第12話 RE:Contact-11  決死ノ”ハプニング”ニ対処セヨ


 〜 ……ギュゥゥゥゥンッ! ……キキィィィィィッ! 〜


 「……ニャァ……ニャァ……ニャァ……ニャァ……」



 ――何とも猫々ネコネコしい”息切れ”を起こしつつも、急停止したオルセット。

 毎度、消失マジックの如き速さで駆け抜ける彼女であったが……どうやら、ボスを”ウルエナ”から助け出した時よりも、随分と遠く・・・・・まで走ってきたようだ。



 「……ニャァ……ニャァ……ニャァァァァ……疲れたぁ……」



 ――大分息が整ってきたのか、上を向いて深呼吸らしき”長い息”をらすオルセット。しかしながら、彼女のスタミナ持久力はどうなっているのだろうか……!?

 ボスを引きずって走った時と言い……彼よりも重い筈の薪を山のように背負って歩き続けた時と言い……中々に彼女の”疲れる基準”と言うのが謎である……!

 だが、今はそんな事よりも大事な事があった……ッ!



 〜 ……キョロッ、キョロッ……! 〜


 「……ここドコ……?」



 ――あたかもロボットのように、機敏きびんに首を動かし周囲を見渡すオルセットの周辺には、ボスと一緒にいた際には見られなかった環境が彼女を取り巻いていた……! 雑草よりも多い土や石コロばかりの”地面”……間隔かんかくが広く密集していない”細いみきの木々”……そして、いつもは”密度の濃い森の枝葉えだは”によって見えヅラかった、夕焼けに差し掛かかり始める青空……!


 ……彼女が感じている気温は、彼と一緒にいた時とほとんど変わらない・・・・・・・・・と言うのに、まるで”秋”や”冬”……そんな季節に取り残されたかのような、”不毛の森”であったのだ……!



 「……まぁ、いいや。

 それよりも……ボスに認められるように、強く……!」


 ……と、意気揚々いきようように右拳を振りかかげるオルセットだが……?


 「……強く……強くって、どうなればいいんだ……?」


 ……と、急に目を点にしてほけてしまうオルセット……。

 ……だが、一応言わせて欲しい。私に聞くなと……ッ!


 「えぇっと……強くなるには……マモノを……タオす……?」


 ――そう言って、頭上の”ケモ耳”をピクピクと動かすオルセット。

 おっ! これは、魔物を探知して”見敵必殺サーチ&デストロイ”をするのかぁぁ……!?


 〜 ……ガクガクブルブル……! 〜


 「……むっ、ムリ! ムリムリムリムリィィッ!

 やっ、やっぱ……”オクビョウ”なボクじゃあ……!」



 ……ウルエナにプロサッカー選手張りの”シュート”を喰らわせたと言うのに、この臆病おくびょうっぷり……ッ!? 方向がそろったケモ耳から音を聞いた途端とたん、”脱水時だっすいじ洗濯機せんたくきの振動”がチャンチャラおかしく見える程に……オルセットは体を震わせ、ケモ耳を抱えながらその場に縮こまってしまったのである……!



 「……まっ、マモノをやっつけるのがムリなら……ムリなら……」


 ――そう言いつつ、しゃがんだまま頭をひねらせるオルセット……。


 「……あっ、アレッ? だっ、ダメだ……分かんない……!

 強くなる方法が分かんない……ッ!」



 ――ボスの前で「世間知らず」を連発し続けるようでは、ある意味当然である。

 「RPGの魔物を倒してお約束レベルアップ」を、”直感”で当て掛けたオルセットの頭脳だが……「筋トレ」という単語でさえも入っていない程に、”未熟”であったのだ……!



 「どっ、どうしよう……! どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……ッ!? 分かんないまま、分かんない所に来ちゃったよぉぉ……!」



 ――ようやく自身の”無鉄砲さ”に気づいたオルセットは、更に身をちぢこめる……! ……◯者の諸君しょくんを含めた私達とっては、他愛もない発見であろう……。

 しかし、この時彼女にとっては”アイザック・ニュートン”が、リンゴの落下・・・・・・によって”万有引力ばんゆういんりょく”を発見したかの如き……深刻な”大発見”を同時にしてしまっていたのだ……!



 「そっ、それに……! ひっ、一人ボッチ・・・・・になっちゃってる……!

 ぼっ、ボクからなっちゃってる……! ボスにヒドイ事も言って……!」



 ――イヤ……そんなに”バカ”だのなんだのは、言ってなかったが……。

 しかしながら、ハッキリとはしてなさそうではあったが……ボスに迷惑を掛けた・・・・・・と言う事は、”感覚的”に彼女の中で理解していたようだ。



 〜 ザザァァ…… 〜


 「……ヒィッ!?」


 〜 ……ギシギシギシギシギシ…… 〜



 ――風がなびき、無数の葉のない枝達がこすれ合う……。

 些細ささい過ぎる音であったが、”孤独一人ボッチ”という恐怖・・に気付いてしまったオルセットにとっては効果は絶大だったようだ……。怯えた声を上げた後、身を震わせ続けたまま……しきりに首を右往左往うおうさおうさせ、周囲を見回していた……!



 「もっ、戻らなきゃ……! 早くボス達の所に戻らなきゃ……ッ!」



 ――そう言うやいなや、決意を固めかのようにスッと立ち上がるオルセット……!

 だが、この後は「あっ、かっ、帰り道が分からない……!?」……と、更に”痛恨つうこんのミス”に彼女が気付くと思うであろう。


 しかしながら残念……ッ! 彼女の種族に由来するであろう”猫科の人間の数万倍動物〜数十万倍”張りかと思われる”嗅覚”や、それ以前に彼女の俊足・・・・・がシッカリと残した”足跡”が、地面にクッキリと残っていたため……意外にも、難なく彼女は元来た道を辿る事が出来たのである……!


 ……ただ自身の痕跡こんせきを辿る最中、臆病過ぎる余り……「唐草からくさ模様の風呂敷ふろしきで顔を隠した泥棒が周囲を警戒」……と言った例えが使えてしまう程、ベタに挙動不審きょどうふしんな態度を取ってしまってはいたが……。



 「……にゃ、にゃ……! ……ニャックシュッ!」



 ――とは言っても、余裕……と言うか呑気のんきなのか、クシャミをしてしまうオルセット。まぁ、無理もない。理不尽に安酒エールをブッ掛けられ、かずに走り抜けてきて冷えてしまったのであろう……。

 ただ無頓着むとんちゃくな部分もあるのか、鼻紙らしき物も用いずに鼻からチョロっと”コンニチハ”してきた物を、右手の人差し指の甲でゴシゴシと拭き取ってしまう。


 拭き取った手を、地面に向けて軽く2回程振り払った後……既に頭は冷え切っていたが、ようやく拭き取った手に握っていた物にも気づいたようであった……。



 「……あっ、ボスに返し忘れちゃったなぁ……」



 ――そう言って見つめる青いハンカチ・・・・・・を、”チャンと返そう”と心に決めるオルセット。……なら、さっさと来た時のように走って帰ればいいじゃあないかと思うが……どうやら”痕跡を辿る”事には、それなりに集中力・・・が必要であるようだ。

 その証拠に、挙動不審に周囲を見渡しつつ……時たま地面の足跡を確認する他、常に彼女は鼻をひくつかせていた・・・・・・・・・・のだ。


 時折、「……ウェェェッ!? クサッ! ゴブリンのニオい……ッ! ……ちょっとハナれよぉっと」……などと呟いてはいるが、恐らく”自身のニオい”でも嗅ぎ分けているのであろう……。



 「ハァァァァッ! クッソッ! ロォックな獲物えものが居やしねェッ!」



 ――突如とつじょ上がる、オルセットの耳に突き刺さるかのような、イラついた叫び声……! その距離がそれほど遠くない・・・・・・・・事に勘付いた彼女は、咄嗟とっさに近くの太い幹の樹木に身をひそめるのであった……!



 「おい、そんな苛つくなよ……。せっかくの獲物が逃げちまうぞ?」


 「そんなのが、さっきからロクすっぽも見つかってないからこそ上げてんだろうがッ!?」


 「……近くで叫ぶなよ……耳がイカれちまうって……」



 ――こんな”不毛な森”に人とは珍しい、冒険者だろうか……? ……と、私なら考える。だが、オルセットはそこまで考える事もなく……何となく木の幹から僅かに顔を乗り出し、ビクビクしながらもチラリと様子をうかがうのであった……。


 ……どうやら、彼女が垣間見かいまみた視線からでは、その”二人組の男”を冒険者と断定するのは難しそうだ。一言で言えば……野蛮やばんが最もお似合いだろう……。


 片方の男は、地味な色合いのベストを”上半身裸”の上で着ていたり……もう片方の男は、”チェニック風のシャツ”などキチンとした衣服を身に纏っていたが、どれも”ボロボロ”であったり……二人が持つ”片手斧ハンドアックス”や”長剣ロングソード”は長く手入れでもされなかったかの如く、身に付けている服と良い勝負な程に、”刃こぼれ”や”錆”が目立ってきてしまっていた……!


