プロローグ3

 簡易テーブルの上にはお茶とイチゴ大福が用意されている。ペットボトル直じゃなく、きちんとコップに入れて、イチゴ大福もお皿に乗せている。とはいえ調査時に持ち込んでいるのは簡易的なアウトドア用の軽量、折りたたみタイプのものであるが。


「ちょっと、先輩。イチゴ大福の写真を撮る振りして、僕を写そうとするのやめてください」

「ちっ、気付かれたか」

「先輩は僕に恨みでもあるんですか」

「全然。私のことを雇ってくれたし、それはもう感謝してるわよ」

「その結果が、これですか」

「それはそれ、これはこれよ。では、いただきまーす」


 彼女はイチゴ大福を一口パクリ。

 小柄な彼女は口も小さく、一口目はイチゴに届いていない。彼女の食べ物を食べる姿はリスのようでかわいらしい。年上の女性に向かってかわいらしいというのもどうかと思うが、彼女は昔からこうなのだ。そんな姿を眺めていると、彼女が睦月のイチゴ大福に手を伸ばす。


「どうしたの?睦月君いらないなら、食べちゃうよ」

「ダメですよ。これは僕のですから。そんなことより良いんですか?見たところ上総さんの分は買ってないみたいですけど」

「仕方ないじゃない?帰りがいつになるか分からないから悪くなっちゃうかもだし。それに大丈夫よ。うちの旦那様は、睦月君と違ってハンサムだし、心もとっても広いもの」

「ハンサムは関係ないでしょ。っていうか、僕だって心狭くないですからね」

「いやいや、うちの旦那様は少女をロープで縛ったりしないし」

「また蒸し返しますか!?」


 まったくもう、といいながらイチゴ大福に手を伸ばす。ここのイチゴ大福は福岡の『あまおう』という特大のイチゴが入った特別大きなイチゴ大福なのだ。あまおうは甘すぎないイチゴで、甘みと酸味のバランスが良く、餡子との相性も抜群に優れている。そして、葛城の大福は皮に使っている餅にもこだわっていて、柔らかく美味く餡とイチゴを包み込んでいる。


 テレビや雑誌に登場することも多い人気のお店だが、睦月も実際口に運ぶのは初めてで、なんだかんだと言いながら仕事そっちのけでイチゴ大福を楽しみにしていた。口を大きく開いてがぶりと一口。


「うまっ」

「でしょ。特にいまはイチゴの旬だからね~」


 東京の空にも一度だけ雪が降ってきた年末近い時期である。世間はクリスマスのイルミネーションがキレイに飾られて華やいだ雰囲気が醸し出されていても、睦月は二つの意味でそれらとは隔絶した世界に足を踏み入れている。


『んっ』


 おいしいイチゴ大福に舌鼓を打っていると、モニター越しの少女の口から声が洩れてきた。軽く身じろぎしている様子からそろそろ目を覚ましそうである。

 

「おっと、目を覚ましたかな。自分は中に入ります」

「いきなり叫ばれないようにね」

「ははっ、大丈夫ですよ。どうせ、外には聞こえませんから」


 浅葱の軽口を流しつつ、侵入の準備をする。

 もともと、装備を解いていたわけではないので、念のための再チェックだけですぐにDOORの中に入っていく。浅葱の視界からは睦月の体が虚空に消えて、モニターの中に同じ影が現れた。


 少女の視界に映らないようにしながらも、銃口を向けて少女が眠りから覚めるのを待った。

 浅葱に言われたからというわけではないが、少し距離をとり、怪しまれないようにと出来るだけ柔和な笑みを貼り付ける。

 縛られている少女は動きにくそうに身じろぎすると、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。DOORの内部は幾つかの光源を持ち込んでいるものの普通の部屋のように明るくは無い。

 キョロキョロと何かを探している少女の目が睦月の目を捕らえる。


「カーリー?」


 疑問系で小さな口から言葉が紡がれる。幼い少女らしい、舌足らずのかわいらしい声。


「カーリー?」


 少女の口にした言葉をそのまま返す。顔立ちから想像はしていたけども、やはり少女は外国人のようだと目を見て睦月は思う。その瞳は緑色でエメラルドのようにキレイな輝きを持っていた。


