第5話 今日呼ばれた理由

「まず最初に、突然の連絡で申し訳なかった」


 そう言って長官が頭を下げたのを見て、俺は思わず苦笑いした。


「俺なんかに頭下げてるのを他の隊員に見られたら一大事ですよ?」


「これはあくまで、お前のかつての戦友としての誠意だ」


 真剣な声色で言い切り、なおも頭を下げ続けている長官に、俺は思わず頬を掻いた。


「そろそろ頭あげて下さい、元上官にそんな事されると背中がむず痒くなるんで」


「ふっ、お前がそんな玉かよ」


 頭を上げながらニヒルに笑う長官に、俺は思わず苦笑いする。この人はもう長いこと英雄として日本国中から祭り上げられ、IODの中でも指折りの権力を持ったというのに、性格がかつて戦場を共に駆けた時と何ら変わっていない。だからこそ俺はこの人を信頼しているし、退役してもこうして紆余曲折を経て軍に関わり続けている。


「とりあえず話戻しますけど、一体何があったんです?」


 俺に対してアノ頃の話をするのがどんなことか分かってる長官が、わざわざ連絡して来たんだから、ただ事では無いのだろう。


「信じられないかも知れないが、怒鳴るなよ?」


 そう前置きしながら長官はコーヒーカップを持って席に戻ると、机に広げられた資料の中の一つを対面の席に着いた俺の方に渡してきた。


「なになに……第13特殊実験小隊の血縁者発見とその取扱いに関する報告書ぉ?」


 余りに突飛な内容に、怒りよりも呆れが先だった。


「長官――アンタも13小隊のことは知ってるだろ、遺族なんてこの地球上に居るわきゃない」


俺の声に反応して、相棒もチカチカと光る。

『そうですね、これはいささか悪質な流言の類と思われますが?』


 何時もよりやや棘の有る相棒の声に、長官は諸手を上げて降参の意を示した。


「お前らの言い分は良く分かるし、俺も最初は疑ったがちゃんと読め。確かに、遺族が居ない事は嫌と言うほど確認してる」


 その言葉に引っ掛かりを覚え、改めて内容を読み進めていくと、ページ半ばほどに記載されていた内容に思わず目を見開いた。



「元第13特殊実験小隊の隊員たちは、戦争終結の立役者として、終戦後に世界各地で親族が存在しないか徹底的に調査されたが、存在しないという各国共通の見解が出されていた。しかし、日本が独自で継続調査を行っていた所、アメリカ出身のマイケル・ウィルソンの娘が存在していることが判明したっ……!?」



 余りに衝撃的な内容に声を上げて読み直してみるも、その後に記載されている記述は何れもマイクの娘であることを示す情報ばかりが連なっていた。


「こんな……マイクの娘が見つかったとなれば、アメリカが大々的に騒ぎ出して、今のIOD同盟国間のパワーバランスはまた崩れる事になるぞ」


 俺が口走った言葉に長官は深く頷き、両腕を組んで神妙な顔をしたまま口を開く。


「今は所謂、対外的な大戦の英雄って奴の知名度やパワーバランスは同盟国間で辛うじて取れている状況だが、ウィルソンの娘を抱えたとなればアメリカは一歩抜きん出ることになるだろうな……しかも、その娘が置かれた状況が最悪だ」


『異世界人とのハーフでかつ、下女として働かされている訳ですからね。戦争を起こすにしても、他国や異世界人を脅すにしても自由自在ですね』


 一緒に読んでいた相棒が酷く機械的な声でそう言った。


 そう、輪をかけて最悪なのはマイクの娘が異世界人とのハーフで、しかも虐待まがいの事を受けている節がある事にある。異世界人とのハーフ……彼らは、現状市井で暮らしている存在はいない事になっている。


 異世界人――エルフや獣人、吸血主などは有体に言って特に美形が多い。もしも彼ら、彼女らの尊厳を踏みにじって地球に住まわせていたとなれば、国際社会からも、異世界からも批判もを免れる事は出来ないだろう。


