1-4 騒ぎの終わりと始まり

「――」


「あ、気がついた?」


「……?」


 コーヤが声をかけると、彼女は不思議そうに首をかしげた。どうやら自分の置かれた状況が把握できていないらしい。


「大丈夫? 君、械物メカニスタの口から吐き出されたんだけど……覚えてる?」


「めかに、すた……?」


 言われた言葉をまねるような返事が来た。なんともオートンらしくない、ぼんやりとした反応だ。もともとそうした性格設定なのか、あるいは……。


(人工知性を司る回路になにか障害でも起こった? もしそうならまずいぞ。ろくに話が聞けないかも……っていうか、俺のせい?)


 何せ機械の魔物の腹の中にいたのだ。知らず放った電導法の一撃は、彼女にも相当の衝撃を与えただろう。焦りを覚えるコーヤだったが、人形の少女はというと、きょとんとした表情であたりを見回していた。少しの間のあと、ぽつりと呟く。


「……ここ、は」


「ん?」


「研究所、ではないんですね」


「え? ああ、そうだね」


 どこの研究所かは知らないが、この川沿いにそうした類の施設はないのは確かだ。しかし相手がオートンとはいえ、知らないからで話を終わらせて後は警察に、という気にはなれなかった。


(ま、乗り掛かった船か)


 改めて彼女の様子を見ても、特に不具合がある様子もない。ほっとしたコーヤは、とりあえず提案してみた。


「どこの研究所? よかったら送っていくよ」


「いえ、あの……できれば戻りたくないのですが」


「ん? というと?」


「会いたい『人』がいるんです。研究所の外に出られたのなら、このままその『人』を探しに行きたい」


「そっか」


 彼女がそう望んでいるのならば、コーヤとしても反対する理由はない。町中を掃除する清掃オートンのように特定の機能しか持たないタイプならともかく、人格ソフトが組み込まれた電子人形サイドールは高度な知性を有する。ヒトと同じ権利とまでは行かずとも、その意思はかなりの程度まで尊重されなければならない、というのが現代の常識なのだ。


 それはそれとして。


「でも君の事情はともかく、さっきのことは通報しておかないと。あいつ、不審者ってレベルのもんじゃない。違法技術を所持した危険人物だ」


『あー、マスター。そのことなんですけど……』


「どうした?」


『メモリーには何も記録が残ってませんから、お巡りさんには信じてもらえないかと』


「は? お前、電導記録ログとってなかったのか!?」


『とってましたよ!』


 コーヤが驚いて問うと、パティから心外だと抗議の声が上がった。よほど不服だったのか、バイザーディスプレイから飛び出て説明してくる。


「ですけど、電相空間にはマスターの電導法の痕跡しか残っていないんです。こんな記録提出すれば、マスターが一人暴れていたと勘違いされますよ」


「む……」


 愛らしい姿をした妖精に並んで、この辺り一帯の電素の空間分布とその時間変化を示したグラフが空中に投影される。それは電導法を習い始めた学生でもわかるほど歪なもので、下手な電導士の練習記録にしか見えない。あの戦闘を精確に反映していないのは明らかだったが、この記録だけではコーヤの技量が疑われてしまう。


「なら、映像は? そっちは映ってんだろ」


「それは、まあ。……でもこの電導記録ログと一緒に見ると、マスターが一般人相手に電導法を放って喧嘩しているとしか……」


「あれのどこが一般人だ!」


 思わず怒鳴ってから、コーヤは全身から気が抜けるのを感じた。


「さっさと通報しておけばよかった」


 力なくうなだれる。その耳へ、おずおずとした声が掛かった。


「あの……」


「ん?」


「周りが――」


 少女に促されて視線を上に向けると、堤防上の道に黄色い回転灯を灯した車両がやってくるところだった。さきほどのコーヤの連絡を受け、応援に駆けつけてくれた狩猟協会の専門班だ。


