第12話

 ネストール皇子がアレナ嬢と関係を絶ち、城内は俄に色めき立った。あれほど愛していると臆面もなくパンツを下げて愛を語っていたネストール皇子が、アレナ嬢を城から下がらせたという。

 何があったのか? 城内の噂好きたちによって、大まかなことは私も知った。

 アレナ嬢がネストール皇子に「皇太子の座を譲っては……」と言い、その結果が決別だったのだという。以前「皇太子でなく、貴方自身を愛していますネストール皇子」とアレナ嬢に言われていると語り、そこが良いと言っていた癖に、本当に捨てなくてはならない場面になって、手のひらを返したということらしい。

 結局ネストール皇子は愛よりも権力にしがみつくタイプのようだ。

「邪魔をする」

「本当に邪魔です、ネストール皇子」

 私が嫌だといっても、皇子は無視して部屋に入ってくる。

「話がある」

「話が終わり次第出て行ってくれるのでしたら、お聞きしますが」

 話など聞きたくはないのだが、皇子は語が語り始めたので仕方なしにソファーの向かい側に座り、皇子は「アレナ嬢と別れた経緯」を話はじめた。

 皇子の顔立ちは今は亡き母親フレイアに似ているのだという。美しい顔立ちの姫君だったフレイア。彼女は噂によって身を滅ぼした。

 ネストール皇子は、夫であるレオナルドの子ではないという噂。

 彼女には王宮に恋人がいて、その相手との間に出来たというのだ。その程度のことかと思われがちだが、この相手が問題だった。

 候補が複数持ち上がった。最終的に十五名ほどが候補にのぼり、フレイアはいつのまにか身持ちの悪い娼婦のような女と後ろ指をさされることとなった。

 自らに対する不名誉な噂に狂ったフレイアは入水自殺を図り、その後ひっそりと葬られた。

 その十五名のうちの誰かと関係があったのか?

 本当に十五名全員と関係があったのか?

 その問いに対する答えは《解らない》

 要するに噂だけであって、なんら根拠がなかった。他人の不名誉な噂を好むのが貴族というもので、貴族の中を噂がすり抜けている間に様々な虚飾に彩られただけのこと。

 候補に上がった十五人の中には、直接会ったこともない男もいたとかいないとか。

 人々にとっては暇潰し程度の面白半分、悪意半分な噂でフレイアは死んでしまった。

「……バネッサ。聞いているのか? バネッサ」

「ああ、済みません。聞いていませんでした」

 突然マデリン姫が語ってくれた皇子の過去を思い出して、自分の世界に浸っていて、目の前でこれまた自分の世界に陶酔して語っていた皇子の言葉を全く聞いてはいなかった。

「あのな」

「そんなご自分に酔った悲劇的な語り口ではなく、もっと淡々と事実のみを語ってください。ちなみにですね、アレナ嬢と別れざるを得なかった可哀相なボクを慰めてとかいう下心があるのでしたら、どうぞ脂肪の下に皇子の子を身籠もっているらしいミリィのところにでも行って、膝枕に顔を埋めて上目遣いで可哀相なボクをしてきてください。私は貴方を慰めるつもりなど皆無ですし、貴方の話は半分以下で聞きます。それでもよろしいのでしたら、再度お願いします」

「………………解った」

 前半部の空白はなんだ?

 まさか本気で私に対し《アレナ嬢と別れざるを得なかった可哀相なボクを慰めてとかいう下心》を持って話していたのか? だとしたら、相当におめでたい皇子だ。

 皇子というのは全般的に頭の中身が緩くておめでたいような気も……おっと、皇子の話を聞かなくては。

「アレナと別れた」

「そうですか。だからなんですか?」

「理由だが」

「聞きたくもないのですが」

「……そうか」

「なんで私に語ろうとしているのか、意味不明です。私が皇子とアレナ嬢との関係が途切れた理由を聞きたいと願っているとでも?」

「そうではないが」

「私に語ることが、政治的な判断だったり、この事態が上手く収拾されるというのでしたら聞いてもよろしいのですが、そうでなければ、私が聞く意味などなにもないでしょう」


 最初はちょっとだけ理由を聞こうかと思ったけれど、なんか聞く気がなくなったのでお引き取り願いたかったのだが……


「城内で噂になっているだろう」

「そりゃまあ、皇子のアレナ嬢に対する入れ込みようは異常でしたからね。私も皇子のアレナ嬢に対する思い入れには驚きましたよ、愛しているのはアレナだけと言いながら、パンツ降ろして人のこと抱こうとするなんて。アホか? 馬鹿なのか? それとも両方なのか? と本気で悩みましたもの」