 故に、一部存在していたハーフと呼ばれる人々は、IODと異世界が明確な取り扱いに関する条約を決めたうえで、全てIODの直轄機関が教育を行い、定期的に各異世界人が視察に来ることを受け入れなければならない旨が明言されている。異世界側にしても同様で、ハーフと呼ばれる人々を父方、もしくは母方の種族に預けた上で適切な扱いを受けている事を、IODの調査員が視察することになっている。


 だからこそ、ただでさえ協定破りの扱いを受けているハーフが居るだけでも問題なのに、それが英雄の娘であったとしたらその反発具合は通常の比では無いだろう。最悪、アメリカが再度戦争を起こすと言いだしてもおかしくは無い。


「だからこそ我々は、アメリカが気づいていない今の内に、秘密裏に彼女を開放する必要がある。もう既に先方――エルフ族の族長とは話を付けているから、後は該当貴族の所へ救出に行くだけなんだが……」


「軍隊出してぞろぞろ迎えに行ったら、アメリカが気付かない訳ないわな」


「あぁ、送り込めるのは精々数名だろう。しかも軍人は異世界に入退国する際、厳しいチェックを受ける事になる」


 此処までの事とは予想していなかったが、だんだんと長官自身が態々電話してまで俺を呼び出した理由が明確になってきて、思わず頭を抱えたくなってきた。


「はぁ……要は俺に、その戦争の引き金に成りかねない任務を受けろって話か?」


「すまん」


 深く頭を下げる長官を見て、自分の頭を掻きむしる。


 心情的には戦友の……兄貴分だったマイクの娘を助けてやりたいし、虐待して来た人間達には腸が煮えくり返る思いだ。ただ、余りにも失敗した時――アメリカにバレた時のリスクが大き過ぎる。しかも、問題はそれだけに留まらない。


「そもそも他国からは死んだ者として扱われてる俺が、そんな注目を集めかねない事をしてバレたら2重で問題になるだろ」


 そう、俺は軍上層部の意向で今は身分を偽って生活している。俺を普通の退役軍人じゃない事を知っているのは日本では長官と、養父おやじを含めたごく一部だけだ。当然長官の秘書である七海さんも、俺が元13小隊の人間だった事は知らない。


「それは俺も思ったんだが……中将の意向でな」


養父おやじの?」


 日本で名実共に最も発言権が在る養父おやじが、なぜそんなリスクの高い事をしようとするのかが分からない。アノ人は実の娘である優里の事さえ、手駒としか考えてない節があるのだから。


「俺にもあの人の考えは分からないんだが……瞬には明日、アッチ側に行ってもらうことになる」


「明日ぁっ!?」


 余りに唐突な発言に、思わず甲高い声を上げてしまう。そんな無茶苦茶な……。


「いやだから、俺も無茶だとは思うんだが……同行者の日程が明日しか空いてないらしいんだわ」


「おいおいまた新しい情報出て来たぞ、同行者ってなんだ?」


『マスター、一旦落ち着いて下さい』


「……はぁ、で、同行者ってなんすか?」


 頭を抱えて突っ伏しながら俺が聞くと、長官はひどく申し訳なさそうな声を出す。


「お前の身柄がバレるのを防止するために、入退国の際にはある人物の護衛役として同伴して貰うことになる。基本的に日中はそっちの仕事をやってカモフラージュしつつ、準備出来次第、救出へ向かってほしい」


「無茶苦茶言いやがる……しかもバックアップも無しでとか、鬼の所業だろ」


 救出任務だけでも困難を極めるのに、日中は別の仕事をやりつつ何て、任務の難易度はあり得ないレベルだ。国内のあらゆる酷い部隊を渡り歩いた自信が在る俺をして、ベクトルは違えどこれは酷すぎる。


「いや、今回の任務ではバックアップを2人付ける……とは言え、戦闘要員を出すわけにもいかないから、実際の救出活動は瞬一人だけどな」


「2人?俺の知ってる奴っすか?」


「あぁ、しかもお前が元13小隊出身だって知ってる2人だ」


「おい、まさか……」


 そう言ったと同時に、タイミング良く扉をノックする音が聞こえて来た。


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可能であれば、本日中に後編もアップロードします。

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