 それに極め付けは彼らが漂わせている”匂い”だろう。

 伸び放題な無精髭ぶしょうヒゲに、アカだらけの肌……更に彼らが口を開ける度に、ゴブリン程ではないもの彼女の鼻が曲がりそうになる程の悪臭を、捉えてしまっていたのである……。

 流石にここまで”悪臭”や”汚れ”にまみれた冒険者は、そうそう見られないだろう。



 「しっかしよぉ〜?

 何でオレらはこんな危険でシケた”アジト側”で、探さなきゃならないんだ?

 食料調達なんて、東側の森の方でワンサカ取れるんだし……それにやろうと思えば、カモになる村・・・・・・だっていくらでもあるのにサァ〜!?」


 「バカヤロウ! 声を抑えろって!

 気持ちは分かるが、もしこの近辺を”冒険者のヤロー共”が彷徨ウロついてでもしたら、どうするんだよ!?」


 「来るっても、大体はザコばっかだろ?

 それに最近じゃあ、とんとその姿を見せてねェだからバリャあしねェよ!」


 「……ハァ、だと良いんだが……」



 ――「……カモになる村? 何、あのクサイニンゲン達……?」

 ……恐縮きょうしゅくだが、オルセットごときに聞かれているとは、注意力が足りていないぞ? お二人さん……?



 「にしてもよぉ〜、こっちで獲物が取れた覚えなんてほぼないだろ?

 こんなとこ探していて、なんの意味があるって言うだよ〜?」


 「バカヤロウ、”団長”の話を聞いてなかったのかよ?

 最近、変なウルエナの死体・・・・・・・・・を見つけたって聞いただろ?」


 「……そんなのあったかぁ〜? ”おカシラ”の話ィ〜?」


 「……おい、新入り! ちゃんといつでも”団長”って言うようにしとけ!

 どっかで聞かれでもしたらオマエ……ブチ殺されるぞッ!?」


 「……おっ、おう……ワリィ……」


 ――流石に、この脅しは効いたのか……”片手斧の背”で”肩叩き”する事で、苛付きを表現していた”新入り(?)”は、一瞬瞠目どうもくした後に尻込みしてしまう……。


 「まったく……。

 後、せめて”ワリィです・・”って、最低限の敬語もやれるようにしとけ!」


 「うっ……ウッス……」


 「……で、話を戻すが……オマエは何処まで聞いていたんだ?」


 「……スンマセン、多分……そん時は酔っていて……」


 「……全く……。いいか、特別にもう一度聞かせておいてやる。

 昨日、夕方頃に西側の森の入り口近くで哨戒しょうかいしていた奴らが、珍しく”一頭のコーカサス・ボア”と”六頭のウルエナ”を、アジトに持って帰って来たんだよ」


 「ヘェ〜! 大量じゃあないですかッ!? そいつはラッキーですねェ!

 ここいらじゃあ、ゴブリンばかりで”コーカサス・ボア”なんてご馳走・・・は、滅多に食えないんでしょう!?」


 「……まぁな。ウルエナは不味マズくても、食えなくは無いからなぁ……根こそぎ持ち帰ったんだろうよ。けどな? 奇妙な事に、そいつらは既に仕留めてあった・・・・・・・・・モン・・なんだよ……!」


 「……仕留めてあった?」


 「あぁ、ご丁寧ていねいにボアは”解体済み”だったのにも関わらずにな?

 それに、普通なら”六頭ものウルエナの群れ”に囲まれたら、熟練の冒険者一行じゃあない限り……速やかに撤退しなきゃいけないってのを、仕留めたのにだぜ? オマケに”魔石”も抜いていないマヌケと来た……」


 「ソイツはもったいねェ……。

 あんな”破裂するモン”、危なっかしくても売れば”粒銀貨一枚”ぐらいにはなるってのになぁ……」


 「だよな〜? 世の中、物好きは居るってのになぁ〜?

 けどなぁ? 問題はそこじゃあない。その”獲物”らの仕留め方・・・・が問題なんだよ……!」


 ――「……仕留め方?」「……シトめカタァ?」

 ……奇妙にも、オルセットとベスト男の発言が重なる……。


 「持ち帰った後、調理当番の奴らが肉をさばいていた時……いつもの骨じゃあない”硬い感触”が肉の中にあったんだってよ? ……で、気になって穿ホジくり出したら……なんと、中から”金属のたま”が出てきたんだってよ!」


 「……キン◯マァ……ッ!?」



 ――失礼、”NGワード禁句”だったもので……”◯”部分に”Piiiiおん”を入れさせて貰った。……恐縮だが、今後もこのような事があるかも知れない事に、お詫びを申し上げたい……。



 「おい、だから声がデケェって! 

 ”変な事”を想像してないで、もうちっと静かに反応しろよッ!?」


 「う、ウッス……! スイヤセン……」


 「……ったくもう……でだ。

 話は戻るが、”取り出した球”と一緒にその”獲物供の事情”を団長に話したら、団長がこう言ったんだよ……! 「その武器を使った奴を探してこい」……って」


 「ッ!?」



 ――”ボア”と”ウルエナ”辺りの下から「もしかして」……と思っていたオルセット。

 だが、直近でボスの”フリフリントロックピス・ピストル”と共に、その”狩り一部始終いちぶしじゅう”を知っていた彼女は、察してしまったのだ……!



 「……武器? 何でお頭は、”武器”だって分かったんッスか?」


 「……ハァ……」


 「……?」


 「いや、何でもない。何でもないが……考えなる間も無く分かる事だろ!?

 矢傷じゃあないが、傷にその”金属の球”が入ってたら何となく察しは付くだろッ!?」


 「いやぁ……分かったッスけど……。

 何で……何で、お頭はその武器を欲しがってんでしょうかねェ……?」


 「……察しの悪い奴だなぁッ!?

 いいか? 討伐に苦労する”ボア”や”ウルエナ”を一撃で仕留める武器・・・・・・・・・があるんだぞ!? もしそれが人間にも有効・・・・・・なら、今ご贔屓ひいきにしてもらってるお貴族様にでも献上けんじょうして……!」


 「ッ! 取立ててもらって、騎士団入り! そして、戦争で大活躍ッ!

 だから、その武器を持った奴を見つけて……ブッ殺す!」


 「「そして、その武器を奪うッ!」」


 〜パンッ!〜


 ――興に乗ったかは知らないが、何故か度しがたい”ハイタッチ”をする二人……。


 「やっと分かったか、新入り……!

 だから気合を入れて探せよ? こんなシケた生活を続けたくないだろう……?」


 「勿論ッスよッ! 兄貴ィッ! 気合入れて探しやしょうッ!」


 「良しッ! そうと決まれば……!」


 〜 ……グゥゥゥゥゥ…… 〜


 ……”腹の音”も興に乗ったかは知らないが、二人同時にタイミング良く……二人のやる気をがす音を鳴らすのであった……。


 「……が、まずは飯になる獲物を探さないとな……」


 「……ソウッスネ……。

 ここんとこ、”野草”と”少量の木の実”に”水”しか食べた記憶が無いっすからねェ……。あぁぁ……不味かったのに、あのウルエナの焼肉ががが……」


 「おい! しっかりしろッ!?」



 ――覗いていた体勢から、再び身を隠す樹木へと背を合わせるオルセット……。

 「……ど、どうしよう……!? 早く、早くボスに伝えなきゃ……ッ!」……とんでもない”偶然”に当たってしまった彼女だったが……”オツム”はまだまだ足りなくともやるべき事・・・・・への”判断力”は、まだ十分にあるようである。

 しかしながら、彼女はすぐに行動を移せなかった……。


 ……道を忘れた? ……半分は正解だ。

 そう、原因は先程述べていた”悪臭”……! あの”野蛮な男”達から発される悪臭が、彼女が辿っていた自身の匂いを掻き消してしまっていたのだ……!

 じゃあ”足跡”を追えば? ……と思うだろう。

 だが実は、現在の彼女の周辺には獣らしき巨大な足跡・・・・・・・・・が散見しており、その足跡が”彼女の足跡”も踏み消していたのだ……ッ!


 それ故に、話を盗み聞きした後に気づいた後に彼女は”どうしよう!?”……と、若干狼狽ろうばいしていたのだ……! 今現在、彼女に出来る事は足りないオツムで”現状の打開策”を必死に捻り出しつつ……身を隠す樹木の先に居る”野蛮な男達”に対して、「早くどっかに行ってよ〜ッ!」……と必死に罵倒を送る事ぐらいだろう……。



 「……んっ?」


 ――さて、私が実況する間の数十秒……。

 その間に、ほとんど時計の針が進んでいなかった”野蛮な男達”の片方は、以前に食べた”ウルエナ肉”の不味さか何かに”危ない視線”になると共に、現実逃避していた最中……”トアル物”に目が止まっていた。

 「おい!? ちょ、ちょっと!? 本当に大丈夫か!?」……と、もう片方の男の心配を無視して猪突猛進ちょとつもうしん気味に、視線の先にあった土の山・・・へと向かって行ったのだ……!


