第21話 再開天使ちゃん!

正面にある店の扉から流れてくる隙間風に身を震わせながら、カウンターの椅子に腰を掛けていると、その扉が開いてゼスティが買い物袋を抱えて帰ってきた。 


 開いた扉からオレンジの光が入ってきて、今日はもう夕暮れなのだという事を実感する。


「ただいま〜」


「おう、おかえりさん」


 俺は特に面白味も無く、素っ気ない言葉で返す。


 先日の決闘は突如魔物が出現した事によって、勝敗が付かずに強制的に終了してしまったが、俺の本来の目的は勝利する事では無いので、あの乱入は僥倖とでも言うとしよう。


「小麦粉を買うの忘れてしまった……」


 ゼスティがあたふたして袋を漁りながら言う。


 そういえば今日は外の風を浴びてないと、そんな事を思い出すと。


「暇だし俺が買ってくるよ」


「本当か助かるぞ!」


 ゼスティはポケットから小麦粉を買う為の銅貨を1枚手渡してくると、俺は鈍った体を動かして外へ繰り出す。


 金貨1枚で1万パルセ、銀貨1枚で1千パルセ、銅貨1枚で百パルセと、そんな感じでこの世界の相場は決まっている。


 相変わらずに酒場には、お手本と言える程に人相の悪い冒険者達が屯していて、つくづく俺には縁のない所だと思う。


 大通りを進んで小麦粉屋へ行くのが1番の近道だが、今の時間帯は人通りが1番多いので、遠回りになるがレイグさんに教えてもらった裏道を通って進むことにしよう。


 人の往来が極端に少なく、薄暗くジメジメとした道を通るが、静かすぎて逆に不気味になってしまい、自然と足早になってしまう。


 子供の頃から暗い所が嫌いだったのだが、中学生時に講習的な奴で勉強会があり、真面目な俺はそこで深夜まで居残りしていたのだが、ふと自分の部屋へ帰ろうとした時に廊下を見ると、真っ暗で何も見えなく、勉強していた1階から自室のある5階までは薄気味悪い階段を登る必要があったので、俺は幽霊が出ないか怯えながらも無事に戻り切ると、自分の以外な勇敢さが見えて苦手が克服出来た。


 なのでトラウマや苦手克服には、それをぶつけて自分を強くするしか方法が1番手っ取り早いのかもしれないと、どうでもいい事を考えつつ先に進む。


 新聞紙が風の軌道に乗って複数枚飛んできたり、何が入っているのかも分からないゴミ袋が乱雑に投げ捨ててあったり、しまいには人型の黒いシミが壁に浮き出ていたりと、最初に来たのは朝方だったので、夕暮れ時だと更に緊張感が増す。


 しばらく進んでいると、3人の男が1人の少女を囲ってナンパ?をしているのが目に入ったので、邪魔をせずに横を通り過ぎようとすると。


『なぁ、そこの宿屋で休んでいかねぇか?』


『酒場で朝まで飲もうぜ?』


『いい尻してんなぁ〜』


 明らかに1人だけセクハラをしている奴がいたが、俺には関係の無い事なのでスルーしようとするが。


「蒼河さんですよねッ!?」


 なんだ?誰か俺の名前を呼んだ?気のせい?


