第3話 馬車に揺られ

 生暖かい風が吹きつけて、自慢の黒い髪がユサユサと揺れる。


 重い目蓋を開くと、足下には緑の草原が広がっていた。


 足下程度に伸びる草が風に煽られて不可測にたなびき、草の擦れる音が耳元に届く。


 辺りを見渡してみるが、地球は丸かったんだなと改めて実感する程に地平線が見えた。厳密に言えば、ここが地球なのかは分からないが。


 あの少女は街に送るとか言っていたが、見渡す限りの大草原。もしかして転送にミスったとか?


 そんな事がありえるのか、となったらここはどこだ?頭に大きいクエスチョンマークが浮かぶ。


 服は転移前に着ていた学校指定のブレザーで、背中には刺された時に出来たであろう切りつけられた時に出来たであろ生々しい後がある。


 いつもの癖で胸ポケットに入れてあるスマホを取り出すが、当たり前なのだが圏外と表示が出ており、音楽を再生したり、写真を撮影したりなどの用途しかない。


 単純に考えて、まずい状況下に置かれているのは俺の頭でも理解出来る。


 そしてこの世界って、あの天使が言っていたが、魔物がいるんだったよな、何処からか襲われたりしないか心配だ。


 そうしながらおどおどしていると、遠くから声が聞こえてくる。


「おーい、そこのお方、そんな所にいては危険ですよー」


 丁度背後だ、背中を向けている方向から老人の声が聞こえる。


 俺は振り返ると、白い馬が引いている馬車が目に入り、その後ろに老人が乗っているのが見えた。


 よく見ると、俺に向かい手を振っていたので、俺も馬車に向かい手を振り返す。


 そして直ぐに俺の立っている地点へと馬車が到着する。


 老人は黒い燕尾服に片眼鏡を掛けており、紳士の様な印象を受けた。


「こんな所でどうなされたんです?」


「いや、えっと、気がついたらここにいて……」


「記憶喪失とは言い切れませんが……身寄りの方々や身分を証明出来るものは?」


「申し訳ない、持ち合わせていないです」


 言葉での説明がとてつもなく難しく、異世界から来ました!とは言えないので、しどろもどろになってしまう。


「とりあえず乗って下さい、ここにいると魔物に襲われますよ」


「す、すみません、失礼します」


 俺は老人に促されて馬車の後ろへ乗り込むと同時に、馬車は再び進行方向に向かい走り出すと、俺がさっきまでいた場所に狼の様な生き物が臭いを感じたのか、複数で向かって行くのが見えた。


「た、助かりました」


 揺れが激しいので、失礼だと思いながら、俺は座席の横にある窓の縁に手をかけて礼をする。


「もしかして旅人のお方かな?」


「いや、そう言う訳では無いんですけど……」


「この辺では珍しい服装をされていたので、遠くからいらしたのかと」


 やはりブレザーはこの世界では不自然なのか、予想だが布の服とかが正装なのかな?と思ったが、老人の服装を見る限り、そうとも言えない。


 しばし無言の時間が続き、気まずい時間を過ごしていると、正面に巨大な街が見えてきた。


「とりあえず、パールザニアへ行きましょうか、そこで身寄りの方々をお探しならならばいいかと」


 いい人過ぎる、初対面の俺にこんな待遇をしてくれるとは、性格の悪い俺は何か裏があるのでは無いか勘繰ってしまう。


 しばらく揺られて進んでいると、国に入る為に設置されている門の前まで来る。


 そこには兵士が二人待機しており、こっちに気づくと、1人が剣を片手に近づいてくる。


「通行証を」


 そう言われると、老人が懐から手帳の様な物を取り出し、それを兵士の前に提示する。


「門を開けろ!」


 待機していたもう一人に命令をすると、レバーが倒される。


 そうするとカチッという音と共に、門がゆっくりと内側に向かい開き、中世を彷彿とさせる煉瓦で出来た建物が複数目に入る。


 まさにゲームで見て、憧れを抱いた光景であり、言葉を失ってしまう。


 門を潜ると、入り口の直ぐ横にある人気のない場所に移動し、そこに馬車を止める。


「そういえばお名前を伺ってもよろしいですか?」


 これって異世界風の名前にした方がいいのか、クゼソーとかそれっぽい奴が思いつくがピント来ないので、ありのままで答える。


「えっと、俺は……久瀬蒼河です」


「蒼河さんですか、私は"レイグ・エバァン"と申します」


 こういう時は珍しい名前ですね、とか言われるのが定番だがそんな事は言われなかった、もしかしてこの世界では、俺みたいな名前の人がいるのか?


