[書籍化]雷音の機械兵〔アトルギア〕
涼海 風羽(りょうみ ふう)
ガナノにて、始まりのログ
とめどなく降り続ける雨の中でガナノ=ボトム第三区画が陥落したのは、つい三日前の話だ。勝ち戦と思われていたこの戦闘で人類はまたしても「奴ら」を駆逐することができなかった。
いまだやむ気配のない雨に包まれて、少女は廃墟の街を見上げている。
砕けた雨滴で空は霞む。
フードから覗く藍色の髪は滴を落とし、
その少女──エリサが最後にこの街を訪れたのは、二年前、英雄オネスの巡幸パレードが催されていた時だった。
あの日は誰もが喜びに満ちて歌い、踊り、笑いに溢れ、明日の繁栄を祈っていた。
「これで、九十三体目」
すでに過去のことだ。
剣に付着した機械油を振り払い、左腰の鞘に納めるともう一度、眼下の光景に視線をやる。降りしきる雨に濡らされながら、敵の屍が無数に転がっていた。
どれも一人の少女、エリサが倒した遺骸である。とはいえ地に伏すのは人の姿に比べると、はなはだ異形だ。斬撃の痕がはしる鋼色の
雨音が掻き消すことを望むように、エリサは問う。
「もう此処には誰もいないのだろうか」
辺りは水滴の瓦礫を叩く音だけが響いている。
機械の死体と崩れた街並みは無言のまま答えない。人の気配は、どこにもない。
「……雨、やまないな」
少女はフードを深くかぶりなおして、ひとりごちる。色あせた革のケープを翻し、エリサは
垂れこめた曇天の下、街はひたすらに冷え続けていた。
§§§
人間の総人口が四億人に減退したのは一五〇年前から続く各地の組織的抵抗によるものだ。
人類はいまだ「機械」からの一方的な殺戮に抗い続けている。
機械。それはかつて希望の象徴と謳われていた。
はじめ、彼らは人類が誇る英知の結晶【
だが文明の発展には暗い影が付きまとうもの。
時代はうつろい、機械は戦う兵器として役割を帯びていく。人と人の争いはいつしか機械同士でおこなう代理戦争が主な争乱になっていた。
戦争は文明を発達させる。
そして人類が最後に創り出したもの。
≪高度知的無機生命体・
彼らは経験から学び、更なる強さを自分たちで求めることができた。
後にも先にも人の手で実現しうる創作物としてこれ以上の科学は不可能だと、当時は声高に謳われた。高い知能を持ち独自の思考を可能とする彼らは瞬く間に戦場の主役となり、最強の機械の座をほしいままにする。
そしてある日人類は気づくのだった。
もはや機械を止められるものはいない、と。
まもなくして彼らは世界を侵し始めた。
人類を廃し、完全な世界を創り出すという独自の思想を彼らは生み出した。抗う術はない。地上の人間は脆く崩れるように屠られていくばかりであった。
機械の動いた経過こそ、人類が喫した敗北の歴史である。
それから一五〇年が経った。
世界から人口の九五%が失われた現在、人類文明は衰退した。生き残った人々は日々、機械の恐怖におびえながら、しかし……それぞれの平穏を望みながら暮らしていた。
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