 私的結論として、皇子は両方だと落ち着いた。

 そして今は確信している。あれほど現を抜かしていた相手を捨てるとは、どう考えてもおかしい。

「……」

「それで、噂になっているとなんなのですか?」

「噂ではなく真実を知って欲しい」

「私が嫌だといっても語るのでしょうから、どうぞご自由に。ですがその真実は皇子の真実ではありますが、アレナ嬢の真実ではありませんよね」

「そうだな。……語らないでおこう」

 やっと無駄な話が終わった。

「それではお引き取りください」

「お前の……貴女と話をしていると、まさに自分が皇子であることを忘れる」

「アレナ嬢は皇子のことを皇子ではなくても愛していると言ったそうですが、接し方は、ごく一般的な皇子に対しての接し方だったのではないですか? 私は皇子に対して、とことん無礼な、皇子と見なしていないような態度を取っています。だから忘れるのでしょう。夢のような一時で、皇子であるという現実を誤魔化すのと、現実で皇子を否定されるのは違いますからね」

「まあな。ところで貴女は、私の妃にはなりたくはないという気持ちに変わりはないか?」

「ありませんよ」

「……そうか。事態が落ち着くまでは、未だ少しかかるが、それまで待っていてくれ」

「早くしてくださいね」



†**********†


 ジャクリーヌ姫さんは城に戻ってこなかった。

 正確には城には戻ってきたが、あくまで修道女として戻って来た。ジャクリーヌ姫さんは、修道女であり続ける道を選ぶと宣言した。

 娘として国王できることは、死後祈りを捧げることだけだと言いきり、再び修道院へと戻っていった。

 私は遠目で彼女と国王が会話しているところを観たのだが……あれだね、彼女たぶん国王のこと嫌いだね。

 結局国王が自分の気分で振り回しただけだから、そうなりもするだろう。

 ともかくジャクリーヌ姫さんは去り、その結果国王は失意で余命長くないらしい。

 もともと余命は長くないと言われていたが、今度は本当に逝くようだ。

 力尽くで連れ戻そうと考えた輩もいたが、噂ではここでネストール皇子とロイズスが手を組んで、ジャクリーヌ姫さんのいる修道院を武力の蹂躙から守ったそうだ。

 ミリィのことは解らないが、愛妾のままで終わるらしい。どうもネストール皇子は私以外の妃を貰うことを考え、行動に出たそうだ。

 そうだよ、最初から自分に好意的な他国のお姫様を貰えば良いんだよ。

 この情報はギルが持って来てくれた。

 なんでも海の向こうの小国のお姫様。妹はまあまあ美人で、姉は並くらいだが、美人の妹に比べられて、後ろ向きだとかなんだとか。

「並姫や両親は喜んでるらしいぜ」

「並姫言うな……ギル」

 妃を迎え入れるのだから、私は皇太子妃の部屋から退去して、以前とは違うがまた人目につかない建物へと移動した。

 それでこうやってギルと会って話が出来るようになった。


 それにしても皇子、美人よりも並が好みか。いやいや、好みに口は挟むまい。それに今度は「愛しているのはアレナだけ」言いながらパンツずり降ろすこともないだろうから大丈夫だろう。

 まあ、お姫様ってのは「別の女性を愛している」とか「私は貴女を愛していない」とか「政略結婚だ期待などするな」とかいう台詞言われると、泣きながら俄然燃えるようだけれどもね。

「ところでそのお姫様、名前なんて言うの?」

「シルヴィア姫だそうだ」

 そうかシルヴィア姫か。彼女が来る前に私は自由になれる筈だから、直接会うことはないだろうけれども、本当にありがとう! シルヴィア姫!

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