第10話 揺れる列車と兄妹の過去

 任務だというのに浮かれている優里と由夢を連れて、駅舎内に在るタイル画や壁画を鑑賞しながら改札を抜けると、普通の列車の1.5倍はあろうかと言う小豆色あずきいろをした流線形の列車が視界に入ってくる。


「やっぱり、何度みても圧倒されますね」


「凄い……」


 そんな風に列車一つにはしゃぐ二人に、俺のこの車両に関する記憶を披露してやる。


「この車両が見た目ゴツイのは、強力な対魔術、対物理装甲を積んでいるからって記載を見たことがあったな。この装甲抜くには異世界人が100人単位で火力を一点集中させる必要があるとか」


 そう説明すると、優里からジト目で見られる。


「はぁ……兄さんはそう言う即物的な事でしか物事を捉えられませんよね。さっきも、この絵は~億円するらしいぞとか言ってましたし、もう少し見てて綺麗だなとかいう感想はないんですか?」


『流石マスター、情緒の欠片もありませんね』


「……機械のお前には言われたくねぇよ」


 何故か機械に人の感情について諭されて、思わず不貞腐れていると、由夢に袖を引っ張られた。


「教官、ドンマイ」


 悪気の無さそうな無垢な顔でそう言われ、俺は思わずその場で膝を付きたくなった。心が今にも割れそうだ。そんな中、此方へ近寄って来る人影が有った。


「やぁやぁ君たち、お待たせしたね。それじゃあ列車へ乗り込もうじゃないか!」


 用事を済ませたのか、何時もの何考えているか分からない顔した隆二がやってきて、俺達は列車へと乗り込む。今回乗り込むのは、一番最後尾にある所謂ビジネスクラスの車両だ。この異世界行きの列車は全部で3両編成と成っており、先頭車両は国賓クラスの方々が乗る所謂ファーストクラス。続いて、外部からの来賓や一部の金持ちが利用する用の、後方車両のビジネスクラス。そして中間にあるのが普段軍人や記者などが移動する際に利用する、エコノミークラスだ。

 

 本来であれば俺達はエコノミーに乗るのが普通だが、今回は隆二専属の護衛という事で公費でビジネスに乗れる……やったぜ。


 機内に乗り込むと、背後から俺の肩越しに内部を除いた優里と由夢が小さく歓声を上げるのが聞こえた。

 床には足の長い絨毯が敷かれ、座席毎には約エコノミー3席分程のスペースが用意されている。フットレストやリクライニングも当然完備されており、何より本革性の座席は高級感がある。


「僕は列車に乗っている間は眠ってるから、好きに過ごしてもらっていいよ」


 そう言って最後尾奥側の席に座った隆二は、早速リクライニングを倒してアイマスクとイヤホンを取り出していた。


「座席配置はどうします?」


 凄くそわそわした様子でそう聞いてくる優里に、流石に苦言を呈そうかと思ったが、辞めておく。考えてみればコイツにとって、曲がりなりにも初めての家族旅行になる――。そしておそらく今後もそんな機会が訪れ無い事を考えれば、安全な内は多めに見てやろうと思いなおした。


「優里と由夢で前の席に座れ、俺は隆二の隣に座っとく」


 一列2席の座席構成で、最後尾2列分が俺たち用の席に成る為、俺は警護のし易さから隆二の隣の席に座ることにした。


「私たちはどっちがどっちの席でも良いんですか?」


「好きにしろ」


 そう言うと優里は我先にと俺の前の席を取ると、早速前方から身を乗り出して俺に話しかけてくる。なお由夢は、長官から貰った冊子に夢中になっている。


「そう言えば兄さん、この列車ってどれ位で異世界の門を抜けるの?」


「はぁ……由夢の様に、長官から渡された冊子を読めと言いたいが、1時間くらいじゃなかったか?」


 そう言いながら冊子の予定表を確認してみれば、75分と書かれていた。


 かつて門は、出現した当初はむき出しとなっていたが、安全のためにもその周囲は固められた。その内二つの世界の国交が出来る様になってからは、異世界側と地球側の両方で線路を引かれ、駅舎と車両所が作られ列車の運航開始したのが今から2,3年前。

 

 近隣住民や異世界人の安全の為にもと、門は全てIODの基地内か、IODの基地から直通で移動可能な場所にしか存在しない。そのため、基地によっては門まで5分とかからない場所も有れば、新宿基地の様に長いトンネルを伸ばしたうえで、直通の列車を走らせているような事例もある。