 そして、着いたかと思えば……一心不乱にそこを掘り始めたのである……ッ!



 「……おい、オレも”ウルエナの肉の不味さ”は解るけどな……?

 人様の心配を無視して勝手に飛び出して挙句あげく、何でそんな”土の山”なんか掘っているんだよ……!?」


 ――呆れた態度をしながら、”新人(?)クン”に歩み寄ってきた”兄貴(?)”……。


 「へへっ、何故だか知らないッスけど……オレはいつもこうやって……ホラ!

 こういった土の山の下には、獲物がいる事を知ってるッスからね〜!」


 「……そういえばお前、襲撃で良くヘマする割には……いつも”獲物”は獲って来てたな……」



 ――そう言う”新人(?)クン”が、掘った土の山前から退くと”兄貴(?)”はそこを覗く。

 すると、そこには立派なツノを持った一頭の”雄鹿おじか”が横たわっていたのだ……!

 ただ、やはり異世界と言うべきか……その立派な角は、普通の鹿のような”枝状”に広がったものではなく、何故か”テレビのアンテナ”のように奇妙な形に広がった物・・・・・・・・・・であったが……。



 「……おい、お前……コレ……!?」


 ――土の山の中にあった獲物を見た途端、”兄貴(?)”は何故か冷や汗をかいてしまう……!?


 「へへ〜ん、どうっすか? スゴイでしょ〜?

 腹の部分が喰われているとは言え、こんな立派な”パルト・ディアー”!

 これで今日のノルマは……!」


 「馬鹿野郎ッ!? お前はなんて事をしやがってんだよッ!?」


 ――呑気のんきに自慢をしていた”新人(?)クン”に対し、胸倉むなぐらを強引に掴み上げ、揺さぶりながら怒鳴り付ける”兄貴(?)”……!?


 「なっ……何を言ってんすかぁぁッ!?」


 「これはどう見ても”魔物の食い残し”だろうがッ!?

 お前はいつもなんてモンを持ち帰ってきてやがるんだッ!?」


 「まっ、”魔物の食い残し”……?

 ……狩った奴がたまたま持ち帰りきれなくて、埋めた奴なんじゃあ……?」


 「お前の目はゴブリンかよッ!?

 よく見てみろッ!? あの”噛みあと”の何処がナイフで肉を切り取っ・・・・・・・・・・た痕・・になってんだよッ!?」



 ――成程。確かに、”兄貴(?)”の言う通りだろう。

 彼の言う”噛みあと”は、内臓が集中している部・・・・・・・・・・を多く抉り取っており……その痕は”切れ味のいいナイフ”で切られたとは言い難い程に、どれも荒い・・・・・



 「……たまたまじゃあ無いっスか? 切れ味が悪かったとか……」


 〜 スコンッ! 〜


 「イッ……タァァァ!?」


 ――”兄貴(?)”の鋭い拳骨ゲンコツを食らって痛がる”新人(?)クン”……。


 「馬鹿野郎ッ! あんなゲロ不味い”内臓”を、好き好んで食べる人間・・・・・・・・・・が毎回居るとでも思う・・・・・・・・・・のかッ!?」


 「あぁ……いや……そのぉぉ……」


 「そんな”たまたま”が何度あってたまるかッ!

 とっととこっからズラがるぞッ!」



 ――そういうや否や”新人(?)クン”をほっぽり、近くの茂みの方へと歩み出す”兄貴(?)”……。一方で”新人(?)クン”は痛むケツに若干顔を顰めつつも、何を思ったのか”兄貴(?)”へと声を掛ける。



 「……そういえば、兄貴ィィ〜?

 何で、そんな”カミアト”? の事が分かったんッスかぁ〜?」


 ――律儀りちぎにも立ち止まり、振り返りながら答える”兄貴(?)”。


 「……ハァ……昔、仲間がられたんだよ……。

 丁度、お前みたいな新人だった頃に……こんな状況でな……?」


 「……ッ!? あっ、あぁぁ……あぁぁぁッ!?」


 〜 ……ズッ、デンッ! 〜


 ――突然、青ざめた表情で「”兄貴(?)”の頭上の先」を見つめながら後退りしたかと思えば……急に尻餅シリモチを突いてしまう”新人(?)クン”……。


 「ハァ……おい新人! 何してんだよッ!?

 そこにヘタりこんでいないで、とっととそこの”食いカスのヌシ”が現れない内に……!」

 

 「……あっ、あぁぁ……兄貴ィィィ! うっ、後ろぉぉぉッ!」


 「はぁ? 後……」


 〜 ……ブゥゥゥゥンッ! バッキャアッ!

 ゴッ、ゴッ、コロコロコロコロコロコロ……ピタァ! 〜


 「……あっ、あぁぁ……あぁぁぁぁぁぁッ!?」


 ――だっ、誰も見ていなかった……!

 い、一瞬であった……! こんな……こんな……ッ!?


 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 ……殴り飛ばされて来た「”兄貴(?)”の首」と、目を合わせてしまった”新人(?)クン”と……!


 〜 ……グンモオォォォォオォォォォォォォオォォォォォォッ! 〜


 ……2、3メートルを優に超す巨体をそびえ立たせる、熊らしき化物バケモノとの遭遇そうぐうは……ッ!?


 〜 ……バッ! ザッザッザッザッザッ……ダダダッダダダッダダダッ……!

 ゲシッ! バタンッ! ……グンモオォォォォオォォォォォォォオォォォォォォッ! 〜


 「うわあぁぁぁあぁあぁッ!?

 やめろッ! やめろぉぉッ! こんなッ! おえぇぇぇッ……!?」



 ――同時に走り出すも、ほぼ瞬時に捕まる体……一気に組み伏せられ、またたく間に食い破られる腹部……経験した事もない激痛に……ジョジョに朦朧もうろうとして行く意識……! 正に、抵抗もむなしき蹂躙劇じゅうりんげき……!

 誰もが経験したくないだろうが、遠目から「”新人(?)クン”の最期さいご」を端的たんてきに表現すると……こうなるであろう……。



 「……ニャァ、ニャァ、ニャァ、ニャァ、ニャァ、ニャァ……!」



 ……そして、この光景をほぼ目前・・・・で目撃してしまったオルセットは、必死に息を潜めようと努力していた……! 溢れ出そうになる猫々しい”過呼吸”を抑え、「アッチ行け……臭いを嗅ぐな……アッチ行け……臭いを嗅ぐな……!」……とエンドレスに願い続けていた……ッ!

 ……だがしかし……ッ!



 〜 ……グチャ、グチャグチャ、グチャァァァ……グンマァァァァァ? 〜


 「ッ!?」



 ――気づいてしまった! 恐らく、気づいてしまったのだ!

 オルセットは、ほぼ目前で「”新人(?)クン”だった物」をむさぼる”熊の化物バケモノ”が彼女に気づいてしまったような”鳴き声”を捉えてしまった・・・・・・・のである……!

 息を殺そうとしたのか……背後の樹木に貼り付けていた両手を、交差するように口に押し当てる……ッ!



 「……ニャァ、ニャニャニャニャニャニャニャニャァ……!」


 〜 ……ノシッ、ノシッ、ノシッ、ノシッ、ノシッ…… 〜



 ――オルセットの呼吸の間隔かんかくがより狭まり、近づいてくるような足音……!

 「……イヤだ、イヤだ……! ボクはボスのトコロに帰るんだ……! ゼッタイ帰って、”ボクが悪かった”……って、アヤマるんだ……!」……そんな張り裂けんばかりの思いを胸中に浮かべながら、ついに彼女は息を止めた・・・・・……!



 〜 ……スンッ、スンスンッ、スンッ、スンッ…… 〜


 「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ……!

 アッチ行って……ッ! アッチ行って……ッ! アッチ行ってって……ッ!」



 ――蚊が鳴くような声で懇願こんがんするオルセット……!

 しかしッ! 執念深しゅうねんぶかいのか、臭いを嗅ぎつける音は一向に止まる気配がない……! 一向に、彼女が隠れる樹木から遠ざかる気配が、全くないのである……ッ!


 ……そしてこの後の展開は、「振り向いて確認してもおらず、安心して反対を向くとゼロ距離で迫っていた」……というホラー的で容易に予想・・・・・・・・・・が付く展開・・・・・だと、◯者の諸君は思うであろう……。



 〜 ……ノシッ、ノシッ、ノシッ、ノシッ、ノシッ…… 〜


 「……ハァ……た、助かったぁ〜」



 ――しかし、予想を反して”熊の化物バケモノ”は容易に背を向け、真っ直ぐにオルセットが隠れる樹木から離れて行くのであった……!? 離れて行く”熊の化物バケモノ”の尻を覗き見ていた彼女は、再び樹木に背を預けると安心したのか、その場でヘタリ込んでしまった……。



 「……ハッ!? そ、そうじゃあなくて! どうしよう……ッ!?

