第二十九話 歌を届けたかった少女

 二人はターミナルを離れ、並んで街への道を歩く。

 愛美の背丈はテンシより少し高く、焦げ茶の髪は左側のサイドをヘアピンで留め、前髪は眉にかかる程度で片側に流している。

 膝上まである長袖の白いロングニットを着用していたが、その白は所々泥で汚れており、カラータイツは一部が裂け、ところどころ穴が開いている。

 靴は履いていなかったので、レオ爺が用意した園芸用の黒い長靴を履いており、何ともアンバランスな見た目となっていた。

 健太は街への道すがら、世界の事、護符の事、転生のことを簡単に説明する。

 それが一区切りつくと、妙な間が出来る。健太はその沈黙に耐え切れず、思い切って声をかけると、


「「あ……」」


 愛美も同じ気持ちだったのか、同時に声をかけ、タイミング悪く被ってしまう。

 気まずい空気が流れるかと思ったが、愛美は愉しそうにくすくすと笑い始める。


「あはは……ハモっちゃった。あ、すいません」

「あ、うん、こちらこそ」

「健太さんは、おいくつなんですか?」

「僕? ええと、確か年齢は十七歳だったかな」

「あ、私より二歳お兄ちゃんですね。じゃあ、健にぃって呼んでもいいですか?」


 愛美の唐突な提案にキョトンとするが、うん、いいよ、と笑って返す。


「やった、私、お兄ちゃん欲しかったんです」


 無邪気に喜ぶ姿を見ながら、その一方で服装や死因のことも有り、彼女もきっと何か、ここに来る理由を背負っているんだろうな、と心のどこかで感じてしまうのだった。


「そういえば、先程お話してもらった転生のお話ですが……。私、次に生まれ変わるなら、シンガーソングライターになりたいです」

「へえ、何か理由はあるの?」

「それはその……、秘密です。でも、どうしてもなりたいんです」


 そう、口にする愛美の表情はとても真剣で、決意に満ち溢れていた。


     *


 中央官庁の前に着くと、ちょうどテンシが先程の少年をナビに預け、見送った後だった。


「あ、健太さん、おはようございま」


 健太に声を掛けようとする。

 が、そこで隣にいる少女を見て、テンシはぴた、と止まる。

 テンシの視線が愛美に注がれ、少しの間あった後、意地悪な表情になり言葉を続ける。


「おはようございます! もう、さすがイケメンは違いますねっ」

「あ、いや、この子は」


 慌てる健太を尻目にテンシは愛美に近づくと、


「初めまして、ようこそシバへ! 私は先程の場所で墓守をしている、テンシです」

「あ、はじめまして。愛美です」


 陽光を浴び、髪が黄金色に煌めく自分より少し背の小さい少女に、愛美は思わず見惚みとれる。

 そして、健太を見ると、居てもたってもいられず尋ねる。


「け、健にぃ。やっぱり死後の世界だから、本物の天使さんもいるんですか」

「ああ、あー……」


 気持ちは、分かる。

 テンシはその発言に思わず吹き出す。


「あー、名前がテンシっていうんです。漢字だと、天国の『天』に、ポエムの『詩』で『天詩』なんです。ちょっと変わった名前だからまぎらわしいですよね」

「あー、そうだったんですね、本当に天使みたいで綺麗だったから……」


 少女の素直な感想に、テンシは少し目線を上にらし、首筋をさすりながら、


「あ、ありがとうございます」


 と、少し上擦うわずったような声で応えた。

 そして三人は、エントランスホールへ入っていく。


「あ、健太さん。お疲れ様です」


 受付のアミはそう言って、すでに準備していた画面を操作する。

 そして、健太が以前そうしたように、ペンと紙状の画面を愛美に渡し、こちらを分かる範囲でいいので書いてくださいね、と伝える。

 愛美は書いているのを横目に、健太はレオ爺から預かった押し花のしおりをアミに見せる。


「アミさん、そういえばこれ、レオ爺さんが」

「はい、……お預かりします」


 それを見たテンシは、あ、と短く声を上げる。


「そういうこと、ですか」


 神妙しんみょうな顔つきになるテンシを、健太は不思議に思いつつ、アミにそれを渡す。

 何となく場の重さを感じたちょうどその時、


「書き終わりました!」


 と、愛美から元気な声が上がり、アミはそれを受け取り、確認する。

 ひとしきり目を通した後、


「はい、大丈夫です。次は健康診断です。テンシちゃん、付き添いお願いしてもいい?」

「はい、もちろんです! 私はこの道のプロですからねっ」


 先程の雰囲気はどこへやら。目を閉じ、少し得意げな顔で胸に手を当てポーズを決めると、目を開いて、では、愛美さんこちらにどうぞ、と先導するように歩き出す。

 左の廊下に消える二人を見送った後、アミは小さく溜め息をこぼす。


「アミさん、その、何かあったんですか?」


 先程から感じる雰囲気が気になり、健太は尋ねる。


「ええと、そうですね。後でミオリさんから説明があると思います」


 そう言うと、アミは先程受け取った栞を眺め、入力作業に戻るのだった。



 しばらくして、二人が姿を見せる。

 愛美は、先程の服から、白を基調とした半袖のロングチュニックに、ワンポイントが入った空色のノースリーブカーディガンを羽織り、濃紺と黒、白を織り交ぜたチェックのフレアスカートを履いている。

 そこに黒のタイツと栗色の編み上げブーツを合わせ、中心に青い宝石が埋め込まれた、五〇センチ程の長さの木製の杖を背負っていた。


「お待たせしましたー。愛美さんどれも似合うから、もう可愛くて可愛くて」

「すいません、あんなに沢山お洋服あるの初めて見たから、楽しくて!」


 楽しそうな女子二人の姿に、場の雰囲気が少し和む。

 そこにカウンター奥の通路から、ミオリが現れる。


「愛美ちゃん素敵コーデじゃない。健診の声の人です。さっきはありがとね」

「あ、先程はありがとうございました」


 深々とお辞儀をする愛美に、あ、気にしないで、と手を振ると、健太とテンシを見遣り、


「健太君、あと、テンシも。今から診察室に来て」


 そう言うと、薄紅うすくれない色の髪をした白衣の少女は、通路に消える。


「……行きましょうか健太さん。アミさんは愛美さんをお願いします」

「はい、かしこまりました」


 二人を見送ったアミは、準備しておいたティーセットを手にカウンターを出ると、愛美に振り向き、入り口近くの休憩エリアに手招きした。

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