第3話 スカイブルーの君 改稿

奴隷商人の館 大部屋


あれから、何日か経った。


「クロくんって、だいぶ言葉がわかるようになったよね?」

「努力したからな」


相変わらず馴れ馴れしい奴だ。

だが、もうすっかり日常になってしまったやりとりでもある。


訓練が一緒になる度に、その無邪気な笑顔で話しかけてくるのだ。

最初は無視していたが、そのうち返事を返すようになってしまっていた。


そして、それを楽しく思っている自分に気づいてしまう。

あとはご覧の有り様だ。


「すごい頭が良いんだね。商人さんのところに行けるかな?」

「…どういう意味だ?」

「クロくんは知らないのかな?ボク達みたいのは、誰かに買ってもらうんだよ」

「それは知ってるさ」


だが、この世界の習慣に馴染みのない俺は詳しくは知らなかった。


つまり、自分がこの先どうやって売られるのかだ。

裸で檻の中に、鎖で繋がれるのだろうか?


…想像しただけで、悪寒が走る。


「どうやって、買われるんだ?」


見た目だけは、絶世の美少女という自信があるのだ。

…生物学上は男だが。


「ええとねー」


そんな事を考えているとは知らず、彼女は所々、話が脱線しながらも答えてくれる。


要約すると、オークションと個別販売があるようだ。


そして、この施設のように教育を施されるのは、子供のみ。

成長の余地が少ない大人はすぐにオークションで売られるというのだから、厳しい世界だ。


個別販売は?といえば、顧客の要望に合致するか、高値がつきそうな者しか該当しないらしい。


「クロくんの可愛さなら、絶対お客さんが来てくれるよ!」

「…ははは」


この世界の常識で語る彼女に、苦笑いで返す。

そんな理由で個別販売に参加する客に、邪な気持ちを持たない保証はないのだ。

彼女は、大人の醜さを知らないのだ。


または奴隷という身分が珍しくもないこの国で、そういう扱いも、日常なのかもしれない。


貧しい村では、子供が当たり前のように売られていくらしい。


——彼女はそうやって、ここに来たと言っていた


そして、俺のように貧民街から来るやつも珍しくないそうだ。


確かに、あそこにいても、のたれ死んでいたから、強引な救済と言えば、救済なのかもしれない。


「ボクはね、剣士になりたいんだ。誰にも縛られない…自由な剣士にね」


そう呟いた彼女は、少し悲しそうに見えた。


…ここに自分の意思で来るやつなんて、いないからな。


俺は…。


「剣士っていうと冒険者か?」

「冒険者?…うーん?」

「魔物と戦ったりするんだろ?」


…叶うなら、冒険者になりたいとも思う。

夢の続きを、見たいのだ。


魔物がいる事は、訓練で知ったのだ。

魔法がある事も、この刻まれた奴隷紋が証明している。


ならば、冒険者ギルドもあるのだろうと思っていたのだが、彼女の反応を見るに、何かが違うようだ。


「魔物と戦うのかな?冒険者ギルドって、身分がない人が行く所って聞いたよ」

「身分か…うん?どうやって、身分を証明するんだ?」


俺の知識には、マイナンバーカード、運転免許証、戸籍と自分がどこの誰かを証明する世界があった。


「うーん、クロくんの話は難しくてわからない!」

「あぁ、例えば門にいる兵士が、どこの誰かって事」

「そんなの街の人が知ってるよ?」


…それはそうだろ。

 

思わずツッコミそうになるが、ぐっと我慢する。

彼女と俺とでは、常識に対する認識が明らかに違うのだ。


「その兵士の人が、他の街に行った時は?」

「知り合いがいない街なら、誰も知らないよ?」


何を当たり前の事を、聞くんだろうと返される。


「もしかして、普通の人って自分の街や村から出ない?」

「ボクの村は、他へ移り住む人はいなかったかな?」


やはり会話が噛み合わない。

…というか、前の世界の常識で話しているせいだろう。


だから、この国の住人になったとして考えてみた。


「もし俺が大人になって、誰も俺を知らない村に住もうとしたら、どうなる?」

「えー!?盗賊かもしれないのに無理だよー。クロくんって頭良いのに変な事聞くね」


ああ、なるほど。

…理解した。


身分を証明する後ろ盾がないから、そこに住もうとしたら、信頼から始めないといけないのか。


…となると、よそ者が仕事に就く事自体が、難しいのかもしれない。

 

彼女が言うように、盗賊かもしれないのだから。


「なるほどね。それで、剣士ってどうやってなるんだ?」

「傭兵団の見習いで買ってくれる人がいたらね。腕を磨いて独立するの!」

「傭兵が夢って事か」


スカイブルーの少女は、目を輝かせて「夢」を語る。


——羨ましいな


生きるのに精一杯だった俺に、いつしか夢は遠ざかっていた。


あの草原に降り立った時に感じた自由な風。

冒険の予感。


今の俺にはないものだ。


「領主様に雇ってもらって、いっぱい稼ぐ!クロくん頭良いから、雇ってあげるよー」

「はは、その時は、よろしく頼むよ」


だが、彼女を見ていると、忘れかけていた気持ちが湧いてくるのだ。


こんなクソみたいな夢で終わってたまるかと、心が叫ぶのだ。


…自由になりたい。


冒険者でも良いだろう。

商人に買われて、独立できたら、金を稼ぐのも良いだろ。


あんな貧民街で…こんな窮屈な館で生きるより、ずっとマシだ。


…力が欲しい。


…金が欲しい。


俺はその欲望を、まだ抑えつけていた。


 

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