第26話 開会式

浦和レッドドラゴンズ


「試合の中では自分に足りないものが浮き彫りになるだろう。足りないものにしっかりと向き合って欲しい。またベンチ入りは20名だが過酷な日程になる為ほぼ確実に皆の出番があるだろう。では発表したいと思う」


メンバーの発表と聞き、緊張からか唾液が喉の奥に流れて無意識にごくんと飲み込んでしまう。


前世含め、一度もベンチ入りしたことがない。その悔しさを糧に今まで一切の妥協をせず愚直なまでに【最先端サッカー学】と切磋琢磨してきたんだ。


今世は大丈夫だ。この場にいる誰よりも努力してきた。


頼む....。ミニゲームや紅白戦で確かな能力を見せたはずだ。


「では発表するので静かに頼むぞ」


「「はい!」」


「まずはスターティングメンバーからだ。FWから始める。.......10番二宮ケイ......DF4番三浦ジュン...........以上8名。キャプテンは二宮だ。そして残りのベンチ入りが................以上20名だ。二宮責任重大だぞ。ふふふふふ」


「.....な?!」


あまりの役回りに目を白黒させ、驚きの声をあげてしまう。


俺の奇声を聞きニヤリと笑みを浮かべる監督。眼鏡と合わさってかなり不気味だ。しっかり睡眠取っているのかという程の隈。


おいおい、まだ加入して3週間だぞ。そんな新人をキャプテンにするのかよ。


しかも10番って普通MFとかじゃないのか...?


上級生数名の顔が歪んでいる。一人の先輩が口角泡を飛ばしながら抗議の声をあげる。


「監督!納得いきません!確かに二宮は巧いです!しかしいきなりキャプテンは流石に依怙贔屓が過ぎると思います!」


僕もそう思います先輩。


「意見ありがとう。しかし決定したことだ。君達も知っている通り、我が浦和ジュニアは徹底的な実力主義。能力ある選手により成長できる環境とチャンスを与えるのは当たり前だ」


「しかし!」


「お前がチームのことを思って発言してくれてることは分かっている。俺は二宮のポテンシャルを信じている。とりあえず残りの10日、二宮がチームを引っ張れるか確認しよう。仕事ができない様だったら変える。それで納得してくれ」


「....分かりました」


なんとか大事にならずに済んだみたいだな。上級生も別に俺のことが嫌いで監督に文句を言ったわけではない。


まだチームを率いれる程のリーダーシップがあるか懐疑的なのだろう。


サッカーに置いてキャプテンという役割はとても大切である。チームの精神的支柱であり、鼓舞する存在なのだ。また審判へ唯一異議申立てできる権利も保有している。


実績や信頼がなければ任せられない大役だ。


それに加えて、毎日がセレクションである下部組織では結果が必要になってくる。査定で見栄えが悪い結果しか残せていない選手が果たして昇格できるだろうか。


実績も何もない俺がいきなりキャプテン10番のFWという大役を預かったとなれば心配になるのも当たり前だ。


チームが負ければその分自分たちがプロになれる可能性が下がる。


残り10日。かなり少ない時間だが、チームの皆に認めさせなければな。俺は技術だけではない。幼い頃から鍛えた声とコーチング力を見せてやろう。


前世の俺だったらこの時点でアウトだっただろうな。【努力★】向上心増加のおかげだろう。


「先輩方、僕がキャプテンをしっかり務められるか不安だと思います。ご安心を。結果で率いて見せます」


自分がどこまでの器なのか確認したい。それに進化した【スキル】が俺にどのような影響を与えてくれるのだろうか。


あまり客観視が得意じゃないからジュンあたりに聞いてみるか。


どれくらい成長したのかな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


埼玉アリーナ 新人戦開会式


春になり冷え込みが緩む中、数百人のサッカー少年達が埼玉アリーナに集っている。各チーム綺麗なユニフォームを身に纏い、試合が始まるのを今か今かと待ちわびている。


「........えーであるからして...............日本サッカー界は最盛期と言っていいほど盛り上がりをみせている。幸運なことに君たちの様な日本の宝がサッカーを選んでくれたことに感謝を示したい........」


この開会式が終わり次第大会が開催される。本命の日本一のサッカークラブを決める大会ではないが規模はかなり大きい。


それもその筈だ。埼玉県は東京に次いで日本で二番目にチーム数が多い県である。二千近くの少年サッカークラブが在籍しており、自主参加制であるとはいえ半分は参加している。


短期間で全国行きを決めなければならないのでかなり過酷な日程だ。一日に最低で3試合は組まれるであろう。


この情け無用なスケジュールが原因で参加を辞退するクラブが半分いるのだ。


それにしてもいつの時代もお偉いさんの話は長いな。いつになったら終わるのだろうか。


早く試合をさせろと体が訴えている様な不思議な感覚。


自分でも驚く程武者震いが起きている。まるで今までの成果を試合にぶつけたいと主張しているかのようだ。


本来なら俺の意思で体が動くはずなのに、腹の底から溢れるマグマの様な熱が血液と主に全身に巡っている。


俺の初公式戦である。


いつも惨めな気持ちでチームメイトを応援していた前世とはおさらばだ。


サッカーを愛する気持ちなら誰にも負けていなかったし誰よりも練習していたが、それでも埋まらない差。


今世でやっと、本当にやっと前世とは違うと実感できた気がする。


色々と思い出して目から涙が溢れそうだ。



「............以上開会式でした」


ふう、誰にも見れないようにゴシゴシと溜まった涙を拭く。


ありがたいことを言っているのだが、いつの世もお偉いさんのスピーチはつまらないな。


「.....ケイ君...緊張しないかい?」


少し青ざめた、余裕ない表情のジュンが声をかけてきた。


「俺も緊張してるけど楽しみの方が勝ってるかも。今まで公式戦に出たことがないからね」


「....はあ、さすがケイ君だよ....」


なんでも浦和の名前を背負ってプレイする事に凄く緊張しているらしい。


結果を残さなければジュニアユース、つまり上に昇格できないからな。


下部組織はプロ育成場であり、できない奴は容赦無く退団させられる。緊張するのも無理はない。


「みんな集まってくれ」


監督の一言で皆集合する。


周りを見てみると上級生は適度に緊張感を持ったいいコンディションだが、新入生はかなり固い様子。


「お偉いさんの話は本当に長いな。全くつまらな過ぎて死ぬかと思ったぞ。......おいおい、ここは笑う所だぞ。新入生緊張し過ぎだ。長年浦和で育成部門に携わってきたが、今年のお前らは本当に化け物だぞ。特に二宮がいるから負けないし、困ったらこいつにボール渡せ」


「いやいや監督。やめましょう、初公式戦ですよ。弱音言いたいのは僕の方ですって」


「じゃあ、ミス一回につき二宮みんなの肩もみね」


「本当に勘弁してくださいよ.......」


「「ぷっぷはっはははは」

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