#1 最小展開域のダンジョンマスター【1-2】

「……なぁ、おい。あの目、魔人じゃないか?」


 冒険者の1人がおりの中に光る赤い瞳に気づいた。

その声に他の冒険者達が一斉におりへと視線を向けて。


「魔人? 魔人だって!?」


「今魔人って言ったか……!?」


「うそ、なんで魔人がいるのよ!」


「うわぁっ!」


 周囲に動揺どうようと混乱がまたたく間に伝播でんぱする。

反射的に武器に手をかける冒険者達。


 そして喧騒けんそうに紛れて鋭い風切りの音。

おりの中の魔人目掛けて、1人の冒険者が矢を放った。

その矢はおりに弾かれたが、同調した他の冒険者も次々に矢を放つ。


「待て!」


「やめろ!」


 冒険者の数人が制止の声をあげるが間に合わない。


────刹那せつな、白い影がおどった。

白いフードの青年は背中に差した2本の剣を抜き放ちながら跳躍ちょうやく

そのまま剣を投擲とうてきして。

さらに続けざまに抜剣ばっけん

一閃いっせん

次いで二閃にせん同時。

投擲とうてきと斬撃により、放たれた5つの矢全てをまたたく間に斬り伏せる。


 そして白いフードの青年が着地するのとほぼ同時。

投擲とうてきされた剣はを描き、今も矢を放とうとする冒険者のボウガンに突き刺さった。


 一瞬の静寂。

ひるがえった白のマントがふわりとおりる。


「待て待て待て! そう慌てるな諸君!」


 キールが慌てておりの前へと飛び出した。


「この魔人は無力化されている! このおりの中にいる限りダンジョンの展開はできない。絶対にだ。そしてこの魔人は今回の魔人捕獲作戦のかなめだ。目には目を、歯には歯を、魔人には魔人を。何も人間が危険をおかすことはない。この魔人を使ってダンジョンの魔物を蹴散けちらし、安全に魔人を捕獲するのが今回の作戦なのだ」


 いくぶん冷静さを取り戻した冒険者達だが、中にはキールの言葉を信用できない者が大半だった。


「さてさて、それではこの魔人が安全だという証拠をお見せしようか」


 キールはそう言うと腰に差したきらびやかな剣を抜いた。


「……君、助かったよ。あとで礼をしよう」


 キールは白いフードの青年に耳打ちしつつ、その背中を押しておりの前から退かせる。


 白いフードの青年はそのままボウガン使いの冒険者に向かっていった。


「とっさの事とはいえ悪かったな。支給品からもっといいの選んでくれよ」


 白いフードの青年はボウガン使いの肩をポンポンと叩くと、剣の回収を済ませてまた部屋のすみへと移動する。


「……あいつ何者だ?」


「熟練の冒険者じゃないのか?」


「でもステータスは一番低いって言われてたし、剣はどれもぼろぼろだったぞ」


 何人かが白いフードの青年を好奇こうきの目で見ていて。

だが突如とつじょ響き渡った悲鳴に全員が振り向いた。

冒険者の視線の先にはキールが突き立てた剣と、それに足を貫かれた魔人の姿。


 キールは剣の切っ先で魔人の足の傷をぐちゃぐちゃとかき混ぜなら言う。


「ほうらこのとおり。この魔人はダンジョンを展開して抵抗はできない」


 にやりと笑みを浮かべるキール。


「……ケケケ、人間ってのは残酷だなぁ。魔人と人間の違い、てやつが分からなくなるぜ」


 キールの悪意に満ちた笑顔を見て、フードの中からささやいた。


「……同感だな」


 それに白いフードの青年が同意する。


 キールは剣の切っ先を抜くと、おりの鍵に手をかけた。

いで慌てて冒険者達に振り向いて。


「おおっと、諸君、慌てないでくれたまえよ。このおりは捕らえた魔人の展開域てんかいいきを封じるものだが、何も備えはこれだけではない。安心してくれたまえ。ここで魔人の紹介といこうじゃないか」


 キールは冒険者達に念を押すと、おりの鍵を開いた。

おりの側面にある小さな横開きの扉が開く。


「さぁ、出るんだ」


 キールの言葉を受け、魔人は狭いおりからい出すように出てきた。


 出てきたのはボサボサの白いざんばら髪の少女。

乱雑に切られた髪は不揃いで、前髪の隙間から赤く発光した瞳が覗いていた。

首にはきつく締まった首輪がされており、首輪からはおりに使われているのと同じ材質に見える鎖が重そうにぶら下がっている。


 先ほど受けた傷もあってその姿は痛々しいものだったが、冒険者の目にはあわれみなどの感情はない。

あるのは敵意や侮蔑ぶべつの眼差しだけだった。


これ・・の名前は……おおっと、魔人に名前など不要でしたな」


 キールがそう言って意地悪く笑うと、周りの冒険者からもクスクスと笑い声が漏れた。


 キールは魔人の少女の腕を乱暴に引いて前に立たせると、説明を始める。


「これの展開する魔宮はあらゆる魔人の中において最小。ゆえに他の魔人と戦う際に、侵食域しんしょくいきの競い合いなんかの駆け引きが必要ない。護衛や魔宮攻略に最も適した最小の展開域てんかいいきを持ったダンジョンマスターなのです」

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