 ケッキョク、まだニオイが判らないよう……!」



 ――そのように言う彼女の鼻は、ヘタリ込んだ直後でも動いていた……。

 だが、動いていたからこそ……より強くなってしまった悪臭を前に結局、状況が良くなっていな・・・・・・・・・・い事・・を理解してしまってもいたのだ……!



 〜 ……ダダダッダダダッダダダッダダダッ……! 〜


 ……そして、両手で頭を抱える彼女への”試練”は続く……!


 〜 ……ブゥゥンッ! ドッバ〜ンッ! 〜


 「ッ!? なっ、何!?」


 ――突然の轟音ごうおんに、揺れる背中の樹木……! 更に……!


 〜 ……メキッ、メキメキッ、メキメキメキメキメキ……! 〜


 「ッ!? えッ!? う、ウソッ!? 何でッ!?」



 ――動いていた! 彼女が背を預けている樹木が、彼女にのし掛かろう・・・・・・と動いていたのだッ! 咄嗟とっさに彼女は両手で押し返そうとするが、一向に樹木が倒れる勢いを止める事が出来ないッ!



 〜 ……グンモオォォォォオォォォォォォォオォォォォォォッ! 〜



 ――そして! その犯人は言わずもがな、去って行った筈の”熊の化物バケモノ”であったのだッ! 恐らくはオルセットに去ったと見せかけ……油断した所で、彼女の潜伏していた樹木の根元を破壊……!

 潜伏場所を消すと共に、あわよくば現状のように樹木を押し倒し、逃げられなくしてやろうとでも思っているのだろう……!

 ”ウルエナ”に続き、この”熊の化物バケモノ”もなんと狡猾こうかつなのであろうかッ!?



  〜 ……ググググググ……! ミシミシミシミシ……ッ! 〜


 「も、戻って……! ……戻って……ってッ!」



 現実で有名であろうグリズリーアメリカヒグマなども例え、木に登って避難したとしても……細い幹の樹木なら易々と倒してしまう程のパワーを持つ。

 だが、この”熊の化物バケモノ”はそれ以上に……! 彼女の全身をスッポリと覆い隠してしまう程の”太い幹を持つ樹木”を、押し倒そうとするパワーを持っているのだ……!

 そのブルドーザーの如き膂力りょりょくに、人間より優れているオルセットでも太刀打ち出来てはいないのであるッ!



  〜 ……ググググググ……! ミシミシミシミシパキッ、パキバキ……ッ! 〜


 「ウゥゥゥ……おっ、オモいィィィィィ……!」



 ――更に、(異世界のため”確実”ではないが……)樹木の重さはおおよそ”1トン前後”である。しかし、これぐらいになるのは乾燥していない”生木なまき”に限る!

 この枯れ切った木々ばかりが生える森の木々では、水分がほぼなくなっているため多少軽い筈・・・・・なのだが……それでも”500kg前後”はあると考えられる物を彼女は支えていた……! いや……かろうじて・・・・・支えているの方が正しいか……。



  〜 ……ググググググ……!

 ミシミシパキッ、パキッパキッ、パキバキバキ……ッ! 〜


 「……イヤ、イヤァ……! イヤだよぉぉ……! ボスゥゥゥ……ッ!」



 ――そしてグリズリーでなくとも、熊の最低の平均体重は「約80kg」!

 最大だと、”シロクマ”の名で親しまれる”ホッキョクグマ”が、「800kg」という記録を叩き出している個体も存在しているのであるッ!

 ……この緊迫きんぱくした状況に”体重計”なんて場違いな物はないため、正確な重さは分からないが……。


 ……だが、少なくとも”樹木の重さ”に加えて、その中間の”500kg前後”の体重を持つと仮定すると……”熊の化物の重さ”を合わせた「1トン近い重さ」が、オルセットに襲いかかっていると予想される!


 人間の成人男性は、”火事場の肉体のリミ馬鹿力ッター解除”を出した場合は「500kg」近い重量物を”両手”で持ち上げられると言うが……その2倍近い重量・・・・・・であるのに関わらず、支えられているのは……人間より優れた彼女とは言えどある意味、奇跡・・と言うのに近いだろう……ッ!



 「……ボスゥ……ッ! ボスゥゥ……ッ!

 ボォォォスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!」



 ――現在、樹木の傾き具合は「約45度」。

 オルセットが、一向に押し返すきざしが見えない中で……いよいよそれ以下・・・・に差し迫ろうとしていた……。






 〜 ……ザッザッザッザッザッ……キキィ! 〜


 「……ハァハァハァハァハァハァ……クソォッ!

 オルセットの奴、何処に行ったんだよッ!?」



 ――そして、その一方での両手を膝に付き……呼吸を整えていたボス……。

 オルセットが残した”土煙”を頼りに、全力疾走で追跡していたのだが……途中で一瞬、運悪く強風が吹いてしまっていたのだ……! その影響か、彼女が向かったと思われる”西側の森”で彼女の痕跡こんせきを探そうと、必死に走り回っていたのだが……?



 「そんな時間が経っていないハズなのに……足跡が見つからないとか……。

 指の付け根から足の指・・・・・・・・・・に掛けて・・・・肉球がある人間の足跡・・・・・・・・・・なんてアイツ以外、見た事なんてないのに……!?」


 ――額の汗を拭いつつ、周囲を見渡すボス。

 だが、見渡す限り……何処も似たような枯れ木が立ち並ぶばかりで、彼女の痕跡はないに等しかった……。



 「……ボォォォスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!」


 「ッ!? オルセットッ!」



 ――不意に聞こえたオルセットの叫び声……ッ!

 穏やかじゃあない状況だと思ったボスは、再び全力疾走で彼女の元へと急行するッ!


 「……ハァハァハァハァハァ……アァクソッ! ジャマだッ!」


 ――意図や害意はなくとも、全力疾走する中で引っ掛かってしまう枯れ枝などがボスをはばみ、彼の焦燥感しょうそうかんをより一層高めてしまう……!


 「……ボォォォスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!」


 〜 ……グンモオォォォォオォォォォォォォオォォォォォォッ! 〜


 ――より鮮明せんめいになるオルセットの叫び声……ッ!

 それと同時に、聞き慣れない獣らしき声もボスの耳に飛び込んで来る……ッ!


 「……ハァハァハァハァハァ……待ってろォォォッ! 今行くぞォォォッ!」


 ――直後に石にツマズき、つんのめりそうになるが……なんとか体勢を立て直して更に直走ひたはしるッ! そうして……ようやく現場に着いたボスが目にしたのは……ッ!?


 〜 ……グンモオォォォォオォォォォォォォオォォォォォォッ!

 ……ググググググ……! パキパキパキッ、バキバキバキバキバキ……ッ! 〜


 「……イヤ、イヤァ……! 助けて……! 助けてよぉぉ……!

 ……ボォォォスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!」



 ――角度にしておよそ「30度」……!

 腕では無理と判断したのか……今にも倒れそうな樹木に背中を押し当て、必死に足の力で踏ん張るオルセットの姿があったのだ……ッ!

 当然、そのような光景を見れば……誰であろうと、その「原因」を探すだろう……。

 私だってそうだ。ならボスだって見つけようと……



 「ッ!? このクソッタレグマ野郎ッ! オレの仲間・・・・・に何してやがんだよッ!」


 〜 バッ! カチッ! キンッ! シュボッ! ズバンッッ! 〜



 ……見つけた瞬間、銃をブッ放す人は現実にう然ういないだろう……。

 まぁ……ここは異世界だし? 原因となる樹木にのし掛かる”熊の化物”を見つけたとなれば……瞬間、感情が”プッツン”に達してしまって、咄嗟に胸ポケットからフリピス引き抜き、発砲するボスが居ても致し方ないだろう……。

 ウン、そうだろう……!


 こんな非常事態に、”熊の弁護か何か”を主張している場合か!? クソがッ!



 「逃げろォッ! オルセットォォォッ!」


 「ぼっ、ボス……? ボスゥゥッ!」


 「クマ野郎は倒した! 早くそっから逃げて……!?」


 「……ぼ、ボスゥ?」


  〜 ……グンモオォォォォ……ッ? 〜


 「うっ、嘘だろ……!? 頭にブチ込んだ・・・・・・・んだぞッ!?

 何で、くたばっていねェだよッ!?」



 ――あせぎだぞ、ボスくん

 大事なオルセット君が絶体絶命であるのは、私にも痛いほど分かるが……ガンマニア・・・・・キミだったら、この状況は容易く理解出来る筈であろう?


 ……ッ! チッ、余計なお世話だよ!