「カーリー」


 何かを求めるように、もう一度繰り返される少女の言葉。彼女の目には怯えや不安はなさそうだった。


「それが君の名前なのかな?僕は睦月。言葉は分かるかい」


 少女は一度、首を横に振り、そして縦にうなずいた。


「カーリーは君の名前じゃなくて、僕の言葉は理解したと」


 今度は一度だけ縦に首を振った。

 まずは第一段階クリアだと睦月は一人言ちる。コミュニケーションが取れなかったら、どうにもならなかったけども少なくとも言葉は通じるのだ。あとは一つずつ解決していけば良い。


「それじゃあ、君の名前を教えてもらえるかな?」

「…」

「えーっと、それじゃあ、何でここにいる分かるかい?」

「…」

「お母さんの名前は?」

「…」

「じゃあ、お父さんの名前は?」

「…」


 少女は全ての質問に、否定の仕草で答える。


「何か覚えていることはあるかい?」


 その質問に対しても彼女の反応は同じだった。記憶喪失だろうかとそう考える。


「何も覚えていない?」

 

 彼女は小さく頷いた。

 これは不味い。睦月の顔に焦燥が浮かぶ。言葉は通じている。だからといって、彼女が睦月たち側の人間であるという確証にはならない。彼女が自分の名前や家の場所、両親のこと。何か一つでも答えてくれれば、照会して確認が取れる。でも、それが出来ないなら?


 見た目が人と遜色なくても、それで人と言えるのか。


 ここは”DOOR”だ。


 何でもありの世界で見つけた人と同じ姿をしたものを人と断ずることが出来るのかと問われれば”否”と答えるほか無い。


『ちょっと、いつまでそうしてるつもりなの』

「判断できないんだ」

『なんで?』

「先輩。DOORについては一通り教えたはずですけど?良いですか、DOORって言うのは----」

『ううん。分かってるわよ。そうじゃなくて、判断する簡単な方法があるじゃない』

「簡単な方法?」

『睦月君は難しく考えすぎなんだよ。女の子がDOORを跨いでこっちに来れたら、こちら側の人間。それが出来なければ、あちら側の人間。そういうことでしょ。もちろん、DOORの無限の可能性を否定する気は無いけど、それだけは”絶対”じゃないの?』

「…なるほど、先輩頭良いですね」


 DOOR内部の環境がこちらの世界に影響を及ぼすことは無い。先述したように例えばDOOR内部を充満している毒ガスが洩れてくることはないし、モンスターの存在するDOORでも、研究のためにそれらが連れ出されることはあっても、モンスターが勝手に出てくることはない。それどころか、DOORには基本的に近づかない。実験の結果、それはDOORにおける数少ない絶対的なルールとして確認されている。


『ふふん。時給上げてくれてもいいわよ』

「考えておきます」


 通信先の浅葱から、少女に意識を戻す。まだ、安全が確認されたわけではない少女の拘束を解くことが正しいかどうかは分からない。でも、もしも、幼い処女の皮を被った危険生物であったとしても、彼女がDOOR内のモンスターであればここから出ることは出来ず、浅葱に被害が及ぶことは無い。それだけで十分だと睦月は思う。


「いまから、ロープを切るからね。じっとしてて」


 少女の後ろ側に周り、ナイフでロープを破断する。


「お兄さんが、そこから外に出るんだけど、お嬢ちゃんも一緒についてきて欲しい。出来るかな?」


 少女が頷くのを確認すると、彼女の様子を伺いながら睦月はDOORを潜る。

 振り返ると、モニターから少女は消えて現実の世界に顔を覗かせた。首だけを出してキョロキョロと中と外との違いに驚くように目を瞬かせる。


「大丈夫だよ。出ておいで」


 浅葱が少女の視線に目を合わせてやさしく声をかけて手を伸ばす。

 それを見て安心したのか、彼女の全身がこちらの世界に現れた。


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あとがき


読了ありがとうございます。


先輩は既婚者でした。

ポスト的にはヒロインなんだけど、いいのかこれは?


話の展開が遅いですかね。

この先もこんな感じで、続いていきます。


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