 と、思いたかったが白い髪を揺らしながら1人の少女が俺の所へ走ってきた。


「助けに来てくれたんですねッ!ダーリン!!」


 少女が俺の腕にくっついて、いや割とガッチリと袖を掴んでくるので身動きが出来ない。


「んじゃ!その男は!?」


「あーいや、別にこの人とは無関係ですので」


 足を踏ん張って袖に掛かる手を離そうとするが、華奢な少女に劣る程に俺の力は弱かったみたいで不可能だった。


「あん!?ぶっ殺すぞ!!」


 男は弁解の余地無しで、人間を真っ二つに出来そうな程に凶悪な斧を取り出して俺に振りかざそうとするので、俺は重い腕を引きずりながら裏道の奥へ進んで行く。


「不幸だー!!」


 とあるツンツン頭の少年がこんな状況下に置かれてしまったら、こんな事を言うだろうが、俺には3人をボコボコに出来る力がないので逃げるしか無い。


 ゴミが満帆に詰まったゴミ箱を蹴飛ばし、枝分かれする道をどんどん進んで行く。


 背後から複数の足音が聞こえ、俺の袖を引っ張る少女に糾弾をする暇も余裕も無いので、無言のまま死に物狂いで進む。


 一直線の長い道が続くので、振り切るには何処かに身を隠す必要がありそうだ。


 裏道とは言えど、人はポツンポツンといるので定期的にすれ違うが、その視線は足音で振り返り俺達を見るが、一瞬で俺の後ろにいる少女に目が釘付けになっている。


 それ程に少女の姿は美しいのだろうか、落ち着いたらそれ相応のお礼をしてもらいたい物だぜ。




 俺達は時計塔らしき場所に隠れながら、男達が過ぎ去るのをじっと待つ。


 どの位時間が立ったのであろうか、数秒?数分?数時間?数日?もしかして数千年?いや、多分5分位ですね。


 そんなエルシャダイ顔向けのガバガバ時間論を展開しつつ、暗くなった時計塔でそんな事を考えていると。


 少女が引っ張りすぎてヨレヨレになった袖を離し、徐に話しだす。


「私の事覚えていますか?」


 少女が俺の顔を水色の瞳で見据えるので、ビクッとなってしまう。


「えっと、おま、じゃなくて、君は、誰だっけ?」


 俺の名前を知っている事からして俺が今までに接点はあるのだろうと簡単な憶測ができる。


「"フィーエル"ですッ!」


 少女は自信満々に自分の名前を告げるが、申し訳ないが存じ上げないですね。


「う〜む、ごめん分からないな」


 求めていた答えを出さない俺に向かい、声を荒げて言う。


「蒼河さんを異世界転移させた天使ちゃんですよ!」


 確かにこの白い髪にバカっぽい話し方でふと思い出し、合点がいく。


「あ〜漢字が読めない奴か」


 俺の予想外の記憶方法に疑問を呈す。


「ちょ!その覚え方酷くないですか!?」


「それ以外の印象がないからな仕方無いだろ、それであんな所で何してたんだ?」


「何で私の正体が判明した瞬間に態度がそんなにデカくなるんですか!?」


「俺は自分より上だと思った人には謙遜するが、自分より下だと思った奴には不遜になるんだ、いわば俺は典型的な日本人だな」


「日本には貴方の様な人がいっぱいいるんですか!?」


 フィーエルは俺を見て、ガタガタと震えている。


「そうだな、俺はまだクズのレベルで収まっているが、本場には普通にゴミクズレベルの奴が跋扈しているぞ」


「ま、まあ、本題に入りましょうか、私は蒼河さんを記憶を持たせたまま転移させてしまった不正がバレて罰として下界に飛ばされちゃったんです」


「へぇ、まあ頑張るんだぞ」


 俺は時計塔の階段を下り、本来の目的である小麦粉調達に向かおうとするが。


「私達って運命共同体ですよね」


 フィーエルは営業スマイルを浮かべ、ヨレヨレになった袖とは反対側の袖を掴み、再び俺を動きを封じてくる。


「いえ、違います、離してください」


「蒼河さんはこんな可愛い子を放って置くんですか〜?私ってかなりの上玉ですよ?」


 踏ん張って動こうと試みるが、案の定俺の力はフィーエルより弱いのでピクリとも動かない。


「や、やめろ!!」


「ま、待ってよぉ!1人は嫌だ!私って可愛いでしょ!?だから街を歩いてると変な男にナンパされるのぉ!匿ってよぉ!」


「やめろぉ!はなせぇ悪魔めが!!」


「私は悪魔じゃなくて天使よぉ!」


 コイツはあれか、切羽詰まると敬語キャラが崩れるのか。


「だったら、夜の店で働けばいいだろ!フィーエルは可愛いからいっぱいご指名が来ると思うぞ!」


「私の上司が処女神だから怒られるよぉ!生活していく為のお仕事貰えなくなる!」


『おい、いたぞぉ!』


 流石にこのどんちゃん騒ぎが聞こえたのか、俺達が来た道を見ると、3人の男達が向かってきていた。


「おい、まず逃げるぞ」


 そう言うと、再び袖をヨレヨレにさせながら、フィーエルの腕を掴み、夕方から夜に変わってしまった街を駆ける。

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