ログ:雷音の機械兵(1)

 エリサも似たようなものをどこかに感じていた。

 少年が少女に対して抱いていた感情。それはまさしく身分を越えた楔に相違なく、さらぬ別れの訪れに脅えながらも懸命に生きた証を残そうとした原初的欲求そのものだ。

 しかしながらエリサが鉄平の発言に同意したのはその欲求に起因しない。では何故エリサは命を賭して死地に赴く彼との同道を表明したのか。エリサには自身の欠落を埋めるものについて今なお論理的な説明がつかない。

 まあそれを探すために旅を続けているのだ。この奇妙な覚悟に巻き込まれるのも運命だろう。いずれにせよ護衛の契約は生きている。エリサ自身にも紗也の遺体を奴らの手から取り戻したいと思えていた。

「白色穀物を腹いっぱい、いいわね」

「いくらでも食わせてやる。頼んだぞ」

 アオキ村で生き残った人々をかき集め各部族の有力者を通じて落ち合う場所を設定した。ヒル=サイト。そこはガナノより規模は劣るものの難民受け入れには寛容な都市区だ。

 雨が降っている。

 夜、雨。最も山越えに向いていない状況での出立。エリサと鉄平はゲイツの護衛を付けたジプス本隊に別れを告げた。大勢の人々が鉄平との同行を志願して別行動を拒んでいた。皆、紗也と鉄平の後に殉じたいと強い言葉で申し出た。鉄平は彼らをそれ以上に強い言葉で諫め必要以上の笑顔を見せた。

「生き残れ、そしてまた会おう」

 数人の手を握り鉄平は彼らの主張を感謝してみせた。二人は山に入った。ガナノ=ボトム第三区画はアオキ村を南西に下った盆地にある。途中までは村の農夫が薪拾いに利用した道があったが途切れた先は獣道だ。ぬかるんだ土、木々の根に貼り付く雨で湿った苔類が足元をいたぶる。三日間振り続けた雨で山の足場は過酷と化していた。

 ケープのフードをちらりと持ち上げ前を進む鉄平を見た。機械兵を相手取るほどの膂力を見せた彼は息を上げながらもまっすぐ山肌を登っていく。携行行灯ランタンをかざして雨の中を進んで行く。すると前で鉄平が声を上げた。

「どうしてお前がここに!」

 ひどく動揺する彼に追いつき同じく前を見やると、その引きつった笑顔に絶句する自分がいた。

「やっと来よったかぇ、鉄平。あとは旅のお方……」

「モトリ、生きていたのか! どうしてこんな所に」

 木々の合間を縫う闇に紛れて老婆が姿を現したのだ。祭りの時からモトリの姿を見なかった。

「こんな所とはお人が悪いえ、鉄平。この山は、もともと私達の住んでた居場所」

「そうか、お前はジプスが山に来る前からの先住民だったな」

 エリサもこの老婆が紗也に紹介された晩のことを覚えていた。しかし何故、今頃になってこの山奥で?

「他にもおりゃす」

 闇溜まりに人の気配。携行行灯ランタンで周囲を照らすとぐるりと無数の人影がエリサ達を囲んでいた。全員が手に武器を握っている。

「山人達か……どういうつもりだ」

 鉄平が声を低めて言う。

あたしらも巫女様を、紗也を取り返しに行っきゃす。連れてっとくれ」

 驚いてエリサが口を挟む。

「何を言ってる、行先は機械兵の巣窟。あなた達には危険すぎる」

「足手纏いにはなりゃせん」

 そう言ってモトリの後ろから出てきた男達の手には縄にくくりつけられた幾つもの機械兵アダルの首があった。

「近頃はアオキ村にお客さんが増えたでね」

「んじゃべな。ここらの獣は獲り尽くしてしもて、退屈しとった」

 山人達は太い腕に機械兵をぶら下げてにかりと笑う。

「獣を獲り尽くしただと……?」

 見れば山人は老若男女さまざまだが野性的な身体つきが共通している。

「お前達はアオキ村に加わろうとせず、山あいの拓地をジプスに譲ると姿を消した。今更どうして俺達に力を?」

「巫女様だよ」

 モトリは言った。

「巫女様は、獣を獲り尽くして食うに困った山人に、あたしを通じて村の作物を分けてくれていたんだぇ」

「なんだと。紗也が、一人でやったのか」

「土地への感謝と言ってだね。巫女様の情けに山人はずいぶん助けられた。だから今、皆はやる気を起こしとりゃすぇ」

 山人達が一斉に鬨の声を上げた。雨の降る山に無数の声が轟いた。その大音声だいおんじょうに山肌が震える。まだ姿の見えぬ山人も闇の中に大勢いるらしい。

 これだけの数が紗也のために戦う意思を示している。

「すごい数だ……」

「同じ数の山人達が今頃ジプスの方にも付いとります」

「なんだと、それは本当かモトリ」

 鉄平の尋ねる声が震えていた。奇妙に見えたモトリの顔が莞爾と笑む。

「それにアオキ村の衆は、大川が暴れぬよう最後まで尽くしてくれた。山人は皆、感謝しているぇ」

 エリサは思い出した……「どうせ捨てる土地なのに」とモトリがこぼした昨日の朝餉。あれは忌々しくて放った言葉では無かったのだ。鉄平はモトリから次々と知らされる真実に顔を落とした。孤独で死地に向かおうとする矢先に触れた人の情。紗也の侍従として過ごした老婆だ。鉄平との関わりも長い。きっと二人はこの腰の曲がった老人に他人以上の想いを通わせていた。そんな中で笑みを浮かべるモトリ老婆にエリサは胸に迫るものがあった。

 モトリは口にする。

「鉄平、良い巫女さんに仕立てたね」

 その声には我が孫を思うかのような優しさが滲んでいた。鉄平が俯く。モトリは少年の頭を撫でながらエリサを見た。

「山はあたし達の住む場所だ。下界への案内あないはお任せくださぇ」

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