「むぅ」


 通常なら、このまま彼らに状況を説明する流れだ。だが何が起きたのか、あるいは起こっているのか、今一つはっきりしないのも確か。


 もう少し、自分なりに事態を把握しておきたい。


 そう思ったコーヤは、彼女の手を取った。


「行こう。話は後だ」


「マスター?」


「協会へは事後報告でいいだろ。また襲われたら大変だ。……それとも、どこか行く当てでもある?」


「いえ……」


 ほんのわずかな間、考え込むようにうつむく電子仕掛けの少女。だが結論はすぐに出たようで、彼女は一度コーヤの顔をまっすぐに見つめたかと思うと静かに頭を下げた。


「ではよろしくお願いします」


「お、おお」


「マスター。お持ち帰りできるからって喜んじゃダメですよ」


「べ、別に喜んでなんかっ」


「セーカちゃんやグランドマスターが見たら何て言うでしょうね」


「いやそれは……。今は考えないでおこう」


「なんならパティからお知らしておきましょうか?」


「やめてくれ!」


「?」


 騒がしくやりとりしながら、少年たちは川原をあとにした。

 

―――――――――――――――――――――――――――――


 若き狩人が械物メカニスタに遭遇したのとほぼ同じ頃。


 同じ川の下流側でもう一つの戦闘が起こっていた。


 河口に設けられた港、その一画に並ぶ倉庫群で炎が噴き上がる。


 赤い照明に照らされるのは四本足の巨人。


 そしてそれに立ち向かうのは、黒装束に身を包む背の低い女。無駄を省いたシンプルなデザインのつなぎ服にブーツとグローブ、そしてフルフェイスのヘッドギアが闇夜と同化している。ただ一点、無造作に刈り込んだ赤髪が額に彩りを添えてはいるが、それも顔を覆うバイザーによってくすんでいる。


 女の名はアリス。


 土の精霊を祖とするドワーフだ。


 人や組織が表沙汰にしたくない、できないことを請け負う裏社会の便利屋――通称、掃除屋――である彼女は今、巨人の捕獲の任に当たっていた。


「いい加減、投降する気にならないかい。あんた、さっきよりも動きが鈍って――」


「ウオオオオオアアアッ!」


「!?」


 突然、火が燃え移ったのかと思えるほど巨人が激しく咆哮した。


 その全身に浮かんでいるのは、怒り。


 虚を衝かれたその直後、夜の海に派手な波しぶきがあがる。


「ちっ。逃がしたか……」


 バイザーを上げて暗い海面を睨むと、潮の香りが鼻腔をくすぐった。夜の港を照らす照明の下で、赤い前髪がわずかに揺れる。


「次は仕留める」


 アリスは自身の電導具である指輪に誓った。そこへ、ウェアコンであるヘッドギアから男の声が掛かる。

『あーらら。残念だったねー』


「なんだ? 皮肉か? 文句なら後でいくらでも聞いてやるから、今は奴を追え」


『追加のお仕事だよ』


「なに?」


 通信機を兼ねる耳当て越しに聞こえた内容に、思わず眉をしかめる。するとその雰囲気を感じ取ったのか、相手は軽い調子で答えてきた。


『割増料金払うってさ。それも相場の倍』


「……分かった。受けよう」


 本音を言えば、今は余計な案件は抱えずにターゲットの追跡に専念したかった。


 しかし、今夜の失敗は自分のミスでありクライアントは関係ない。


 プロとしてそれぐらい弁えているアリスは、渋々ながら承諾する。


「手早く済ませたい。早く探せ」


『もう見つけてるよ。そこの川を少しさかのぼったところの河川敷で、誰かさんのバイクに乗っている。あれは……拾われたのかな。監視装置の画像が粗いから誰かさんが誰かまでは分からないけど、見た感じ少年みたいだ』


「そうか」


『そっけないねぇ。もっと褒めてくれてもいいんだよ』


「時間の無駄だ。――終了」


 やれやれとわざとらしく呟く相方を無視し、ウェアコンに通話の終わりを命じる。新たに仕事を始めるにあたって、アリスはほぼ習慣となっている宣言をした。


「追加ミッション開始。これより人形の回収に取り掛かる」


―――――――――――――――――――――――――――――


 これら全ては夏の夜の一幕、しかし観客はいない。


 ただ宇宙てんに浮かぶ月だけが、さざ波の立ち始めた世界を見つめていた。

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