「まぁどうせほぼトンネル内だから、外の景色を楽しんだりなんかは全くできないけどな」


「それ位は分かってます」


 そう言って小さく下を出したかと思うと、今度は冊子に書かれている内容を由夢と仲良さそうに話し始める優里。その姿は小説で書かれている修学旅行中の女子高生の様で、俺は安心すると共に胸の奥がチクりと痛む。


『何を優里さんの事を嘗め回す様に見てるんですか?』


「いんや、思わず昔の事を思い出してな」


 定刻を過ぎて動き出した列車に揺られながら、嘗ての記憶へ思いを馳せる。


 それは、ずっと自身の中で封じてきた記憶……13小隊に居たころの記憶。


 優里と俺が初めて出会ったのは、俺達の部隊が赤羽中将の護衛を引き受けた時に、宿舎内で酷くつまらなそうな顔をしたガキ――当時8歳だった優里を廊下で見かけた時だ。


 何て声をかけたんだったか……確か、「ガキの癖に死んだ様な目をしてるな」とでもいったんだったと思う。年齢に似合わず全てを諦観したような目で見るそのガキが、俺はどうしても許せなかったんだ――まるで昔の自分を見ている様だったから。


 それから俺は部隊の姉さん方や兄貴たち……そして、アイツと一緒に優里の下へ頻繁に会いに行くようになった。皆がコイツに構いたがった理由は――多分俺と同じだろう。アメリカ、日本、フランス、イギリス、スペイン、中国、ドイツ、ロシア……世界各地から連れて来られた俺達は、総じて親の顔も知らず、まともな人生を送ってこなかった。


 だからこそ俺達は同じような目をして居る優里を、見捨てて置くことが出来なかったんだろう。後はまぁあれだ……どうせ俺達は使えなくなったら捨てられる消耗品だったから、新たな物を作り出すことが出来る優里の圧倒的な才能に、心惹かれたんだろう。


――この子が何かを歴史に残した時、その記憶の片隅に自分が居たなら、この無意味な人生にも意味があったんじゃないか……そんな浅ましい感情だ。


 きっと優里もそんな俺達の浅ましい感情を知りつつも、親は居ても縋る物が無かった彼女は、俺達に懐いて来た。


 歪では有ったし、人数も多かったけど、それでもまるで家族の様な時間がソコには有った。


 数か月が経過して、俺達は赤羽中将の護衛から外された。アノ時はそれまで感情を余り表に出さなかった優里が泣いて、みんな驚いていたけれど、固く再開を誓い合って俺達は離れた……だけれど、その約束は決して果たされる事が無く、俺と優里が再開したのは、皆が死んだあとだった。


 その当時の事は輪をかけて思い出したくも無いが、アノ時優里から言われた言葉を、俺は一生忘れることが出来ないだろう。


――なんで皆を助けてくれなかったの?


――シュンだけが生きて帰って来る位なら、しんじゃえばよかったのに。


 気が動転していたんだろう、きっと本心では無かったんだろう、そう思いたいけれど、優里から告げられた言葉はずっと俺の頭の中でループし続けている。


「兄さん?」


 優里の声が聞こえて慌てて顔を上げて見れば、優里が不安そうな顔で俺を見ていた。


「どうした優里、酷い顔してるぞ。乗り物酔いでもしたか?」


 何時もの軽薄な笑みを顔に張り付け、彼女の前から逃げ出したくなる俺の心を必死に押さえつける。


「酷い顔してるのは兄さんの方だよ……」


 そう言って、優里が俺の頭に手を伸ばしてくる。


――ヤメテクレ


――オレニカマワナイデクレ


 思わずそう叫びたくなるが、相棒を握りしめて必死に自分を押さえつける。


『マスター……』


 相棒にまで不安そうな声を出させる自分に情けなくなるが、それでも頭の中のリフレインは止むことが無い。


「悪い、優里。ちょっと昔の事を思い出してな……列車降りたらまた普段通りに戻るよ」


俺がそう言うと、優里は俺の頭に触れていた手をビクリと跳ねさせ一瞬離したが、再度恐る恐る俺の頭に触れると、また撫で始めた。


「俺はお前の子供じゃないんだぞ?」


 やんわりと、苦笑しながらそう言うと、優里も俺と同じように苦笑した。


「不安そうな顔をしてる兄さんは、子供より放っておけないよ?」


「そっか?」


「そうだよ」

 

 小さく頷いて黙々と撫で続ける優里に、俺は暫くの間されるがままになっていた。

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