第8話 依頼 四

 イゼーアの肺に残っていた空気が、ほんの僅かなそれが雄叫びの最後に吐き尽くされる瞬間だった。


 血飛沫ちしぶきが舞う。

 首が空を舞う。


 張り付いた下卑た笑みを浮かべた、イゼーアの手下の頭が飛んで行く。


「は?」


 ほうけた頭を置いて、強烈な殺気に本能が反応した!


「はあっ!?」


 愛剣ハイーナの刃が悲鳴を上げていた。

 硝子がらすのように透明な刃があり、それを生やす柄を握る少女ナオがいた。

 温度を感じる事のできない、透徹とうてつした黒い瞳に、自分イゼーアが映っている。


「防いだか」

「このっ」


 魔力強化を最大にし、ハイーナを振り抜いた。

 衝撃波が氷の刃と杖を砕き、その先の地面を抉り飛ばしたが、ナオの姿は無い。


「クソが! ちょこまか逃げてんじゃねえ!」


 捉えた影にハイーナを振り下ろす。

 爆発した地面、舞い上がる土砂。

 土煙の先で空から落ち始める土砂の中に、逆様さかさまに地面を見上げる黒い少女がいた。


「ハイーナ!!」


 イゼーアが魔剣に渾身の魔力を込める。

 膨張させた腕の筋肉の力も合わせ、自身の最大威力の薙ぎ払いをナオへと解放つ!

  

冥水晶の戦鎌ハデス


 て付いた闇がナオの手の中で戦鎌へと変わる。

 嵐の中の濁流の如きハイーナの一撃を、淡く紫に輝く水晶の刃が迎え撃つ。


―― 鈴の音のような、清冽な金属音が鳴った。


「ば、ばかな……」


 イゼーアが振り抜いたハイーナの剣身が消えた。

 両手が握るのは柄だけであり、目の前を粉雪のような輝きが舞い落ちて行く。


「強

 

―― 首の中を冷たい熱が走って行った。


過ぎる」


 理解できない現実に呆然とした表情を張り付けて。

 宙を舞ったイゼーアの頭が地面に落ちて転がって行った。


* * *


「お見事!」


 ヒュンヒュンと曲を奏でるように冥水晶の戦鎌ハデスを回し、残心を取ったナオに拍手を送る男がいた。


「流石は勇者ラルフのお連れさんだ。捨てられてなまくらになったと聞いたが、どうしてどうして」


 虚空に浮かんだ魔法陣から降り立って。

 血の臭いが立ち込める中を軽やかに歩いて来る。

 学者のような装いに、片眼鏡を掛けて。


 白皙はくせき相貌そうぼうには酷薄な笑みが浮かんでいる。


「魔族か」

「はい。心優しき魔王陛下一の忠臣。八氷王剣の第二席を預かる【刃輪じんりん】と申します。お見知り置きを」

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