ログ:赤い双眸(2)

「ゲイツ!」

 呼吸を荒げながら民家に向かって機械兵の襲来を叫ぶ。皆眠っている。このままでは全滅だ。しゃにむに庵へ走り続ける。受けたダメージに構ってなどいられない。

 歩いただけの道がどうしてこんなに遠いのか。走れど叫べど視界を過ぎる篝火の列は途切れない。後ろから機械兵の不気味な移動音が追いかけてくる。

 追撃してくる機械兵の無慈悲な暴力を時に逃れ時に被り喘ぎながらエリサの足はようやく屋敷まで辿り着いた。だが味方の名を呼ぶ声は喉の出口で嗚咽と変わった。

 満身創痍で見上げた空には火柱が上がっていた。真っ赤に燃え盛る紗也の屋敷。ゆらゆらと機械の影が炎のなかに揺らめいている。

(あれは……)

 奴らの足元に何かが転がっている。

 あれは――「うっ」――気づくと即座に目を逸らした。

 見境などない。奴らにとって自分達はただの獲物。機械にとって人間は単なる有機物。ずっと前から知っていた。無機物には感情が無い。関係ないから殺すのだ。奪ったそれにいかなる意味いかなる使命があろうとも。

 あどけない顔が紅蓮に消えてゆく中で屋敷の外壁が爆発し一つの人影が飛び出してきた。木片が突き刺さり血塗れになっているがあの赤髪はゲイツだ。火だるまとなった体を転がって救おうとしている。

「いま助ける!」

 衣服を脱ぎそれでゲイツの身を叩く。かろうじて炎は消せたが火傷が酷い。もはや気息奄々だ。

「に……逃げ……ろ、エリサ……」

 此方を認めたゲイツはそう訴えるが声は既に潰れていた。視点が定まらぬのか目を泳がせながらゲイツは喀血した。おそらく内臓がやられている。

「喋ってはダメ、急いで手当する」

「機械……が、また……奪って、い……く……」

「喋らないで、早く立って、一緒に逃げるの」

 そう言って腕の下に肩を回すと妙な感触があった。敢えて目を向けなかった。手をゲイツの腰に回して支えなおす。物体の焼けた匂いが鼻腔を突く。力なく身をもたげるゲイツを手負いの自分一人で運ぶには想像を絶する苦痛が襲った。

 どうやら自分もまともに動けそうにないらしい。奴らの攻撃を受け過ぎた。

 片足が激しい痛みで重く感じるがそれでも仲間を見捨てて行くわけにはいかない。ゲイツの身体を支えながら懸命にその足を前に出す。

「……エリサ……俺を、置いて、ここ……離れ……ろ……」

 一歩歩くたび自分の足からゲイツの身体から嫌な音が聞こえる。火炎が延焼し燃え盛る村。もはや鋼色した悪魔共すら見えないほど視界は赫一面で染め尽くされた。

「大丈夫、あなたを見捨てたりはしない」

 だが頭一つの身長差があるゲイツを支えながらはたして逃げ延びられるか――せめてどこか身を隠す場所は? 機械兵に見つからずやり過ごせる安全な逃げ場は。

 ふと目の前を影が走りすぎた。半狂乱の怒声を発しながら炎に突っ込んでいく木剣を振りかざした男。あれは鉄平だ。

「あああ、あああっ、うああぁああ!!」

 ――そっちは危険だ、行ってはいけない!

 咄嗟に出そうとした声が何故か出なかった。足もすくんで動かない。理性を喪失した人間が悪魔の口に飛び込むさまをエリサは黙って見過ごした。この世のものと思えぬ断末魔。望まぬ旋律が塞いだ耳朶を震わせる。

「エ、リサ……」

「ゲイツ!」

 我にかえった。今は守る命があるのだ。自律を無理やり取り戻し呼ばれた名前に大きく振り向いた。

「たす……けて……」

 視線を送った先でゲイツの腹から鋼の爪が伸びていた。

「え……」

 肩を貸すゲイツの真横に奴らが立っていた。その腕が仲間の身体を貫いている。不意の出来事に思考が固まって呆然と赤いものを吐く彼の姿を見つめてしまった。自分を呼ぶゲイツの声。ハッとしてエリサは彼の身体を放した。瞬時に構えなおし――「助けなくては」――その思考が手足を突き動かした。

 雄叫びをあげて敵に突っ込む。

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