第4話 厄介な品が持ち込まれましたが

 見るからに魔道士。しかも危険をかいくぐってきたタイプの男が店に入ってくるなりちらちらと店内を見回していた。

「お宅、どっから来たのかな?」

 リヴェルさんは誰にでも平等に話しかける、だから間違った相手だとしてもお構いなしである。そして今回は話しかけてはいけないタイプだった。

「あの山の向こう、そして海を渡って大陸から」

 リヴェルさんは目を細めた、そしてとても興味を持ったぞという笑みを浮かべて私を見た。見ないでください、そういう時は大抵やばいことしか起きないんです。

「こんちわーーーってお客さんかい」

「人のお店のお客様を見て『お客さんかい』はあんまりじゃないですか。業務妨害で訴えますよリリカ・シュタンゼルさん」

「フルネームで呼ばなくてもいいじゃないか。どうせもうすぐリリカ・アイスレイクになるんだから」

 私はこめかみを押さえ、この人の、いや、男の視線など気にするほどではないと言いたいぐらいに露出が多い、どこで買うんだろうかと思い悩むほどの洋服を着こなす盗賊の頭の言葉をスルーしようとした。

「あらま、それはあれかいお嬢ちゃん、この恵まれない雑貨屋の店主のお嫁にでもあるという宣言かね。やめておけやめておけ」

「あら、リヴェルいたのね。私がこのお店に嫁いだ場合のあなたのメリットについて100のリストを作ったから見てもらえる?」

「はぁ。そんなに暇ではないんだがな」

「1.ミルクは上等なものとする。そして腹いっぱい美味しいご飯を用意する」

「サッド、この嫁できるぞ」

「リヴェルさん、ひとまずそこから降りてください」

 毛並みのいい猫ことリヴェルさんはテンションが上がった状態で先程からスルーされているお客様の頭上からひらりと音もなく降り立った。

「えーと、今日はどういったご用件で」

 その魔道士はポケットに手を突っ込んだかと思うと、カウンターの上に小さな宝石を取り出してみせた。その瞬間、ひゅーーいとリヴェルさんが口笛を吹き鳴らした。猫も口笛が吹けるのか、ということに感心しながらも私は宝石に視線を戻した。

「赤いわね」

「リリカ、そういう感想はいらないんだよ」

「だって赤いじゃない、そして丸いじゃない」

「これはどこで?」

「それは言えない」

 なるほどなるほど。まあ時折こういう雑貨屋をやっている、かつ、冒険者から持ち込まれる品々を購入することもやっていると、12回に1度はこの手のいわくつきというやつが持ち込まれるのだ。

「どこでかも言えないってなると購入させて頂くことは難しいですね」

「違う。誰が売ると言った」

「え、あ、確かに。え、じゃあ、私達は見せびらかされているだけってことでしょうか?」

 わからないやつだなという明らかに見下すような視線を向けてくるその魔道士…いや、彼からは魔道士だとも聞いていないんだった。危うく魔道士って大体人を馬鹿にした目で見ることが多いよなと思わずにはいられなかった。魔道士かどうかもわからないというのに。

「この宝石の呪いを解いて欲しい」

 さぁて、雲行きが怪しくなってきたな。呪いか、…え、あれ、うち雑貨屋ですけど、いつから解呪の依頼を受けるようになったんだっけ?

「ちょっとおっさん、ここが雑貨屋だってこと知ってる? どっかのお店と間違えてない?」

 リリカ、よう言った。今日のおやつに作ったマカロンを特別に2個あげようではないか。

「こんなくすんだ壁の色をして町の外れの外れにある雑貨屋なんてハズレくじみたいなもんだよ。ね」

 ね、ではない。前言撤回、君にはマカロンはやらん。

「しかしこの宝石どういう呪いがかけられているのですか?」

 私が話を進めようとしたとき、不思議なことが起きた。今までそこにいたはずの魔道士(仮)がいなくなっていた。

「リヴェルさん、あれほど落ちてる人間は食べたら駄目だって」

「私じゃない。つーかどういうことだ。…自作自演?」

「さっきのおっさんが自分で魔法を使って逃走した?」

「なんのために?」

 私は宝石の件はそのままに、魔法が使われた形跡を探った。大した魔力はもう私にはないが、そういったことには長けた目なのだ。

「どんなもんかね」

 何を私がしているのかわかっているぞとでも言いたげにリヴェルさんは聞いてきた。それに対しての答えは「なにもないですね」だった。そう、魔法であの人がこの場所から忽然と姿を消したわけでもないという事実を把握しただけだ。

「そうなると、それこそこの宝石の力、呪いじゃないか?」

「やだな、この猫、呪いを信じてるよ。言ってやってよサッド」

「君こそ呪いを馬鹿にしてると痛い目を見るぞ」

「え? ……まじ?」

「まじでじまである」

「魔法があるのに呪いを信じないというのも不思議なものだな」

「だって魔法は見えるでしょ。呪いは見えないじゃない」

 私は呪いということについて思いを馳せていた。昔から伝わる呪いに関する伝承、それらは98%は事実、呪いだった。呪いとしか言いようがない事象が起きていた。呪いの人形、呪いのタロットカード、呪いの指輪、呪いの木馬、呪いのポップコーン、呪いのアイドル歌手、呪いの網タイツ、呪いの万華鏡。

「とまあ、そういう呪いグッズを専門に扱う業者もいるにはいるんだ。よく覚えておくがいい小娘」

 私が物思いに耽っていた間にどうやらリヴェルさんがリリカさんに呪いのグッズについて説明をし終えていたようだ。そう言えば、呪いのキャットフードというのもあったな、……

「じゃあ、その宝石さ、どうすんの? 私の婚約指輪には使わないでよ」

「その前に結婚相手を見つけてください」

「やだぁ、いじわるな人」

 リリカがもじもじとしているのを軽やかにスルーした私はその宝石を触らず、一定の距離をもって眺めた。余計なものを置いていってくれたものだ。どうしたものか。

「あいつを呼ぶしかないんじゃないか?」

「あいつって?」

「サッドの元カノ」

 なんだろう。世界が崩れ去る音、いや、火山が今まさに噴火しようとしているような音、いや、鍋がぐつぐつと煮えたぎっているような音が聞こえた気がした。

「浮気ものぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!!」

「元カノだって言ったんだが」

「リヴェルさん、言わなくてもいいことは言わない方がいいですよ」

「人間というのは面倒な生き物だな、我々には全くわからんよ」

 猫にはわからないでしょう。私達が猫についてわからない程度には。

「でもあの人忙しいから来てくれるかな」

「お前が呼べばいつだって来るさ。例え今魔王退治中だったとしてもな」

「うーん、呼ぶの嫌だな。この宝石以上に面倒なことが起きそうだし」

「呼んでもらおうじゃないの、この婚約者であるリリカ・シュタンゼルが品定めしてくれる」

 あくびを一つして、伸びまでしたリヴェルさんは、カウンター下に置いてある角笛をくわえて戻ってきた。さぁ吹けと言っているような目で見られてもな。

「それは何?」

「良い質問だ。これは魔、」

「えーと、これはですね、遠くにいる特定の人間に思いを届けたり出来るそんな魔道具の一つです。はい」

 私は店の窓の一つを開け放ち、彼女のことを考えて、考えて、考えて、思い切り吹いた。ああ、嵐がやって来るぞ。

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