ログ:村人のもてなし(4)

 大言壮語をさせればゲイツの右に出るものはいない。これまでの冒険譚を、彼はさもお伽話のように語った。砂の海、火を噴く山、巨大な宗教建築……。無論エリサも共に体験してきた話であるからゲイツが嘘を喋っていないのは確かだと分かる。ゲイツの語りをエリサは黙って聞いていた。しかしその注意は物語に目を爛々と輝かせる少女・紗也に向けられていた。

 ――興味を惹かれる。

 己より年若き身でありながら文化集合体の長を務め、さらに自然霊験と通じる力を持つという奇特な幼子。怪異的な存在であるのは初めて見た時から感じていた。その気配が……今ばかりは感じられない。彼女に年相応な瑞々しさを感じる。瞳に不穏な翳りは差していない。

(気のせいだったか?)

 あまりにも純粋で無垢な顔をしている。仮に思い過ごしだったとしたら自分はなぜ、あのような感覚を覚えたのだろうか。

 周囲が敬虔な姿勢を示していたから? それは彼女の力が事実である裏付けでもある。多くの人心を一手に掴むのは容易ではない。

 この村で最も尊い命。はたして紗也が自称した語感の響きに囚われているだけだろうか。

「……とまあ俺達の旅はまだまだ続くって感じで以上、第一部完でございます」

 最後にゲイツは頭を垂れて話を締めた。紗也は両手を打って喜ぶ。

「すごい、本当にいろんな場所を巡ってるのですね!」

「風の向くまま気の向くままってね。好きな時に好きな場所へ行く、それがモットーでさ」

「好きな時に、好きな場所へ……ゲイツさん、エリサさん」

 赤みのさした頬で紗也に名を呼ばれた。格子窓の外は雨がしとしと音を滲ませている。

「雨は降り続くことでしょう。しばらくアオキ村に留まっていかれませんか」

「いやしかし今は移住の準備で忙しいでしょう」

「楽しませてもらったせめてものお礼です」

「こちらは食事を出してもらった、礼には及ばない。こちらこそ感謝している」

 そう言って手をつき頭を下げた。ゲイツも続く。村人の見様見真似だが敬意を表す仕草なのは察している。数秒の後に顔を上げると紗也は再び子どもらしからぬ微笑で待っていた。

「三日後に村で祭りをするのです。どうぞそれまで見て行かれてください」

 柔和な物腰だ。本心による善意から生じるものであろう。たしかにアオキ村は滞在するに悪い場所ではなさそうだ。しかしエリサ達にはこの旅路で目指すべき場所があった。

「うーむ、どうしようかエリサ」

 腕を組むゲイツだがおそらく返すべき答えは自分と同じだ、悩んでなどいないだろう。エリサは紗也の方を見る。

「ご厚意に感謝する。けれど雨脚の頃合いを見計らって」

「山が離しませんよ」

 遮るように遠雷が鳴る。

「今日の雨は北西の風から来る暦移りの走り雨。雨水を含んだ山はお二人を簡単に通さないでしょう」

 一瞬雷光で紗也に影がまとった。

「なんだって! じゃあ俺達は、雨に降られる前にアオキ村まで辿り着けて幸運だったんだ」

 紗也は微笑む。言いかけた言葉をゲイツは途中ですり替えたとエリサには分かった。

「山の雨は一晩降れば明日には上がります。明朝山肌を見てお考えになるのが良策かと」

「……今夜の山越えは危険ですか」

「旅に命を懸けてなければ」

 ゲイツは押し黙った。

「雨は恵み。天に人は抗えません。急いた旅でも雨がやむまでゆるりと立ち往生してゆかれてください」

 天に人は抗えない。司祭者だけあろうか子どもの割に達観した事を言う。しかし現実これは山に暮らす民の言葉だ。下手に反故とせぬ方が良い。ゲイツに意思を示すと彼は自分と共に頭を垂れた。今宵は屋根の下で寝よう。

 寝床には屋敷の離れにある庵を与えられた。

 夕餉の席でもう一度物語りをするよう頼まれるとゲイツが独りで快諾し、満足げな表情の紗也を奥の間に見送った。

「運が悪かったな」

 紗也に続く少年が去り際に振り返った。名は鉄平と言ったか、声には邪険な色がある。鉄平は自分らに睥睨をやると踵を返し吐き捨てた。

「余所者め」

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