていた掌くらいの大きさの羽。それがね、ぶわって3~4倍に広がったの』

「…先輩。あのですね、メイは天使みたいに可愛いけど、あれは飾りですよ」

『違うわよ。だから、本当なんだってば!!』


 焦燥とも取れる浅葱の叫びに、睦月はそれが事実なのだと思い至る。睦月がそれを見たのは、初日の一回だけだ。それ後は、浅葱が事務所に来た時に風呂に入れてもらっていたが、すぐに一人で風呂に入れるようになったため、睦月がそれをきちんと調べたことは無い。

 調べたかったが、見た目が幼女のメイを脱がせることに抵抗があったのだ。幼い子供相手に裸を見て興奮するということはない。もっとも、それはほとんどただの言い訳で、彼女をただの子供だと思いたいという睦月の願望がそうさせていた。

 なので、睦月は再び聞かなかったことにする。


「よし、一旦それは忘れよう!」

『いいのかなー。睦月君。とりあえず臭いものに蓋をするというのはいかがなものかと思うよ』

「なに言ってるんですか。メイはいい匂いですよ」

『変態っ!』

「ち、ちがう。そうじゃなくて、臭くないということがいいたくて、ああ、もう。とにかく、いまはそんなことはどうでも良くて、とりあえず心配かけましたが、僕は無事です。ただ、多少、怪我してるので、今日の調査は一旦終了して、病院にいってきます」

『っと、大丈夫なの?普通にしてるから問題ないのかと思ったじゃない』

「まあ、いまは痛み止めが効いてるんで、大分マシですが、たぶん骨折れてるかな?」

『大丈夫じゃないじゃない!!すぐ行きなさいよ。昨日の病院に』

「そうなんですよねー。昨日もいったんですよね。なんか、ちょっと行きづらいんですよね。昨日の今日ですもん」

『そういうこと言ってる場合じゃないでしょ。子供か』

「へいへい。行ってきますよ。とりあえず、病院終わったらまた連絡します。それじゃあ、通信切ります」

『じゃあ、またね』


 通信を切ると、心配そうに覗き込んでいるRDI職員の顔が目の前にあった。瞬間、睦月は顔が熱く火照るのを感じる。いつもの調子で、助手と会話をしていたが、他人に聞かせる内容じゃないといまさらながらに恥ずかしくなる。


「えっと、そういうわけで、今日は引き上げますね」

「え、ええ。そういうことでしたら。怪我の方は大丈夫ですか?必要なら救急車を手配しますが」


 一瞬で顔を引き締めた彼は睦月にそんな提案をするが、やんわりと断った。運転に支障は無い。怪我をしたのが利き腕というのは痛いが、ギアの切り替えなんかは左手側の操作なので問題ない。会話を聞かせた居たたまれなさから、さっさと身の回りのものを片付けるとDOORを後にした。


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あとがき


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