ヨジロウ少年現る!

 色白の肌に、まっ白な髪とつり上がった目。目のふちはほんのり赤くなってる。真っ白い学ランみたいな、テレビで見た軍人さんみたいな服に、足元はなんかお祭りのときにお神輿みこしをかつぐ大人の人たちがはく、ぞうりみたいなのをはいてる。

 そしてそして……白い髪の上にちょこんと乗った白い学生帽の両側に、ぴょこんと伸びた、三角の白いお耳と、お尻からのびる白いふさふさのしっぽ!

 ぽかんとしてるわたしの顔をじいっと見て、右の耳をピコピコさせた。


「まさか……ヨジロウ?」


「ふふんおどろいたか」


 おどろいたよ!

 ていうか、動物じゃなきゃいいって、動物よりやばいものになっちゃったじゃない!

 関係ない人が学校にいたら怒られちゃうし、先生に見つかったら何て言ったらいいわけ? おばあちゃん家の前で拾った不思議なキツネさんが、今目の前で人間になりました~なんて言ったら、わたし、変な子だと思われちゃうよ!

 誰かに見つかったら――


「ミントー! おーい! 次理科室だよ~!」

 わあああ! もえちゃんが来ちゃった!

「ま、待って~! 今行く!」

 言いつつなんとかヨジロウを隠そうとしたんだけど、ヨジロウはきょとんとして全然動いてくれない。

 口パクとジェスチャーでじたばたしても、全然伝わらない! どうしよう~!

「あれ? 廊下? そっちにいるのミント?」

「あああ……もえちゃん!」

 こうなったら!

 本棚の影から出ると、ガバッと思いっきり、もえちゃんをだきしめてしまった。

「ええ? ミント?」

「もえちゃん、大好き! お願いこのまま、このまま教室に戻ろう!」

「いや、何言ってるの? 王ネコごっこ?」

 あ、そう言えば、王子さまが主人公を守ろうとしてこんなことするシーンあったな……元のセリフは「このまま、このまま元の世界へ帰ろう」だった気がするけど。ちなみに「王ネコ」ってのは「王子さまはネコでした」の略ね。

「もう、ミントったら! わたしも大好き!」

 もえちゃんが、ハグ仕返してきて、うっかりわたしはよろけてしまった。

 もえちゃんが、わたしの肩から手を離して、顔を上げて――


「え? だれ?」


 終わった……!

 もえちゃんは、いつの間にか廊下の真ん中に堂々と腕組みして立っていたヨジロウを、しっかりと見ていた。

「ちち、ちがうのもえちゃん、この、この子はええっと……」

 昨日からわたしのスマホに住んでるシキガミなの! って言えたらどんなに楽か……。絶対言わないけど。

 わたしがおろおろ言い訳を考えている間、もえちゃんはヨジロウをじいっと見ていた。不審人物ふしんじんぶつを見る目っていうより、面白いものを見る目みたいな……。

「ちょっとイケメンだねえ」

 もえちゃん! 言うことそれだけ? そういうところ好きだけど。

「あの、この子はその、ヨジロウっていって」

「ヨジロー? 渋い名前!」

「わ、わわ、わたしの、そう! わたしのいとこなの! 昨日の法事に、遠くから来て。しばらくこっちにいることになって! ね!」

 もうこれしか思いつかなかった……でもとっさに出てきたにしては上出来じゃない?

 わたしはヨジロウの目を、必死に見つめた。空気読んで! いとこだって言って! お願い! って、目だけで伝わるとは思えないけど、必死に訴えた。

「? ああ」

 ヨジロウはわたしの顔がよっぽど怖かったのか、ちょっとびくっとしてから、困ったような声でそう答えた。よしそれでいい。

「へ~いとこ……でもその……耳? 帽子に付いてるの? しっぽも……」

 忘れてた!

「あああああのね! コスプレ! コスプレが趣味なの! 都会ってすごいよねえ! こんなリアルな衣装があるんだからね! ね!」

「は? こす?」

「ね!」

「あ……ああ」


 よし! そのまま合わせて!


