2-7 これまでとこれから ~少年の場合~

「ついでよ。コーヤの分も視てあげましょうか?」


「え? いいのか?」


「だからついでだってば。そんなに手はかけないから、あまり結果に期待しないでね」


 そう言うと彼女は、再びカードを切り始めた。だが手はかけないという言葉は本当らしく、二、三回シャッフルしただけで情報端末を卓に置く。そして先程と同じようにカードを並べ、順にめくっていく。


 まず初めに出たのは――。


「死神」


「……いきなりだな」


 しかも、昨夜遭遇した相手を考えれば、これ以上ないぐらい当たっている。確かにあれは、死神というにふさわしい雰囲気の持ち主だった。


 不安になったコーヤは、小さな声でパティに話しかける。


「なあ。リーシンかチャンウェイさんに、昨日の戦闘のこと話したか?」


「そんなわけないじゃないですか。いくら仲のいいお二人だからって、職務上のことをペラペラしゃべったりしません」


「だよな」


 つまり、リーシンが引いたカードは掛け値なしに占いの現れであり、過去をシミュレートした結果なのだ。そのあまりに的確な絵が、自分のこれからの運勢の出発点……。


(ひょっとして、なにか試練に遭うのはアムじゃなくて俺なんじゃ……)


 戦慄めいたものを覚え背筋が冷たくなる。そんなコーヤの様子をどう見たのか、リーシンが柔らかく微笑んだ。


「そう深刻そうな顔しないで。タロットの場合、死神もそう悪いものじゃないから」


「そうなのか?」


「そうよ。このカードは死と同時に再生、つまり変革を意味しているの。昨日の戦闘がどうとか聞こえたけど……なにか心当たりあるの?」


 考えるまでもない。


 幼馴染に心配を掛けまいと、コーヤは首を振って答えた。


「いや、特にないな」


「そう? ま、状況なんて気付かないうちに変化するものだしね」


 あっさり応じると、彼女は卓に視線を戻した。


 そして二枚目。


「今度はなんだ。男のカードか? 片足上げてるな。いや逆か? どういう意味だっけ?」


「吊るされた男……」


 言葉通り、木の枝から片足で逆さ吊りにされている男の絵だ。絶句したきり後が続かない占い娘に代わり、かつてコーヤのタロット作りに立ち会ったパティが説明を始める。


「これはですね。状況が行き詰ってしまって、どうにも身動きが取れなくなるという……」


「最後、行くわよ!」


 不吉な予言を断ち切るように、リーシンが珍しく大声を張り上げた。だが、段々と部屋を覆う重苦しい雰囲気に飲まれてきたのか、誰も口を開かない。


 そして、黒猫の占い師が最後に引いたのは――。


「こ、これは!」


 塔、だった。


 それも天に向かってそびえ立つような立派なものではなく、落雷で半壊した様子が描かれている。


 何か、不吉なカードだった覚えがある。


 だがコーヤは自分の記憶よりもむしろ、声もなく身体を震わせている幼馴染が気になった。普段はあまり動かない彼女の表情筋がひきつっているのが分かる。


「崩れている、のでしょうか」


「あー、そうですね。崩れてますね」


 占い娘が沈痛な表情を見せる横で、アムが身を乗り出した。卓に置かれたカードを興味深そうに眺め始める。彼女の確認に対してなぜか曖昧な態度をとる妖精はさておき、コーヤは占いの主にずばり尋ねた。


「で、これの意味するところは?」


「……破滅」


 しん、と場に静寂が落ちる。


 幼馴染みの返事はこれ以上ないぐらい簡潔だった。そして同時に、重い。


 コーヤがどう反応すべきか戸惑っていると、パティが口を開いた。


「――つまり」


 アシスタントAIらしく、これまでのまとめに入る。


「少し前からマスターは変革の状況にあるけれど、今に行き詰まって身動きが取れなくなり、最後に破滅する。ということですかね」


「……」


 身も蓋もない解釈に、コーヤも絶句するしかない。と、不意に横から肩を叩かれた。


 リーシンだ。


 なぜか急に、穏やかな笑みを顔に浮かべている。


「安心して」


「おお。なんか未来を切り開く方法でもあるのか!」


 すがるような目を向けると、彼女は不自然なほど優しく微笑みながら口を開いた。


「わたし達、なにがあっても友達よ」


「いやいやいや」


 心の底から労わるように言われてコーヤは慌てた。これではアムではなく、自分の未来が真っ暗ではないか。あんまりといえばあんまりな対応に、半ば我を忘れて占い少女の肩をつかむ。