「何か思い出した事は?」


「いや、自分の名前位しか分からなくて……」


「では、記憶を取り戻すまで私のお店で働きませんか?男手が足りないので、助かるのですが……」


 思ってもみない嬉しい提案だったが、記憶を取り戻すまでって事なら、一生お世話になってしまう……。


「未熟ものですが、お世話になります!」


 断る理由がないじゃない!人の善意を踏みにじる程に俺は屑じゃない!あとこんなチャンスは二度と来ないかもしれない。折角の異世界なのに野垂れ死ぬのは嫌だしな。


「そうですか、ではここからは歩きになるので、一旦これからおりましょうか」


 俺とレイグさんは馬車から降りると、大通りへ足取りを進める。


 ごっつい鎧を着た柄の悪い男性や、黒いとんがり帽子を被った女性が目に入り、創作物で見る異世界象と非常に合致している。


 しばらく人混みの中を縫う様に進むと、屋台で売られている食べ物の匂いが風に乗って鼻腔を刺激する。


 腹減ったな、そういえば昼飯から何も食べてないわ。


 そんな事を思い出すと、どんどん空腹感が増してきて、具合が悪くなっていく。


 大通りを抜けて街の中心の様な場所へ出ると、正面には待ち合わせで使われそうな巨大な噴水があった。


 吹き上げる水飛沫で虹が出来ており、複数のカップルが噴水の縁に座り、イチャイチャしていた。


 そして向かって右には荒くれ者の冒険者が入り浸ってそうな酒場があり、突如怒声と共に巨漢が店の扉を巻き込みながら突き飛ばされ、路上で気絶して倒れているのが見えた。


 縁に座っていたカップル達はそれに驚いて、噴水の水へバランスを崩して着水してしまう。


 うわ〜おっかねぇ〜、あんな事が日常茶飯事で起こってんのかよ。


 今の出来事で気を取られていると、レイグが酒場のある方向に向かって進んでいたので、俺もその後を追う。


「ここです」


 扉が大破して中の様子が見えている酒場を前にしてレイグが言う。


「いや、まさか酒場ですか!?」


「いえいえ、その隣です」


 レイグさんが指を差すと、そこには"便利屋エバァン"と書かれた看板が立派なだけの陳腐な建物があった。


「さて、入りましょうか」


 それだけ言うと、一人でそそくさと便利屋の中へ入っていった。


 酒場じゃなくてよかったという安心感と、ボロボロの便利屋っていう事の拍子抜け感が同時に襲ってくる。


 だが、今は文句は言ってられない、ひとまず中へ入ってみよう。


 ゆっくりと緑色に塗装された木の扉を開けると、危ない色の液体が入った小瓶が棚に並べており、その奥には巨大な本棚があり、ぎっしりと本が詰まっていたが、横に設置された窓から差す日光のせいで見事に劣化している。 


 本といえば、俺はこの世界の文字読めないな、まあ暇だろうし頑張って勉強してみるか。


 そうして店の中へ入ると、一歩進むたびに床がキィキィと軋み、床が抜けないか怖くなってくる。


 そしてレイグが入ったであろう扉の前まだ来ると、店の奥から会話が聞こえる。


「だからお爺ちゃん、仕事に行く時は私も連れていってくれ、もう若くないだから、あぶないぞ!」


「早朝だったんで熟睡していたお前を起こしたくなかったんだよ」


 早速修羅場かもしれんな、こういう時は扉をちょっと開けて、その隙間から傍観するのが吉だ、決してキモくはない、両親の喧嘩を見ている時に編み出した業だ、その時は襖だったがな。


「私の気持ちも適当に流して!もう知らない!」


 その瞬間、扉が俺のいる方向に向かい勢い良く開かれる。


 バァン!!


 何かが当たり木の扉が破損する音、そして有無を言わさないクリーンヒット、そして俺のよく分からない叫び声。


「グギャャャャャャャッッッス!!」


 1発KOその言葉が1番似合う。

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