 「……クソッ、距離が離れ過ぎだったか……!」



 ――まぁ、至極単純な話……ボスが”熊の化物”を仕留めきれなかったのは、彼が持つ”フリフリントロックピス・ピストル”の「有効射程圏外けんがい」だったのが原因の一つだ。

 ……因みに、「有効射程」というのは「投げられた紙飛行機が、ずっと同じ速度で飛ば・・・・・・・・・・ずに最後には落ちる・・・・・・・・・」ように……発射直後の威力をほぼ・・・・・・・・・・維持できる・・・・・距離の事を言うのだ。


 現代の警察や軍隊がよく使う「9mmパラベラム弾」という拳銃の弾は、有効射程が大体「50m」である。威力を考えなければ・・・・・・・・・もっと飛ぶ・・・・・のだが……それでは当たっても致命傷に至る事はまずないであろう。


 しかしながら、彼が使う”フリピス”は同じ有効射程「50m」でも、実は短かったりする。

 今は詳細は省くが、現代の銃のほとんどには”アタリマエ”にある……「ライフリング」という加工がない故に、狙った所に確実に当たる確率がグッと低い・・・・・のだ……!


 その証拠に、恐らく「ガンス拳銃タイプの銃を使用リンガー時、50%の命中補正」のスキルの効果を持ってしても、彼が狙った”熊の化物の右側面のコメカミ付近”から、”頬辺りの部分”に弾丸が逸れてしまっているのが良い証拠であろう……。


 それでも、命中した”熊の化物”にとっては熊生クマせい(?)の中で、”一度も味わったことの無い痛み”であった事は確かだろう……。それ故か、虫歯を放置し過ぎて悶・・・・・・・・・・絶しているお馬鹿さん・・・・・・・・・・みたいに、今現在はのしかかっていた樹木から離れ……付近の地面でのたうち回っていたのだから……!



 「ッ! オルセットッ! 今の内だッ!

 クマ野郎がのたうち回っている内に、早くそっから逃げろッ!」


 「うっ、うん! 分かったよォ! ボスゥッ!

 フッ……! ウゥゥゥゥゥん……ッ!」



 ――だが、銃の性能が残念でもコレはチャンスである……!

 一瞬、構えから胸元に引っ込めたフリピスに意識を奪われていたボスだが、”熊の化物”が悶絶もんぜつしているのに気づくと……すかさずオルセットに素早く撤退てったいするように叫んだのだ。

 無論、彼女もそうと分かれば、ボンヤリしている場合じゃあない事は理解出来る。残る力を振り絞り、脚に力を込めて踏ん張りつつ……のしかかる樹木を押し返そうとする……ッ!


 一方のボスは、少しずつだが持ち上がっていく樹木を見て驚きつつも安心するのだが、何を思ったのかコメカミ付近に”右手の人差し指と中指”をそろえて添えて「スキャン」を発動させた……。



 ~ウィィ~ン、ピピピピピ!~


 「……ッ!? おいおいマジかよ……!?」


 「ボ、ボスゥ〜! て、手伝ってェ〜ッ!」



 ――虚空こくうに表示された”熊の化物”の「スキャン」結果を読んでいたボスが、何かに気づく……! だが、その先の詳細を読む前に……苦しげなオルセットの声が上がってしまうのであった……!

 彼は、一瞬内容の続きを読みたかったのか……勢いは収まってきているモノの、いまだ悶絶する”熊の化物”と彼女をそれぞれ一瞥いちべつすると、彼女の元へと急行した。



 「ハァハァハァ……どうした!?」


 ――捜索時の疲労が未だ色濃いのか……短い距離ながらも、息切れしてしまうボス。


 「ごっ、ゴメンボスゥ……!

 こっ、これ以上……持ち上げられなくて……!」


 「何ィ……!?」



 ――「オレでも無理そうなバカデカイ木を、支えられているのに!?」……ボス君? 君の人生で、そんな事を経験した上で言っているのかい……? しかも、女性にだぞ・・・・・……?


 うるせェ!? 分かってるよッ!



 「ホラ、しっかりしろッ! こんな所で”サンドイッチのハム”になるなんて、洒落シャレにならねェ……ぞっとッ!」



 ――彼女を励ますためか、胸ポケットに”フリピス”を仕舞って冗談を言いつつも……彼女から少し離れた位置から倒れかける樹木の下に潜り込み、力を込めて持ち上げるのであった……!


 恐らく、「てこの原理」を利用した持ち上げ方だったのだろう……。

 「……スゴイ! ボクでさえタイヘンな木を、ボスはラクラク持ち上げられるなんて……!?」……と、彼女は自身にのしかかる重さがジョジョに軽くなってゆくのを感じつつも、内心勘違いしていたが……。



 「……お、オルセット……! 早く……ッ!

 オレは後、数秒持てるか分からねェぞ……ッ!」


 ――産まれたての子鹿の如く……あまりの重さに両脚に加え、支える両腕が小刻みに震えてしまうボス……。


 「……えっ!? そんなラクラク持ち上げられたのに……?」


 「いいから早くそっから出ろォォッ!」


 「うっ、うんッ! 分かったッ!」



 ――ようやく重さから解放された反動か、その場に両手両足が着くようにへたり込んでしまっうオルセット……。だが、震える両手両足に鞭打ち……四つん這いになっても何とか樹木の下から脱出を、彼女は果たすのであった……!


 一方のボスは、彼女がようやく抜け出したのを確認すると一瞬、ホッと安堵あんどしてしまう。まぁ、その拍子に「うわっ、ヤベ!?」……と思わず呟いてしまう程の重さが、両腕に掛かったのは言わずもがなであるが……。



 「ニャア、ニャア、ニャア……フゥゥゥ……ッ!?

 ボスゥッ! 後ろ後ろッ! 後ろ見てェェッ!」



 ――投足なげあしに座って息を整えていたオルセットが、唐突にボスの向いている逆の・・・・・・・・・・方向・・ゆびしながら叫ぶ……!?

 どうしたんだと思いつつも、慎重に支える位置をずらしながら身体ごと横を向いて確認すると……何と!? いつの間にか、悶絶していた筈の”熊の化物”が恐ろしい咆哮を上げながら、彼に向かって突撃してくるではないかッ!?


 「うわぁぁぁぁ!? ヤベヤベヤベヤベヤベヤベヤベッ!?」……無論、彼は大慌て……ッ!

 すぐに回避行動を取ろうと、左右を見渡し彼女がいる方向に飛び込もうとするが……ふと、思い止まってしまう。「……イヤ待てよ……コッチに飛び込んで回避したら、オルセットも狙われる可能性・・・・・・・が……!?」


 ……気づかなければ……! ……一人だったら……!

 一瞬、そんな事を考えてしまいそうになるボスだったが、そんな事を考えている場合じゃあなかった。

 ただでさえ、今にも自身を押し潰しそうな樹木を”超ギリギリ”で支えている上に、彼から見て左側から怒り狂った”熊の化物”が突撃してくるのだ……!

 ……決断の時は、刻一刻こくいっこくと迫っていたのだ……ッ!



 「……チィィッ! クソッタレがァァァァァァァァッ!」


 〜 グッ、ポイッ! バッ! ゴロン、ブゥゥゥン!

 バメキャァァァァッ! ドスン! ドスン、ゴロゴロゴロゴロ……! 〜



 ――正に間一髪かんいっぱつッ!

 勇気を持って熊の化物の方向・・・・・・・に飛び込まなければ、背後で真っ二つに粉砕され四方八方、大小様々な木片が飛び散ると共に、吹ッ飛ばされた樹木と同じような運命を辿っていたかもしれない……ッ!


 しかし、回避出来てもまだまだ危険は去った訳じゃあない……!

 飛び込み前転後、”熊の化物”の背後に回り込めたボスは、すかさず胸ポケットに閉まっていたもう一丁の”フリピス”を引き抜き、右側の後ろ足を狙って発砲するッ!



 〜 キンッ! シュボッ! ズバンッッ! ビスゥゥッ!

 ドタァァァンッ! ドタバタドタバタドタバタドタバタ!〜



 ――これは効果的であったようだ!

 恐らく人間で言う”足首”に弾丸がヒットしたのだろう……”熊の化物”は、両前足を上げて方向転換する最中に撃たれたのもあってか、背後の地面に前足が着く前にバランスを崩してスッ転び、再び苦悶くもんの声を上げながらもだえていたのだ……!



 「は、ハッ! 今の装備でテメェに勝・・・・・・・・・・てる・・とは思ってねェ〜んだよッ!? こちとら、真面目に戦う気は鼻っからねェんだッ!

 せいぜいそこで箪笥タンスの角に小指を打つけて、頭打ったみたいにもだえてろッ! バァァァカッ!」



 ……やけに小物臭い台詞セリフが気になるが……。

 ……あぁ! なるほど……。余程、オルセット君の事が気になっているのだな?

 今考えている”小物臭い台詞のもう一つの理由”をそっちのけに、彼女の安否を確認しに行く程に……


 うるせェ! 黙っとけよッ!



 「オルセット! オルセットォォッ! 大丈夫かァァァッ!?」



 ――真っ二つに折られた樹木の反対側、その根本付近に走り寄ってきたボスは慌ててその場所を見るが……そこには、オルセットの姿はなか・・・・・・・・・・った・・……。

 「ウソだろッ!? 何処行ったッ!?」……心臓が飛び出るかの如き焦燥感に襲われるボス。慌てて周囲を見渡すとボスから見て右奥、先程吹っ飛ばされた樹木の近く……そこに、うつ伏せのまま動かない彼女の姿が見えたのであった……!


