第7話 アリスとご対面

 この日、登校してきたアリスは、爽太の顔を見るなり視線をそらした。無言のまま隣の席に座り、いつもなら軽い挨拶をアリスから投げかけてくれたりするのだが、今日はそんな素振りを微塵も感じられない。

 そのまま朝のホームルームが始まり、そして終わると、アリスはさっと席を立ち、別教室に向かって行った。

 

 爽太の気持ちが落ち込む。

 やっぱり、昨日のこと、許してくれてないよな……。


 そして、そこからは、爽太が学校で過ごした時間のなかで、一番つらいものとなった。

 女子達からはずっと下げすんだ目で見られ、時々小声で「きもい」と罵られたりした。周りの男子達はそんな女子達に恐れ、爽太に声を掛けることができなかった。クラス委員の細谷もたじろぎ、朝の早い時間にちょっと話しただけに終わってしまった。

 そして、爽太にとって何よりも辛かったのが、アリスの浮かない表情。

 アリスは別教室で授業を終え、休憩時間や昼休みになると、クラスに戻って来た。女子達と楽し気に話してる最中に、チラ、チラ、と爽太に視線を向けてくる。その視線は、悲しそうにも、怒っているようにも見える。なんだか感情が読めないその視線に、爽太は途中から意識して見ないようにしていた。

 だがつい、アリスの視線を頭の中で意識してしまう。そのたびに、爽太の胸は痛く締め付けられるのだった。


                  〇


 この日の下校時間、爽太はクラスメイトよりも遅いタイミングで校門を出た。1人教室に残って反省文を書き、職員室で藤井教諭に渡すという大仕事があったからだ。

 1人とぼとぼと歩く爽太。アリスのことが頭から離れない。

 今日、クラスの女子達とはいつも通り、笑いながら楽しそうに会話をしていた。でも――、


「もう俺には、あんな笑顔を見せてくれないんだろうな」


 爽太は自嘲気味に呟くと、もう何回目になるか分からない重いため息をはいた。目線がつい地面に下がる。地面を見つめながら歩き、ふとアリスの転校初日の出来事を思い出していた。

 俺の隣の席にやって来たアリス。

 身動き一つ取らない俺を見て、可笑しそうに笑った顔。

 そして急に瞳が大きく見開いて、何だか好奇心一杯の様子で、俺に顔を近づけてきたあの日。


 アリス、すごく可愛いかったな……。


 まじかに迫ったアリスの満面の笑顔をつい思い出してしまい、爽太の顔が熱を帯びる。

 

 なっ、なに考えてんだよ俺はっ!? 


 爽太は慌てて頭を左右に振る。アリスの可愛い笑顔を脳内から消し去るかのように。だがまったく効果がない。ますます、アリスを意識するばかりだった。そのとき、ふと、ある疑問が頭からこぼれた。


 そういや……、あのとき、なんでアリスは――、


 「俺に顔を近づけたんだろ?」


 ふと、アリスが何か小声で言っていたことを思い出した。


 あれは、なんて言ってたかな……。『イト・スルメ・グッド』、だっけ? いやいや、なんだよそれ。イギリス人のアリスがなんでいきなりスルメの話すんだよ。う~ん……、アリスにもう一度聞ければいいんだろうけど。それはもう一生無理だよな。


「はあ~……」


  爽太がまた深いため息を付いたときだった。

  下を向いていた視界に突如、青空のようにキレイな水色のスカートが飛び込んでくる。


「へっ……?」


 爽太は立ち止まる。胸が一気にざわつく。

 だって、その水色のスカートは――。

 目線をバッと上げた先にいた少女に、爽太は思わず声をはる。


「ア、アリスっ……⁉」


 爽太の目の前には、警戒する様子で少し身構えているアリスが立ちはだかっていた。

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