夕陽だけが知っている

「おっ俺は……あれ? 何してたんだっけ?」

 警察官は、夕焼けの土手で目を覚まし、自分の腹の上に置かれた銃に気付いて、慌ててしまいこんだ。

 周囲には水たまりがあるし。自分の服も濡れている。

 そう言えば、雨が降りそうな空だった。確か、子供が迷子になっているのを見たような気がして、探しに来たんだった。でも……

「どうして寝てたんだ? こんなとこで……もしかして、熱中症か何かで倒れたとか……?」

 全然思い出せない。車を降りて、土手に来て……それから?

 戸惑とまどいながら、警察官は起き上がり、明日の非番は病院に行こうかなあと考えながら、パトカーに戻っていった。


「さすがはメロリ観音かんのん……記憶きおく丁寧ていねいに消していったか」


 その声は、川原の雑草ざっそうたちに、土手のアスファルトに、ゆるゆると流れる川の水流すいりゅうに、吸い込まれてひびくことはなかった。

 静かで、おだやかで、どこか楽しそうな声。

 真っ黒な着物姿の少年は、口元に笑みを浮かべ、優雅ゆうがに伸びた細長い指が、めがねをくいっと持ち上げた。


与次郎狐よじろうぎつねとメロリ観音かんのん……そして、目覚めた調伏師ちょうぶくし……! ふふ、これからが楽しみだ。ねえ、ミントちゃん」


 声の主は、着物をバサリとひるがえすと、夕焼けのあかに溶けるようにして、消えていった。

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