ログ:御倶離毘(8)

「鉄平!」

 飛び入った広間で異臭が鼻腔を突き刺す。惨憺さんたんたる有り様だった。鉄平達は去ったのだろうか。逃げ遅れた村人達が無惨な姿で取り残されている。奴は広間の中央にいた。

『有機反応認定。対象ヲ摂取シマス』

「うっ……」

 エリサは反射的に眉を顰めた。人を喰っている。動けなくなった人間をつかんでむしゃりむしゃりと齧りついている。まるで人が肉を食うように両手を使って……。

「なんだあの個体は……エリサ、奴の情報は持ってるか」

「知らない。初めて見る形。アダル型にしては小さすぎる……」

「じゃあシシュン型か?」

「シシュンはもっと獣に近い。ゲイツだって分かるでしょう」

 エリサは改めて奴の姿を注視した。アダル型に似て非なる形をして、平たく肥大化した頭部が頸部と合着し、茸のようなフォルムを為している。

 だが最もエリサを戸惑わせたのは他にある。

「あいつ……此方に興味を示さないだと? 人間を襲っておいて俺達に反応して来ない」

 機械兵は動く人間に襲い掛かる習性を持っており視界に入った者との戦闘は避けられない。だが奴は此方をじぃと見つめたまま食事のような行為を続けていた。

「ッ! エリサ、あいつが食っている人ってまさか」

 ゲイツが身を引き千切りそうな声で言った。心臓が冷たい氷に覆われるような緊張がした。機械兵の腕を見る。その先にある手先を見る。ぶら下がった状態で頭を喰われている……あの妊婦は。

「う、うぁあああああああ――――!」

 抜剣の勢いで鞘から火花が飛び散った。烈火の如く縮地で斬り込む。

「がふッ」――エリサは背中を壁に打った。腹部に鈍痛。

(弾き返された? 今の一瞬で?)

 打撃を受けたのだ。痛覚が一瞬の出来事を説明する。見えなかった。目に追える速度を越えた一撃が奴の腕から放たれた。

「エリサ!」

 ゲイツが身を起こしてくれた。傍に目をやると男が二人倒れている。なんと鉄平と吾作だ。彼らも同じ轍を踏んだのか。幸いにも二人の息はまだある。死んでいない。

 だが鉄平の背負っていた甕が割られている。中身はどこに?

『燃料ノチャージガ完了シマシタ。不明ナデバイスヲ採取シマス』

 機械音声が響く。茸型の奇行機械兵は一方の手で食っていた死体――信じたくない――を掴み片一方で背後にあった小さな人間を拾い上げた。あぁ見たくない。あれは紗也だ。

「奴を止めるぞエリサ!」

「うぁああ――!」

 二人で奴に斬りかかる。ゲイツは紗也を自分は妊婦の死体――信じたくない――を持つ腕を斬り落としにかかった。しかし突如として奴の姿が視界から消えた。

「何っ」

 ――ゲイツ、上!

 口が間に合わない。頭上から機械兵がゲイツを踏みつけた。床板が割れゲイツの身体が深くめり込む。この隙を逃すか。エリサは腰から引き抜いたピーニック・ガムを発砲した。狙うは脚部。

(まずは機動力を奪う)

 命中したか。その期待は否定された。確かに当たった。しかし粘着弾の糸を引きちぎる脚力をあの機械兵は持っていた。奴は安々とで脚に纏わりついた粘液を振り払う。なんという馬力なんだ。

「ゲイツ、生きてる?」

「地面だったら死んでたね」

 床の穴からゲイツは親指を立てる。悪運の強い男だ。

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