ただのケガじゃない?

 ヨジロウに言われるまま、河川公園かせんこうえんにやってきた。太陽がかたむいて、だいぶ空がオレンジ色になってきてる。

 引っ越してきたばっかりのころ、お母さんと一緒に、お休みの日によく遊びに来たっけ。

 公園って言っても、ただの広場になってるだけで、遊具ゆうぐらしい遊具ゆうぐがあるわけじゃないんだよね。ベンチがあるくらい。


「ここか……」

 ヨジロウはそう言いながら、どんどん川の方に歩いていく。

「あっ待ってヨジロウ! そっちは危ないよ!」

 河川公園はかなり広い広場になってて、その更に先に階段みたいになってる場所があって、それを下ると今度は石がたくさん転がってる川原かわらになって、そうしてようやく川の水が見えてくるっていう造り。

 年に一回くらい、大雨でこのベンチのところまで水位が上がるなんて、正直想像できないくらい広いんだよね。まあそのくらい雨がふると、うちなんてすぐ避難指示ひなんしじ出ちゃうんだけど。

 あの、スマホから鳴る警報けいほうの音、こわいんだよねえ。もうちょっとかわいい音になればいいのに。

 わたしの声なんてまるで聞こえてないくらい、ヨジロウはすたすたと歩いていって、もう川原かわらにたどり着いてる。

「もう、待ってよ~」

 必死においかけて、おそるおそる階段を降りる。実はこれ以上先に行ったことないんだよね。危ないから行ってはいけませんって言われてるの。特に、子供だけでは。

 ようやくヨジロウの、しゃがみこんでる背中が見えてきた。

「ヨジロウっ! 戻ろう! その辺危ないよっ」

 声をかけても、ヨジロウはこっちをふりむくどころか、返事もしてくれない。もう!

「何してるの?」

 おっかなびっくり、となりに立ってのぞき込むと、半分水につかった石を拾ってじいっと見てる。

においが残ってる……知ってる匂いだな」

「何? なんか言った?」

「おい、あの職人、何か道具を落としたとか、そういう話はしてなかったのか?」

「え? 道具?」

 急に何を言うんだろう。ていうか、それ、さっき言ってくれたら聞けたんじゃない?

「そんな話にはならなかったけど。明日、ナツメさんに聞いてみたらいいんじゃ」


「おーい! きみたち~!」

 突然後ろから大きな声がした。

 嫌な予感とともに振り向くと、階段の上から交番にいる警察官さんがこっちに向かって叫んでる!

「危ないから戻ってきなさ~い!」

 はわわわ……やばい……!

「はーい! すぐ戻りまーす!」

 わたしは全力の大声で返事をすると、ヨジロウの肩を叩いた。

「ヨジロウ! やばい! 警察の人来た! 戻ろう!」

 ヨジロウはなんだか心ここにあらずって感じで、ムスッとした顔のまま大人しく立ち上がって、わたしに着いてきた。

 警察官さんは、わたしたちが戻ってくるまで、ずっと階段の上で待っていた。

「だめじゃないか。川の近くは危ないよ。この公園は、ここの広場で遊ぶようにしようね」

「はい、ごめんなさい!」

 思いっきり頭を下げて謝るわたしのななめ後ろで、ヨジロウはまだ何か考え込んでた。

 警察官さんにひとしきり謝って、なんとか家や学校に連絡されるのはまぬかれた(そのかわり、河川公園を出て道路までずっと一緒だったけどね)ところで、ヨジロウが真剣な顔で言った。

「明日、あの職人の息子はお前と同じ学校とやらに来るのか」

「え? うん多分」

「なら明日、職人が川でなにか失くしものをしなかったか聞いてくれ」

「ええっ? わたしが? 二年生の教室はさすがに入りづらいよ」


 家の方向に歩き出しながらそう言ったわたしの肩を、ヨジロウが突然両手でギュウッとつかんできた。

「えっなになに?」

 ヨジロウの真剣な顔が、夕陽に照らされてオレンジ色になってる。

 なんだろう、急に。ドキドキするじゃない!

 こ、これじゃまるで、『王子さまはネコでした』の王子さまみたい――


「ミント」

「なな、何?」


「油揚げのためだぞ!」


「……はあ?」


 え? ちょっと、わたしの緊張きんちょうを返してくれる?


「何それっ……」


 わたしが言い返そうとした直後、ヨジロウはふわっと白く光りだした。

「頼んだぞ! ぜっっっっったいだぞ!」

 そう大声で言うと、すっかり光の玉になってしまい、すぐにスマホが入っているポケットの中に吸い込まれていった。


「もうーーー! 勝手すぎるーーー!」


 わたしの絶叫が、夕陽の空にこだました。

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