 

 「ッ! オルセットォォッ!」


 ――無論、駆け付けない理由はない! ボスは走るッ!


 〜 ……グンモオォォォォオォォォォォォォオォォォォォォッ!

 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! ブォォォンッ! 〜


 「……ッ!? ウオォォォッ!?」


 〜 ……バッ! スカァァ! ゴロン! ズザザザァァァァァ! 〜



 ――またもや間一髪かんいっぱつッ!

 悶えていた筈”熊の化物”がボスを八つ裂きにせんと、全速力から飛び込むようにその剛腕を振るうッ! しかしながらも彼はそう簡単にやられる訳には行かないッ! 足音から接近を察知できたボスは、咄嗟に左方向に飛び込んでかわすのであったッ!


 そうして再び真っ二つにされた樹木と同じ運命を辿らず、前転して受け身を取っていた彼とほぼ同時に……器用にも滑りながらボスの方にその巨体を向け直す”熊の化物”……!

 意外にも両者が初めて・・・、正面を向いて対峙たいじするのであった……ッ!



 「……クソッ! 戦うしかねェのかよ……ッ!」



 ――”三点着地”の姿勢からゆっくりと立ち上がりながらそう呟くボス……!

 その視線の先には、”熊の化物”からそう遠くない位置・・・・・・・・に倒れているオルセットの姿が……! 相手は無意識だろうが……”人質を取られた”以上、必然的に戦わざるを得なくなったのである……ッ! ”後顧こうこうれい”と言う物は、確実に取り除かなければならない! ……そう彼は思っているのだッ!


 ……逃走? それはない。

 仮に運良く、”熊の化物”の隙を突いて彼女を回収できたとしても……彼の考えによれば、脚を負傷させて逃げら・・・・・・・・・・れる可能性を作った・・・・・・・・・とは言え……あの剛腕に擦りでもすれば、彼も彼女もたちまち”The Endジ・エンド”になる事を理解していたのだから……ッ!



 〜 ……グンモオォォォォ……グンモオォォォォ……グンモオォォォォ…… 〜


 「……何だ? 随分と不機嫌そうじゃあないか? えぇ!?」



 ――言葉は通じないと理解しつつも、ボスは挑発ちょうはつしながら”熊の化物”を観察していた。全身焦茶こげちゃ色の体毛に覆われ、血走ったり目に鋭い牙……。

 カモメのようで、繋がった両津◯吉に近い眉毛にも見えなくもない奇妙な模様は吊り上がり……両目の下から左右に3本ずつ真っ赤な血管が浮き出ている……。


 まるで”歌舞伎かぶき隈取クマドリ”と例えられるような怒りの形相ぎょうそうは、”般若はんにゃの面”には劣るかもしれないが……それでも先程の光景襲われたオルセットも相まって、十分に恐ろしいとボスは感じていた……!



 「……あれは、土饅頭どまんじゅうか? その傍に死体だった物……。

 ……なるほど。食料泥棒をやらかそうとして、その報復ほうふくにオルセットが巻き込まれたって感じか……。完全なとばっちりだけど……なッ!」


 〜 バッ! 〜



 ――そして、周囲も観察していたボスは大体の状況を把握していた。

 僅かに死体と見て取れる人物には、襲われた背景も知らないために「……ご愁傷様しゅうしょうさま」としか言いようがなかったが……同時に「けど……オルセットを巻き込むような面倒メンドウ他所よそでヤレよな!?」と、少々怒りの気持ちも抱いてはいた……。


 ……しかしながら、今はどうでも良い事である。

 今すべき事は、”信頼性”も”有効射程”も脆弱ぜいじゃくな武器だろうと……目の前に立ち塞がる敵・・・・・・・・・・を撃ち倒す事・・・・・・であるッ!



 〜 ……スカッ! 〜


 「……エッ?」


 〜 ……スカッ! スカッスカッ! 〜


 「……しまったぁぁぁぁぁ! リロード再装填を忘れてたぁぁぁぁぁッ!?」


 ……いや、装填数1発・・・・・で、しかも撃ったばかりの銃・・・・・・・・を撃とうとして……何を言っているのであろうか……?


 自動拳銃セミオートの感覚で、やっちまったんだよぉぉぉぉッ!?


 〜 ……グンマアァァァァアァァァァァァァアァァァァァァァッ!

 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! 〜


 「うわぁぁぁぁ!? ヤベヤベヤベヤベヤベヤベヤベッ!?」



 ――ホラホラ、ボス君?

 君が盛大に”隙”をさらしちゃったから……ここぞとばかりに”熊の化物”君が、君目掛けて突進してきたぞ?



 んな事、見りゃ分かるわァァァァァァァァァァァァァァッ!?


 〜 ……グンマアァァァァアァァァァァァァアァァァァァァァッ!

 ……ザッザッザッザッザッ……! ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! 〜


 「チキショウッ! さっきから、”群馬群馬グンマーグンマー”ってウッセェェんだよォッ!?

 お前見た目は”熊本県のマスコットく◯モン”だろうがッ!?

 ……顔面怖すぎで、人気出そうじゃあないけどなッ!? クソッタレェェッ!」



 ……今更変えようもできないくまモ……失礼、”熊の化物”の”鳴き声”に罵声を浴びせつつ、逃走しているボスはさておき……。参考程度だが、”熊”が走る速度は「時速50km前後」である。


 地上最速の動物である”チーター”の「時速約130km」と比べると遅いと思われるだろうが、それでも人類最速の”ウサ◯ン・ボ◯ト氏”のおよそ「時速45km」と比べると速いのは確かである。


 勿論、彼は”ウサ◯ン・ボ◯ト氏”並の速度で走れる訳じゃあない・・・・・・・・・……!

 それでもひとえに、現在オルセットの居る”ちょっとした広場”になっている戦場で、グルグルと周回して彼が逃げ回れているのは……後ろ右足を引きずるように”熊の化物”が走っていたからだッ!

 彼は”熊の速度”の事を知っていたのだろう……だからこそ、先程は”足”を狙ったのだ!



 〜 ……グンマアァァァァアァァァァァァァアァァァァァァァッ!

 ……ザッザッザッザッザッザッザッ……!

 ダダダッ! ブゥゥンッ! ダダダッ! ブゥゥンッ! ダダダッ! ブゥゥンッ! 〜



 ――しかしながら、それでも保てている距離は”ギリギリ”の一言に尽きる……!

 追いついては、ボスの髪の先っぽをカスり……。

 追いついては、ボスのケツスレスレをカスり……。

 追いついては、ボスの頭に直撃しようとした時……! 咄嗟に彼が上半身をかがめてスカってしまう……!


 そして、彼の”スタミナ持久力”も無尽蔵むじんぞうじゃあない。

 ”熊の化物”君は、まだまだ元気そうだが……現在の彼は”マラソンの給水場”でもあれば、そこの”スポーツドリンク”を丸々一本ガブ飲みしたい程に、限界が近づいてきてい・・・・・・・・・・のだ……ッ!



 「ハァハァハァハァハァハァ……クソォォッ!

 タイコウサク……対抗策を……! 考えねェと……ッ!」



 ――逃げるばかりに集中し、朦朧もうろうとしかけていたボスだったが……ついに見つけた! 太いみきだが樹皮じゅひがれ、シロアリか何かにやられていたのか……僅かな隙間の中が”空洞”になっているであろう、腐った樹木・・・・・を……!


 周囲にある、他の枯れた木々よりも根本が今にも崩れ落ち・・・・・・・・・・そう・・で、そこ以外は他の木々とは変わらない物を……ッ!



 「ッ! アレだッ! アレを使えばッ!」



 ――うるおいのない”カスカスとした声”を絞り出しつつも、ボスは一筋の光を見出みいだしたッ! さま、その樹木に駆け寄ると……? 何だ……!?

 特にその樹木に何をすることもなく、ただピッタリと背中を合わせただけじゃあないかッ!? その光景に呆れたのかは知らないが……”熊の化物”君も少し距離を離して、止まってしまっているぞ!?



 「ハァハァハァハァ……ヘヘッ、どうしたぁ!? マグズリー・・・・・さんよォッ!?

 テメェの足をダメにした、っくきオレは……こんな所で、呑気に休んでいるんだぞぉ〜? 攻撃しない手はないだろうぉぉ!? ンンンッ?」



 ――効くかどうかの確証もなかったが……”自身への鼓舞こぶ”の意味も込めて、ボスは再び挑発をする。すると、どう言う事か……!? 彼の右手が赤く輝き出・・・・・・・・・・した・・じゃあないかッ!? なっ、何を言っているかわからね〜と思うが……実際にそう言う事が起こったのである……!


 そして、その後の閃光に驚いたかは知らねェ〜が……”熊の化物”君は、突撃してきたのだッ!



