一章 死人還りの秘薬

第2話 次期教皇の少年僧ロンド

 リンゴーン、ゴーン……ゴーン……。


 一日の終わりを告げる鐘とともに、僧侶たちは一斉に言霊をとめる。


 誰一人の息づかいさえ聞こえぬ静寂。

 皆が壺からあふれてやまない光を確かめると、一様に胸をなで下ろした。


 そんな中、少年はそっと壺を抱えて奥の間へ立ち去ろうとする。

 扉の前で足を止めると、後ろをふり返り、若いながらも凛とした声を張りあげた。


「今日はありがとうございます。皆様のおかげで、無事に儀式を終えることができました。これをもって解散といたします」


「ロンド様、儀式が滞りなく無事に終えられたこと、心からお喜び申し上げます。さすがは次代の教皇となられるお方でございます」


 近くにいた僧侶に一礼され、ロンドはあわてて首をふる。


「い、いえ、そんな……まだ修業中の身ですから」


「ご謙遜を。まだご成人されていないのに、近年誰も成功させたことのない、この秘薬作りの儀式を成功させるとは……感服いたしました」


 別の僧侶が、新たに賞賛の声を送る。

 次期教皇という地位になってから、こんな声をよく聞くようになった。

 が、未だに慣れず、ロンドは頬を赤くする。


 思わず周囲の頬がゆるむ。

 誰かが「本当に謙虚なお方だ」とつぶやき、まばらに僧侶たちがうなずいた。

 顔どころか耳まで赤く染まり、ロンドはたどたどしく口を動かす。


「あ……、み、みなさん、私はこれから壺を教皇様の元へ運びますので、これで失礼します」


 焦りつつもロンドは僧侶たちに頭を下げ、硬い足取りで扉の向こうへ姿を消した。


 奥の間へ続く廊下に一歩足を置くと、硬いタイルから、赤い絨毯の優しい感触に変わる。


 アーチ状の天井と、均等に並んだ窓が奥まで続いており、突き当たりに奥の間の入り口が小さく見える。

 横幅のある廊下は広々しており、窓からは手入れされた中庭が見える。荘厳ながらも重苦しさを感じさせない廊下だ。


 扉の近くで待機していた教皇の側近シムが、ロンドへ寄ってくる。


 コシのない灰色の髪。目も、手足も、体全体がやけに細い。気弱な印象を受ける僧侶だが、こちらを見下ろす目はどこか冷ややかだ。


 シムと目を合わせないよう、ロンドはわずかに視線を落とす。妙に緊張して唇が乾いた。


「ロンド様、どうぞ奥の間へ」


 恭しく頭を下げるシムに内心怯えながらも、ロンドは誠意をもって一礼しようとする。


「は、はい、ありがとうございます」


「やめてください! 万が一、壺の中身がこぼれたらどうするんですか!」


 シムの鋭くなった声に、ロンドは身を固める。

 ゆっくり視線を下ろして壺の中を見ると、中の光が傾いて、危うくこぼれそうになっていた。


 思わず「すみません」とシムに再び頭を下げることを何とかとどまり、ロンドは慎重な足取りで廊下を歩きだした。


 廊下の中ほどへさしかかったとき、ふとロンドは壺の光を見つめる。


 小さな太陽が入っているかのような、生命力を感じさせる光。思わず感嘆のため息が出てしまう。

 しかし、この光がもたらす奇跡を思うと、ロンドの胸がさわぐ。


(どうして、この秘薬を作ることになったんだろ? ……死人還りの秘薬なんて)


 自分たちが信仰しているのは、光を崇拝するライラム教というもの。この教会では、世を照らす光を崇め、悩み苦しむ者に光の道筋を教えている。


 そんな人生に窮した者を救うために、光の法術を使い、癒しと加護を与える――それがライラム教だ。


 始祖ハーヴェイが提唱したライラム教は、光を唯一の神とし、光の精霊の力を借りた奇跡で人々を救い、世のことわりを説くというもの。


 教えの一説には、こう記されている。


『人は光の元に生まれ、いつか闇にかえる。御魂は闇に光を奪われ、静かに闇へなじむ。そうして光を失いし御魂は光を求めて、再び光の元へと生まれ出る。

 むやみに闇を拒むことなかれ。闇は再び光へ戻るための行程である』


 光は生、闇は死。

 光と闇を魂は行き交っており、その流れを恐れ、意味なく逆らってはいけないという教え。


 しかしロンドが手にしている秘薬は、その流れを変える物。


(何を考えていらっしゃるんだろう? 教皇ヴィバレイ様は……)



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