第51話 過剰な思い違い

日が落ちて暗くなった世界とは反対、賑やかさを増すパールザニアの街にチンケな便利屋を中心とした声が響く。


「ゴメンって!べ、別にそんなに拗ねなくてもいいじゃないか……そうだ、何か1つ僕にして欲しい事を言ってみなよ!出来る事なら叶えてあげようじゃないか!」


 俺は先程痛みつけられた片手をプラリと垂らし、許しを請うシアリーゼを横目で見ながら願いとやらを考えてみるが、俺の意識が本棚で埋め尽くされた深層世界に移動する前に答えは決まった。


「それじゃあ、ここの店で雑用をしろ。そうしたら寛大な俺なので許してやる」


 俺の仕事をコイツに全部任せて俺は楽出来るぞニヒヒなどと言う下劣な考えからでは無く、仕事を4人で分担して個々の負担を減らそうという考えだ!但し儲けもそんなに無いし、返って食費が増えて赤字になる可能性が……。


「行く宛も帰る場所も無いから、最初からそうするつもりだったけど、それがお願いなら僕も君達と一緒に頑張るよ!」


 君達と言っているが、今便利屋に滞在しているのは俺とコイツだけであるのだが、ゼスティとフィーエルと言えば最近は2人共朝方に帰ってくる気が……って!もしかして生計を立てる為に夜のお仕事に繰り出しているとか!?


 よくよく考えてみると、この便利屋には滅多に客が来ないし、来たとしても報酬はかなり控えめだ。だったらどうやって生活費を払っているんだ!?帳尻が合わねーぞ!


「なっ、どうしたの蒼河君!?凄い汗だけど」


 これじゃあ全くアレじゃないか、酒に溺れたダメ亭主の為に妻が水商売をするヤツじゃないか!!


 いや、考えすぎか考えすぎたよな、昼ドラじゃないんだしさ、普通にバイトとかだよな、ってそれでもかなり問題が無いか!?少女2人に働かせて俺だけは自宅警備……。


「これで汗拭きなよ。ってこれ最高級リネンのハンカチじゃないか、しかもかなり新しい、って!今度はどうしたんだよ!ボツボツと1人で呟いてさ」


『いや絶対黒じゃん確定だよ。こんな事なら相談して貰った方が良かったのに。俺でも品出し位のバイトとかならやるんだよ?』


「俺ちょっと2人探してくる」


 アイツらはあくまでも未成年!お父さんは許しませんよ!


「えー、僕お腹が空いたんだけどな」


 シアリーゼが腹を摩りながら言うが、それより今は重要な事がある。


「直ぐ戻って来るから待ってろ」


 そう吐き捨てると、外の世界へ繋がる扉のノブに手を伸ばしたのだが、まず目に入ったのは。


「蒼河何処に行くんだ?」


「遊びに行くんですよ。私達が折角稼いだお金をドブに捨てるんです」


 いつものゼスティとフィーエルだった。




「何故高貴なる天使である私が!」


 反対側に座るフィーエルが俺に飛び付いてこようとするが、ゼスティがそれを静止しながら切り出して来る。


「全く蒼河は想像力が豊かだな」


「そうだね、僕と話してた時もそんな事を考えていたんだ」


 ゼスティが作ったシチューを頬張りながら、目を細め横にいる俺に視線を送ってくるので、それを受け流して渾身の気持ちを叫ぶ。


「まさか絵画のモデルをやっていたとか、そんな事分かるか!!」


 クソが!どんな変化球なんだよそれは!初見殺しにも程があるわ!


「私が絵画のモデルをやっていると言う事は前にも話したと思いますけど、ふと思い付きでそれにゼスティさんも誘ってみたらですね。想像以上に絵がバカ売れしたんですよ!やっぱり私達の相性は良いみたいです!」


 と、ペットの様にしてゼスティに擦り寄るフィーエルだったが、苦笑いされている所に若干の闇を感じなくも無い。


「はぁ〜、それで毎日の様に通っていると」


 フィーエルはコクリと頷くと、悪戯な笑みを浮かべながら痛い所をついて来る。


「蒼河さんの如何わしい想像は大外れですね」


「そうだな全く残念だぜ。予定では俺が現場に乗り込んで熱血教師の如く熱い説教をかまして自分の株を上げる筈だったのによ」


 そう言うと、ゼスティは大きな溜息をつき、フィーエルは軽蔑の目を向け、シアリーゼは『蒼河君らしい』と口に出した。


「気分転換にちょっと吸って来るわ」


 椅子を立ち上がり、扉へ足取りを進めていると、背後からフィーエルの声が刺さる。


「クスリですか?」


「外の空気をな!」


 外に出ると凍りつく様に冷たい空気が昂った頭を冷却し、先程思い浮かべていた変な考えも吹っ飛んだ。


 直ぐに戻ろうと思ったのだが、今日はずっと家に居たので、適度な運動が必要だと思い少し街をぶらりと回るが、特に変わった所は無く……って何でそんな事考えてるんだ俺は!別に騎士でも何でも無いと言うのに。


 無意識の内に俺に眠る正義の心が目覚めてしまい、そのまま冒険の旅に出そうになってしまったので、そうなる前に踵を返し、足早に帰宅をする。


 店の中に入るといつもの光景が広がっていたが、ただ一つ違う所があった。それは黒服を着た巨漢がお客用の席に腰を下ろしていた事だ。


「きちんとキメる事が出来ました?」


「だからクスリはやってねえってつーの」


 フィーエルの謎のクスリ推しやめて欲しいんですけど!冗談が通じない人が聞いてたら即連行されるぞ。


「それで一体どんな御用で?」


 俺が尋ねると、代わりにゼスティが声を上げた。


「私達の絵を気に入ってくれたお偉方が居てな、それで是非近日開催されるパーティに参加してくれと。この人はその手紙を届けに来てくれたんだぞ」


「じゃあ2人で楽しんでこいよ。あっ、そうそう美味しそうな物があったらタッパに詰めて持ち帰って来てくれよ」


 俺は自分が行けない事に傷心しながら、遠い目でそんな事を言うと、ゼスティは胸を張って手紙を見せつけて来た。


「いや、便利屋エバァンの皆様へと宛先が来ているから、蒼河もシアリーゼも招待されているんだぞ」


「えっ!?マジか!それはそれは何て寛大なお方なんだ!」


「それで2人は勿論行くよな?」


「当たり前だ!これで金持ちとコネを持ち、楽に生活したいぜ!じゃなくて色々な人と親睦を深めたいぜ!」


 その金持ちの使いが同じ空間にいるのにそんな低俗な事を言ってしまうが、慌てて起動修正する。


「うん、僕もそれに参加させて貰うよ」


「2人共そう言っているみたいだから、伝言を頼むぞ!」


 それを聞き終えると、黒服は一礼した後に店を後にした。


「それで何処でやるんだ?そのパーティーは」


「ローレス家の屋敷でやるみたいだぞ」


 チラッとシアリーゼを見ると、小悪魔の様にペロリと舌を出して俺にウインクした。


「いつあるんだ?今週中か」


「明日だぞ」

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