 〜 ……グンマアァァァァアァァァァァァァアァァァァァァァッ!

 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! 〜


 「……ここだァァァッ!」


 〜 バッ! ブゥゥンッ! バメキャァァァァッ!

 ゴロン、ズザァァァァ! 〜



 ――助走を付け、横薙よこなぎに振われる剛腕……ッ!

 その剛腕を三度も”飛び込み前転”でギリギリにかわすボスの胆力たんりょくは、ある意味スゴいであろう……!

 しかしながら矢張り、腐っていたとは言えほぼ薄皮一枚までに樹・・・・・・・・・・木を抉り取った・・・・・・・”熊の化物”……いや、”マグズリー”のパワーは凄まじい物である……ッ!


 ……サラッと流さず、もっと褒めてくれて良いんだぞ!? クソッタレェェッ!



 「ハァハァハァ……残念だったなぁ、マグズリーさんよぉ!

 ご覧の結果……オレはピンピンしているぜ?」


 ……好きなのかは定かではないが、再び”三点着地”の姿勢からゆっくりと立ち上がりながらそう呟くボス……!


 「だがよぉ……?

 そうやって何も”反省”せずに、りずにオレに向かって突撃しようモンなら……テメェにも、同じ目にってもらうぞ……?」


 〜 ……グンモオォォォォ……ッ? 〜


 ――頭だけをボスの方に向けていたマグズリーが、その場で回って体も向け直す。


 「テメェの”理不尽”に付き合わされたオルセットの気持ちを……テメェ自身も味わいやがれッ!」



 ――ビシッ! ……と、右手の人差し指でマグズリーを指差しながらボスが叫ぶ! それを相手の”威嚇”とでも思ったのだろう……なんの疑問も抱かず、奴は! 彼に向かって雄叫おたけびを上げつつ、再び突っ込み始めるッ!


 〜 ……ミシッ、ミシミシッ、ミシィィバキバキバキバキ……! 〜


 ――しかし、その雄叫びの所為で……マグズリーは聞き逃してしまっていた……!


 〜 ……グンマアァァァァアァァァァァァァアァァァァァァァッ!

 ……ダダダッ! ダダダッ! ダダダッ! ギギギギギギ……ドゴンッ!

 ……グッ、グンマアァァァァ……ッ!?〜


 「……ヘッ、正直……賭け・・だったが……上手くいったぜッ! マヌケめッ!」



 ――ある意味、”因果応報いんがおうほう”と言うのはこう言う事なのだろう……!

 下敷したじきだ……! 下敷きになっていたッ! マグズリーは、ボスが張り付いていた根本が腐っていた樹木の下敷きとなっていたのだッ!?

 彼が奴の攻撃を誘っていたのも、自分では倒せない樹木・・・・・・・・・・を倒せさせるため・・・・・・・・に挑発していたのだろう……!


 そして彼のステータスの中で最も高い”LUC”もあってか、彼は賭けに勝ったのだ……ッ! 立ち上がってから攻撃に移ろうとした過程の中、丁度立ち上がった瞬間に”頭”に直撃したという、オマケ付きで……ッ! ……だがッ!



〜 ……グッ、グンマアァァァァ……ッ!

 グッ、グググ……グギギギググググ……ッ!〜



 ――人間だったら、良くて重症……悪ければ即死というダメージを負ったにも関わらず、マグズリーの血走しった目がしっかりとボスを捉えていた! マグズリーはまだ、”再起不能リタイア”とはなっていなかったのだッ!

 今も尚、「こんな物ォォ……!」と言う気迫を全力でただよわせ、背中の中心に伸し掛かる樹木をその四本足で持ち上げ……退かそうとしているッ!



 「……それでも倒せねェってのは、薄々思っていたよ……。

 けどなぁ……一瞬でも……その一瞬でもッ! スキが出来れば十分ッ!」


 〜 キンッ! シュボッ! ズバンッッ! ビスゥゥッ!

 ドタァァァンッ! ドタバタドタバタドタバタドタバタ! 〜



 ――持ち上げる事に夢中な余り、無防備になっている”マグズリーの頭”を狙う事は……追いかけられてる最中に撃ち込めと言われるよりも、遥かに容易よういな事であった……ッ!

 そして、◯者の皆さんはお気づきであろうが……先程の樹木を倒す過程で、どうやってか既に”支援投下サプライ”していた”フリピス”を、躊躇ちゅうちょなく頭にブチ込んだのだッ!


 ……再び襲われる激痛! 溜まらずに奴は、またもや樹木の下敷きになってしまい……無様にも4本足をバタつかせて、何とか足掻こうとしているのであろう……。



 「……悪いな。でも……弱肉強食ってのは、分かってるだろ?」


 ――動けなくなったマグズリーの側面、その頭近くにゆっくりと歩み寄りながらボスは語る。


 「オルセットの件でムカ付いているのもある……が、それと並ぶかそれ以上に……!」



 ――再びボスの右手が赤く光り、眩しい閃光の後に”フリピス”が姿を現す……!

 彼はそれを静かに、マグズリーの眉間みけんと思われる辺りに向けると……撃鉄ハンマーを親指で起こし、発射準備を済ませる……ッ!



 〜 キキキ……カチッ! 〜


 「普通じゃああり得ない、異世界転移2度目の人生……!

 まだまだ序盤で”殺られちまうGAME OVER”なんて残念な事……ゲーマーでもあるオレ・・・・・・・・・・は、絶対に認めたくねェからなァァァッ!」


 〜 キンッ! シュボッ! ズバンッッ! ビスゥゥッ! 

 ビクンッ! ピクッ、ピクピクッ……シ〜ン…… 〜



 ……今度こそ、マグズリーは沈黙ちんもくしたのだ……。

 眉間から血が垂れ流れる様を見ながら、ボスはゆっくりと銃を構えていた右腕を下ろすと……尻餅をつくように、その場でヘタリ込んでしまった……!



 「ハァァァァァァァァァ……。なっ、何とか倒せたァァァァァァ……ッ!」


 ――空をあおぎながら、ボスは言う。


 「……スキャンで見て驚いたけど……まさか、ウルエナ供よりも20以上もレベルが格・・・・・・・・・・な相手に挑む事になるだなんてなぁ……」



 ……そういう彼は余程、限界に近かったのかもしれない。

 格上の相手に対する緊張感プレッシャーもあったのだろう……思い出したかのように、彼の顔中から汗が噴き出していたのだ……。



「……フゥゥゥゥゥゥ……。

 ……ッ!? そうだッ! オルセット! オルセットは大丈夫かッ!?」



 ――「アイテテ……ふくらはぎが……!」……などと言いつつも、ボスは立ち上がる。そして、走り過ぎで痛み始めていた脚に鞭打ち、未だ横たわっていたオルセットの元へと急ぐのであった……!



 「ハァハァハァ……おい、オルセット! 大丈夫か!? しっかりしろッ!」


 ――息もえであったが、オルセットの肩を揺り動かしながら彼女の安否を確認するボス。


 「……うっ、うぅぅぅぅん……」


 ――微かなうめき声を上げた後、オルセットのまぶたがゆっくりと開く……!


 「あっ、アレェ……? ボクは……」


 「おい! しっかりしろ! オルセットッ!

 そのセリフの後に”誰なんだ”……的な記憶喪失になってたら、シャレにならないぜ!?」


 「……んんっ、ボスの声……? ……ッ!? ボスゥ!」


 〜 ガバッ! ギュウゥゥゥゥ〜ッ! 〜


 「ボスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ! コワかったよォォォォォォォォォォッ!

 ボスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」



 ――目にも止まらぬ”早起き”を披露ひろうするオルセット。

 その速さはボスの反応を許さずに、彼に抱き付いては顔を胸にうずめ……赤ん坊もドン引きそうな程にワンワンと泣きわめく程なのであった……!



 「……オルセット、分かった……分かったから……!

 もう、大丈夫だから……! そっ、そろそろ離れてくれないかなぁぁぁぁぁ……!?」


 〜 ギュウゥゥゥゥ〜ッ! ……ミシ、ミシミシ…… 〜


 「イヤだよォォォォォォォォォォッ! コワかったんだよォォォォォォッ!?

 ボスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」


 ――未だ続くオルセットのギャン泣き……! そして、ボスの体から発される不吉な音……!


 「おっ、落ち着けェェェェッ! オルセットォォォォォッ!

 お前は、またオレを殺す気かァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」


 ――「えっ?」……間抜けたような声と共に、オルセットの腕の力が抜ける。

 その一瞬の隙にボスは、彼女の両腕を掴んでは素早く降ろし……胸に右手を当てて深呼吸をするのであった……。


 「ハァ、ハァ、ハァ……き、気を付けてくれよオルセット……!