「もっと具体的なアドバイスをくれ! 不安感が半端ないぞ!」


「え!? ちょ、ちょっと……」


「マスター。少し落ち着いて下さい」


「これが落ち着いていられるか! 破滅だぞ破滅っ」


「占いは絶対ではありません。あくまで未来の暗示です。ですから、ね」


「そうよ。運試しに軽く占っただけじゃない。そんなに怯える必要ないわ。……脅かしてごめん」


「あっ、ああ」


 リーシンの小さな声で、コーヤはようやく我に返った。どうにか息を整えて椅子に座り直し、卓に並べられた占いのカードを見つめる。


「これが、俺の未来……」


「だーかーらー。そんなに本格的なものじゃないってば」


「ってもなあ」


 占った当人が念押しをしてくるが、素直に受け入れられずに天井を仰ぐ。


 なぜコーヤが、カードの結果をここまで気にするかと言えば――。


「お前の占いって結構当たるじゃん。そう気楽に構えていられるもんでも……」


「そうなのですか?」


「はい。小学生の頃、夏休みに水難の相が出てるって言われたのに海に行って溺れたり、皆でお出かけした時も事前に注意されてたのに迷子になったり……。そうそう。先週なんか兄妹関係について相談して――」


「その先は言うな。頼む」


 アムの疑問に答えるべく、滔々と語り始めたパティを制する。空中に浮かぶ妖精に実体があれば、その口を直接塞いでやるのだが。


「ああ。やっぱり失敗してたんだ」


「ぐ……」


 塞ぐべき口は別にあった。


 黒猫少女が意地の悪い顔をして続ける。


「また無理に距離を詰めようとしたんでしょう。だから焦らないようにって、言ったのに」


「それは分かってるんだ。分かってるんだけどな……」


「けど、やっちゃったのね。もしかしたら、余計に溝が広がったかも?」


「ぬあっ!」


 まだ癒えていない精神的な傷口をえぐられ、コーヤが固い声を上げた。リーシンもすぐに自省したようで、にんまりとした笑いを引っ込める。だが広げたままのカードを片付けるような素振りは見せず、澄ました口調で続ける。


「ま、相手の不安を煽るだけの占いなんて、脅して金を巻き上げる不良と変わらないからね。そのまま放置したら占術師失格だし、この間のアドバイスがお役に立てなかったお詫びも兼ねて、この占い結果にコーヤの明るい未来を読み込んでみましょう」


「? 読み込む? 読み取るんじゃなくて?」


「占いは本来、受動的じゃなくて能動的なものよ。『運命は自分自身の力で切り拓くもの』って言うでしょう。その手助けをするのが、うちみたいなお仕事」


 客というよりは、友人の不安を取り除くように温かく説明してくれる。


「今回の場合、悪い兆しを示すカードに前向きな解釈を施して、新しい意味を与える形になるわね。コーヤが逆境を打破してより良い未来を築く、そのための指針を示すってわけ」


「なるほど」


 ようやくまともなアドバイスが聞けそうで、コーヤはほっとした。再び椅子に座り直し、改めて占い少女と向き合う。


「今、この子の手助けをしているのよね?」


「ああ」


「そして、これからしばらくはその状態」


「そうだな。アムの姉さんが、このあとすぐに見つかったりでもしなければ」


「とすると……ふむ。ほかには……」


 いくつかの質問の後、リーシンはもう一度卓に並べたカードを示した。


「さっきのこの子……アムの結果と合わせれば、違う意味が現れるわね」


「と、言うと?」


「なにかしらの『運命』を背負った彼女と出会ったことで、あなたも『変革』に巻き込まれた。そして、『身動きの取れない状況』を共に『力』を合わせることで打破――これが『崩れる塔』ね――、そして新しい『世界』、未来に出会う。……と、こんな感じでどうかしら?」


「ふわぁ。これが未来の読み込み……」


「お見事です」


「さすがだ」


「これぐらい、大した読み解きじゃないわ」


 さも当然、とばかりに言い放つリーシン。


 だが、ぴくぴくと動く耳を見るまでもなく照れ隠しだと分かる。のみならず、彼女のしっぽまでもが小さく揺れていることに気付き、コーヤは笑いをこらえるのに苦労した。その様子をどう見たのか、占い師の少女は別れ際に忠告を寄こしてくる。


「逆境は打破できるとは言ったけど、無茶は駄目よ。あなた、家族の話題になると熱くなりすぎる時があるから特にね」


「お、おう」


 電導士の少年には、その厳かな声音こそ未来の暗示のように感じられた。


―――――――――――――――――――――――――――――


 電導士の少年が、電子人形サイドールの少女を連れて閑静な住宅街を去る間際――。


『見い~つけた。昨日のバイク。お、ちゃんとお人形さんも乗ってるよ』


『そうか。では仕掛けるぞ』


『ほんとにいいの? 男の子のこと調べなくて?』


『可能な限り早く、がクライアントの要望だろう。ならば手間はできるだけ省く』


『ラジャ』


 無数の情報が漂う電子の海深くで、そんな会話が交わされた。

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