2-5 占い娘のこだわりポイント

「もう! 電子人形サイドールなら電子人形サイドールって、最初に言ってよね! 勘違いするじゃない」


「ごめんなさい」


「いや、アムが謝ることじゃないだろう。っていうか、なにそんなに怒ってるんだ?」


「怒ってない。呆れてるの」


「だから、なんでだよ?」


「張り合った私がバカみたいだからよ!」


「お、おう?」


「……アムさん。マスターに任せていると時間だけが過ぎていきますので、あなた自身からリーシンさんにお話を」


「分かりました」


 言われたとおりに、アムは説明を始めた。


 まだ開発中らしい彼女は本来、情報が外部に漏れるような事態は好ましくないはずだ。だが、開発中だからこそ情報管理の重要性を理解していないのか、それとも姉妹の捜索の優先度が高いのか。アムは先にコーヤへ話したことを、リーシンにも全て語った。一通り聞き終えると、占い師見習いの少女は納得したように頷いた。


「なるほど。それは確かに、うちで扱うお仕事ね」


「おう。頼めるか? 今度何かおごる……」


「待って。その前に一つ、やることがあるわ」


 少年を制し、腰に結んだ小物入れから一枚のカードを取りだして卓の上に置く。一見するとやや大きめのトランプだが、違う。購入にコーヤも付き合わされた、彼女の携帯型情報端末だ。一昔前のモバイルコンピュータでは、利便性においてウェアコンに劣るはずなのだが、その不便さが逆にいいのだという。占い師は客商売だからコミュニケーションを重視する、家が店を構えているのもディスプレイ越しではなく直接顔を合わせるためだ、ちょっとした小物が話題を広げるきっかけとなる、などと熱く語られた覚えがある。


「……」


 細く滑らかな指が、占いソフトの詰まっているというカードの表面をなぞる。ほどなくして、本当のトランプのように黒いクローバーが四つ、表示された。


「クラブの四――真実だけど、全てではない。嘘はついてないけど、全体のごく一部……。いえむしろ、なにがどうなっているのか、あなた自身も把握できていない、といったところかしら」


「えっと?」


 急に問われ、アムが戸惑った顔でコーヤの方を見る。


「ああ。こいつ、相手の言ってることが信用できないときは、占いで真偽を判定しやがるんだ。俺も何回泣かされたことか」


「なによ。つまらない嘘をつく誰かさんが悪いんじゃない。それとも、大人しく騙されろって言うの?」


「そこまでは言わないけどさ」


 基本、彼女に嘘は通じないのだ。そしてさらに深く鋭く追及され、何度も謝罪する羽目になる。遠い目をして過去の自分を眺めるコーヤに代わって、パティが説明を追加した。


「ちなみに、判定そのものはスートでします。黒だと本当で赤は嘘。各々の数字が大きくなるほど、その度合いが増すそうです」


「なるほど」


 二人の説明を聞いてアムも理解したようだ。彼女は改めてリーシンに向き直ると、よどみなく声を出して真偽判定の結果を肯定してみせた。


「はい。確かに、私は昨夜研究所で起こった出来事の詳細についてなにも知りません。けれど、皆さんにお話していないことがあるのも事実です」


「およ?」


 アムの語る言葉の後半で、コーヤは意外に思った。情報管理を意識していないようでいて、ちゃんと秘密を守っていたのだ。そして、これから頼ろうとする相手に隠し事をすることについて彼女自身はどう捉えているのか、それが続く言動に垣間見えた。


「ごめんなさい」


 リーシンへ深々と頭を下げるアム。滑らかでありながら強張りを伴ったその仕草は、本当に申し訳なく思っているように見える。少なくとも、接客用に使われる電子人形サイドールとしては十分な水準を満たしているのではないか。コーヤの目にはそう見えた。


「……ま、いいわ。その素直さを信じましょう。引いたカードがクラブの四というのも、何か意味がありそうだし」


 いつも慎重で思慮深い少女も、それ以上追及する気にはなれなかったようだ。カードの表面から四つのクローバーを消す。するとアムは、表示の消えたそれを物珍しそうに見つめながら疑問を口にした。


「四つあると特別なのですか?」


「幸運の四つ葉を知らないの?」


「はい。ごめんなさい」


「いえ。謝られるようなことでもないけれど……」


 再び頭を下げられてリーシンが困惑する。幼馴染から、つい先ほどまでの尖った雰囲気が霧散したことに気付き、コーヤは苦笑しながら説明した。


「まあ、おまじないの一種だよ」


「そうね。ただの迷信だから気にしないで」


「おまじない、とは何でしょう?」


「え?」


 そのごく普通に発せられた問いに、今度こそコーヤも呆気に取られた。思わずリーシンと二人で顔を見合わせる。


「この、どこまで箱入りなの。自動応答型の人工知能でも、もうちょっとものを知っていると思うけど」


「いや、俺に言われても……。というか、まだ開発の段階成長途中なんだから大目に見てやれば?」


「人工知性としては、一般的に求められる知能はもう十分に備えているように見えますが」


 そう言ったのはほかでもない、当の人工知性であるパティだ。さすがに同属の指摘はこたえたのか、電子人形サイドールの少女は肩を落として目を伏せた。


「そうですか。では単純に、私自身が無知なのですね……」


明らかに気落ちしている。電子の妖精は慌ててフォローに入った。


「ああいえ! 知らないことが悪いことって意味で言ったんじゃないですよ?」


「ですが、先輩の言うことですし」


「ふえええ! 先輩!?」


「まあ、間違ってはいないな。稼働時間はパティの方が長いんだし」


 いつの間にか雑談になっている。


 そうと気づいたリーシンがうめき声をあげた。


「ちょっと、今日は遊びに来たんじゃないんでしょ。とっとと本題に入りましょうよ」


「お、おう。悪い」


「今度おごるって、なにおごってくれるの?」


「本題がそれかい」


「商売ですから」


 つん、と澄ました顔を見せる幼馴染。もっとも、彼女の言い分は筋が通っている。コーヤにしても特に異論があるわけではないので、深く考えずに言った。


「ま、好きなもので」


「――いったわね」


「!?」


「いったわね、すきなモノって」


「お、おお……」


 今日の彼女は妙に押しが強い気がする。しかし戸惑いを覚えた時にはもう、占い娘はいつもの落ち着いた表情を見せていた。

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