アヤカシ「カワグマ」

「ミント、大丈夫だった? なんだか光ってたみたいだったけど」

「う、うん。なんかスマホに不思議な力が入ってみたい」

 そう言って、もえちゃんにさっきのお花のアイコンを見せると、もえちゃんはすごく楽しそうな声になった。

「すごいじゃん! 何このアプリ? 何が起こるの?」

「え? やっぱり、アプリなのかな? まだ何もしてないんだけど」

「タップしてみたらいいじゃん」

「うううう……うん」

 ナツメさんまでもえちゃんと一緒に楽しそうにスマホをのぞきこんできた。

 え~? こわれないかな~? えいっ!

『………』

 あれ? 何も起きない? っていうか、画面が真っ黒になっちゃったよ!

「え? どうしたの?」

「なんか、何も起きないし、画面真っ黒になっちゃった!」

「普通に閉じれないのか?」

 ナツメさんに言われて、ホーム画面に戻る操作そうさをしたら、普通にホーム画面にもどった。

「うーん、ヨジローくんがスマホに入ってるときしか使えないとか?」

 もえちゃんが小首をかしげて言った。むむ。それはあるかもしれない。

「いいか、そろそろ行くぞ! 昨日の川だ!」

 いつの間にか道路の方まで移動してたヨジロウが、こっちに大声で声をかけた。

「わっ! 待ってよ~! 全然従ってなくない?」

「アハハ。ウケる」

 も~もえちゃんったらウケないでよ~。

 ヨジロウに追いついてから、みんなで相談して、ちょうどいいバスもないし、歩いて河川公園かせんこうえんに行くことにした。

 昨日の警察官けいさつかんさんに会いませんように……!



 四人でやってきた河川公園は、何だか昨日よりどんよりした雰囲気に見えた。ちょっと空がくもってきたせいもあるかも。

 ゴロゴロカミナリも鳴ってきてるし……ううう、何だか怖いよう。

「なあ、カワグマってどんなアヤカシなんだ?」

 ナツメさんが先頭を歩くヨジロウに声をかけた。

 ヨジロウは、ナツメさんの方をちらりと振り向いてから答えた。

「さっきも話したが、この川の底に住んでる。ときどき岸辺きしべにあらわれて、川をあふれれさせたり、近くにいる人間におそいかかったりする。戦国の時代にはとにかくじゅうを集めていた。あの頃はまだ、ただのいたずらみたいなもんだったんだがな」

 ヨジロウは、怒ったような表情になって川面をにらんだ。

「杏姫の遠縁とおえんにあたるサムライに、片腕かたうでを切り落とされてからアイツは、人を、らうためにおそうようになった」

「え……?」

 やだ、なんか本当にこわいんですけど!

「片腕を切り落とされた……?」

 ナツメさんの声が少しふるえてる。そう言えば、ナツメさんのお父さんは片腕を骨折したんだっけ。

「お前の父親をおそったのは、多分武器目当てだ。腕を引きちぎろうとしたわけじゃないだろう」

「やだやだ! もうこわいこわいよ~!」

 たえきれずに叫んじゃった。泣けてくるよう、もう。

 ヨジロウは、わたしの泣き言なんて完全無視かんぜんむしのおかまいなしで続ける。

「ヨジローくんって、もしかして前にもソイツに会ったことあるの?」

 わたしとは打って変わって、もえちゃんは興味きょうみしんしんで質問してる。

「ああ。昔、杏姫のめいで俺たち七式があいつを退治たいじした。退治したと言っても、消したわけじゃない。アヤカシは、殺すとか消すとか、そういうことができるもんじゃないんだ。アヤカシは、人間が存在する限り消えることはない。だから、調伏師ちょうぶくしがいる。アヤカシを、人の味方であるシキガミにできる、調伏師がな」

「じゃあ、カワグマは昔一回、ヨジローくんたちが倒したけど、また復活したってこと?」

「そういうことだ。ここ最近、この川があふれたことはないか?」

 この質問に、わたしは心臓が飛び出すんじゃないかってくらいドキドキした。

 したの、先月。そんなにひどいことにはならなかったけど、河川公園は完全に沈んだし、土手の上の遊歩道ゆうほどうギリギリまで川の水が来てて、すっごいこわかった。一応わたしたちの家にも避難指示ひなんしじが出たの。スマホから警報けいほうがいっせいになって、わたしはこわすぎてちょっと泣いたよ。

「ある! 先月ね。この公園なんて完全に沈んだよね」

 もえちゃんが、興奮こうふんして答えた。

「ね! ミント」

「う、うん」

「じゃあそのときに、多分復活ふっかつしたんだろ。復活してすぐ、やつは何か武器を探したはずだ。川辺かわべにいる人間から直接盗んでやろうとも思ったろうな。だが、時代が変わっていて、じゅうかたなも、持ってる奴なんていなかった。それで苦しまぎれにカマを持ってたお前の父親を襲ってうばったとか、そんなトコだろ」

 ナツメさんが、目を見開いてゴクリとつばを飲んだ。

「なんで、うちの父さんをねらったんだ?」

「単に近くにいたからだと思うぞ。お前の父親が、一番川の近くにいたんだろう」

「じゃあ、俺が見た、赤ずきんちゃんの幽霊は関係ないのか?」

「赤ずきん? だから何だそれは……」

 ヨジロウがナツメさんの方に体を向けたそのときだった――


 ザッバーーーン!


 大きな音と、見たこともないくらいの大きな水しぶきが上がって、大きな大きな影が、水の中から飛び出してきた。

「きゃああーーーーーーーー!」

 これはわたしの悲鳴。もえちゃんも悲鳴あげてたけど、きゃっくらいでした。

 影は、大きな大きな……くま? くまに見えなくもないんだけど……真っ黒な毛むくじゃらで体の姿かたちは確かにくまっぽいんだけど……でも、口が黄色いくちばしみたいになってる。なにこれ! 気持ち悪い!

『グウウ……ヨ・ジ・ロ・ウ……!』

 くちばしグマ、もといカワグマがうなるように言った。ヨジロウは、にやあって、あの、悪役あくやくスマイルを浮かべた。

「出たな。カワグマ」

「いやあああ~!」

「コイツがか!」

 わたしのおびえた声の後に、勇ましいナツメさんの声がした。

『オノレ……憎イ……憎イゾ、シキガミ……杏姫あんずひめェ!』

 低い低い、地鳴り《じなり》のような声。どうしよう、本当にこわいよ!

「どうしたどうしたカワグマよ。ずいぶん貧相な腕になったなあ」

 ヨジロウがすごい悪い声で、楽しそうに言った。あれだ……挑発ちょうはつってやつだ。ヨジロウの方が悪役に見えてきた。

 ヨジロウに言われて見ると、カワグマが振り上げた右腕は、肘から先にカマのような形の刃がついてる。けど、カワグマの太い二の腕に比べたら、すごく小さくて、いびつだった。

「あれ、もしかして父さんのカマか?」

 ナツメさんが、さすがに気味悪きみわるそうに言った。

「そうだ。アイツは、人間から盗んだ武器を自分の体にとりこむことで強くなるんだ。俺たちが七人がかりで封じたときは、腕以外にもあちこちに刀やら銃が生えてたぜ」

 ヨジロウは、カワグマから目をそらさないままでそう言った。

 そして――

「お前たち下がってろ。戦いになるぞ」

 ヨジロウが、すごく言った。

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