 この前も、似たような事ウルエナ戦後があったばっかだったろ!?」


 「ご、ゴメン……ボスゥ……」


 ――視線と共に、頭部のケモ耳も垂れ下がってしまうオルセット……。


 「ハァ、ハァ、まぁ……今後は気を付けるようにしてくれよ?」


 「……うん……」


 ――ズボンの汚れをはたきながら立ち上がるボスに対し、俯いたまま動かないオルセット……。


 「……どうした? まだ”自分が弱い”とかって事を気にしているのか?」


 「……だって、ボクだけじゃあムリだったし……。

 それに、あのクマのマモノだってボクは……」


 「あんなの……お前一人で倒せなくて当然だって」


 「でっ、でも! ボスは……ッ!」



 ――叫びそうになるオルセットに対し、左手を伸ばして静止を促すボス。

 少し不服な表情になる彼女に、彼は力士が試合前に取る”蹲踞そんきょ”に近い姿勢に座ると……未だに右手に持っていた”フリピス”を見せながら語る。



 「……運が良かっただけだよ。この銃とか……。

 それに、オルセットが……その……そう! 気を引いてくれていたからこそ、何とか倒せたんだよ!」


 「……えっ?」


 「つまりだ、オルセット? 俺だけで倒したんじゃあない。

 お前が助けてくれた・・・・・・・・・からこそ、あのクマ野郎を倒せたんだ。……分かるよな?」


 「……ボクが……助けた? ……ボスを?」


 ――目を見開いたまま尋ねるオルセットに、ボスは静かにうなずく。


 「あぁそうさ。仲間のお前・・・・・が居てくれたからこそだぞ?」


 ――そう語りつつ、左手で彼女の頭を撫でるボス。


 「それに、急いで強くなろうとしなくったって良いんだ……。

 お前にゃぁ、その臆病が冗談にも思える程の”力”があるんだぞ?」


 「……でも……やっぱりボクは、オクビョウで……」


 「そればっかを理由にすんなよ……。

 お前と並ぶくらいに、走れる人間を知ってるのか?

 お前と同じように、俺が来るまでの長い時間……あんなバカデカいを木を、持ち上げ続けた人間を誰かお前は知ってるのか?」


 「……知らない」


 ――「ボス以外」__と続けて、再び俯きつつもそう呟くオルセット。

 ボスは軽くタメ息を吐きつつも、彼女の肩に左手を”ポン”と置く。


 「いや__オルセットには、オレはそんなおよばないから__。

 でも__いないだろ? だからいい加減に自覚しろ、自信を持て。

 お前には、やる気を出せば……そこらの人間にはどうしようもできない”力”があるんだよ!」


 「それが……ボスの助けになってる……?」


 「そうだ。なってるんだよ、オルセット……」


 「ボクが……ボスの助けに……! ボスの仲間に……! ……エヘヘ……」


 ――塞ぎ込むような雰囲気だったのが、打って変わったように照れ笑いをするオルセット。

 そんな彼女に「やれやれだぜ」……と語るようなタメ息を心中で一つすると、再び語り出す。


 「一応言っておくと、もしも「まだまだ足りない」とか思っていたら……ゆっくりで良いからな?

 強くなる事も、もう認めちゃいるけど……仲間として認められる事も……! ジョジョにジョジョに、ゆっくりとな?」


 「ウンッ! 分かったよ! ボスゥッ!」


 「良しッ! それじゃあオルセットの悩みも無くなった事だろうし……!

 さっさとここから退散するぞ! んでぇ、立てるのか? オルセット?」


 「あっ、そうだったね……。フッ……!」


 ――両手を地面に付け、その反動と共に脚に力を込めるオルセットだったが……残念な事に、彼女の両脚が離陸するにはまだまだ力が足りなかったようだ……。


 「ごっ、ゴメンボスゥ……。脚が……!」


 「……そっか、オレと同じ……イヤ、オレ以上か……。

 あんなバカデカい木をオレ以上に、長く支えていたんだからなぁ……」


 「……じゃあどうするの?」


 「背負って帰りたいところだが……オレも疲れ切っててな?

 悪いが、肩を貸すから自力で何とか歩いてくれ」


 「……えっ? カタをカスって……?」



 ――再びオルセットの”世間知らず”が展開されるが、「やってみりゃ分かる」……と言いながら肩を貸すボスにさえぎられ、彼は彼女を立たせて歩き出すのであった……!

 何処で経験したかは知らないが、慣れているボスに対し……初めての経験であろう共に、脚に蓄積された疲れも相まってかぎこちなく歩むオルセット……。


 まるで”映画のワンシーン”のような……どこか誇らしげな背中を見せつつ、広場を去って行く二人はこれから先も様々な困難にブチ当たって行き、その”絆”をジョジョにジョジョに深めて行くのだろう……。






 〜 ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……グンマァァァ……!

 ブゥゥゥンッ! ザシュゥゥッ! 〜


 「……えッ? あぁぁ……」


 〜 ……フラッ……バタンッ! 〜


 「……ボスゥ? ッ!?」


 〜 ……ドクドクドクドク…… 〜


 「ボォォスゥゥゥゥゥゥゥッ!?」



 ――そう、どんな困難が起こったとしても……!






 <異傭なるTips> マグズリー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(注:ボス達が遭遇した個体のステータスになります。

 全てのマグズリーが、この個体と同じステータスになる訳じゃあない事をご了承下さい)


和名:怒土熊(どどぐま)

年齢:11歳|(オス)

体重:524kg

体長:318cm

体高:226cm

属性:土


<レベル:36>

HP:5028/5028(VIVitalT:ity補正値+121)

MP:50/50

DE:120


能力値

STR:212.3

PER知覚:16.1

VIT活力:121.0

AGI機敏さ:75.0

INT知力:5.2

LUC:0.1

MAG魔法攻撃・防御:0.1


[ EXスキル ]

〈爪研ぎ〉


[ Strength ]

<身体強化 Lev.5>


[ Perception ]

<嗅覚強化 Lev.3>

<聴覚強化 Lev.1>


[ Vitality ]

<物理耐性 Lev.7>


[ Agility ]

<強壮 Lev.6>

<強靭 Lev.7>

<隠密 Lev.2>


[ Intelligence ]

〜OffLine〜


[ Luke ]

〜OffLine〜


[ Magic ]

<アスタラ Lev.1>


[パッシブスキル]

<執念>



《詳細情報》

 バレッド王国辺境「スップリ森」など、ウォーダリア各地に生息する、グリズリーアメリカヒグマに酷似(こくじ)したの魔物。


 性格は温厚(おんこう)だが短気。

 人間に遭遇しても、”大声を上げる”などの刺激を与えなければ襲う事なく去って行く……と言う、魔物にしては珍しい習性を持っています。

 ただし、少しでもその個体が”気に入らない事”を目撃したり、体験したりすれば……その危害を加えた人物は地獄を見る羽目になる程に、凶暴化するという何とも短気な習性も併せ持ちます。


 その短気さを由縁(ゆえん)とする話に、たまたま木から落ちてきた”木の実”が頭に当たっただけで落とした木を張り倒した……と言う物がありますが、それだけでは終わりません。

 その後それだけでは怒りが収まらず、その現場をたまたま目撃をしていた冒険者が”とばっちり”を受け……無数の強烈な打撲痕と切り傷、そして、数多の刺し傷を作った状態で命からがら帰ってきた……という報告が、冒険者の間で語られているそうです。


 食性は雑食性で普段は”木の実”や”小さな虫”、特定の”樹液”を好んで食します。

 しかし、それは獲物が見つからない餌が豊富な環境での事で、そう言った物が採れない……あるいは無い程に過酷な環境の中では、普段の温厚な性格を投げ捨てたかのように、目に付く”動物”を片っ端から襲い、肉を喰らう獰猛(どうもう)な性格になってしまいます。


 そして、食料保存の一環(いっかん)で地球の熊と同じように、穴を掘ってそこに”食い残し”となる獲物を保存する”土饅頭”を作る習性を持ちますが……そこを泥棒するのであれば、上記にある”短気”さが遺憾(いかん)無く発揮され、食料泥棒はこの世を去るでしょう……。


 そんな危険なマグズリーですが、その肉は基本的にこの世界ではほとんど好まれていません。

 適切な解体処理を知らない人物が多いため……基本的に臭みが強く、高レベルになればなる程”硬く”なる傾向があるため、一般的には食されていないのです。

 ですが、食されていないだけであって”臭み取り”や”肉の熟成”など……適切かつ、非常にメンド〜な加工処理を行えば、一部の好事家(こうずか)の間では時価「大金貨1枚」相当で取引される「マグエ・ジャーキー」として、流通しています。


 また、食肉には向かずとも狩られる理由の一つとして、マグズリーの体内から獲れる「ベア・ダイルドー」があります。これは、”ボス”の世界で言う「熊胆(くまたん)」であり……錬金術士の間では<魔力増強>の効果で、薬師の間では<気付け薬>や<強壮剤>の材料として重宝されているそうです。

 そのため身の程を知らず、手軽に行ける場所で一攫千金を狙えるという理由で、比較的安全な場所でも現れるこの「森の悪魔」を、狩ろうとする者が後を絶たないと言われるそうです……。

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