「そういう趣味の人って普段着からそういう格好するの? すごーい!」

 もえちゃんは信じてくれたのか、目をキラキラさせてヨジロウに近づいていった。

「触ってもいいっ? お耳!」

「いや、やめてくれ」

「ええ~ケチ?」

 なんかもう仲良くなり始めてる?

「あ! ヨジロウ! この子はもえちゃん。わたしの友達なの!」

 だから絶対変なことしないで! ね!

「ミント、どうしたの? すごい顔してるよ?」

 はっ! しまった! 目で訴えてるのがもえちゃんにまで見えちゃった。

「あああははは……」

「それより、そろそろ行かないとまずいよ。ヨジローさんも一緒にいく?」

「おう」

「おうじゃないでしょ!」

 とは言っても、一人で帰ることもできないだろうし、なんとかスマホに戻ってくれないかしら。でも今もえちゃんの目の前で、光るヨジロウ玉になられるのも困るし~。

「うちのガッコ、のびのびしてるから。ミントのいとこだっていうなら、先生も同じ教室にいていいよって言うんじゃない? 次理科だし。理科の先生、ゆるいじゃんそういうとこ。いつだかノラネコ入ってきても平気で授業してたし」

 ヨジロウはノラネコじゃないんだけど……。そうか。そう言えば理科の先生もノラネコが教室に入ってきても全然気にしなかった。キツネのままの方がまだましだったかも。

「俺はネコじゃねえって言ってるだろ!」

 シャーッ! ってヨジロウの耳としっぽの毛が逆立つ。

 ちょっとやめてやめて~! 作り物ってウソついた耳とかシッポとか動かさないでお願い~!

「うわすご! 動くのソレ?」

「よよよよ、よくできてるよねえ、最近のって!」

 もえちゃんが耳やシッポに触ろうとするのを、ヨジロウは器用にスイスイよけている。

「まあとりあえず、行こう! 怒られないよ!」

 結局この後、ゴキゲンのもえちゃんと一緒に、ヨジロウを連れて歩いていたところを担任の先生に見つかり、邪魔じゃまをしないようにっていう約束で、理科室まで一緒に来てもいいというお許しをもらった。

 クラスのみんなの目線が痛かったあ……。

 過疎地かそちの中学校だからね、クラスも一クラスだし、二十二人しかいないし……。

 みんなヨジロウに興味しんしんだったけど、ヨジロウは五時間目にみんなに囲まれてびっくりしたのか、六時間目は図書室で待ってるって言って出て行っちゃった。

 みんながヨジロウに質問攻めしたり、耳やシッポさわろうとしたり、その度に必死にフォローしようとしてたから、ガスバーナー倒しそうになって先生に怒られたし。わたしも図書室に逃げたい気持ちだったよ。


 放課後、急いでもえちゃんと一緒に図書室に行ったら、ヨジロウは小上がりの畳コーナーの端に座って、徳川家康の伝記マンガを読んでた。

 なんだかすごく難しい顔をしてるけど。

「ヨジロウ」

 そっと声をかけると、ヨジロウが顔をあげた。

「終わったよ。行こう」

 ヨジロウは、きちんと本を棚に戻してからこっちに来た。

「おい、あれは何だ。徳川と書いてあるようだったから開いてみたが……どこに大権現殿だいごんげんどのが出ていたのだ? 後の代の話か?」

「え? 徳川? 徳川家康? 江戸時代の人でしょ? だいこん関係あるの?」

「だいこんじゃない、大権現だ、大権現殿。知らないのかお前」

「だいこんより油揚げだよ、ヨジロウ。もえちゃんがヨジロウの言ってた油揚げが売ってるとこ教えてくれるって!」

「何?」

 ヨジロウはパアっと目を輝かせて出てきた。

 作り物ってウソついたのに、耳としっぽがピコピコしてる……ううう~。

「それほんとすごいね~! 触らしてよ~!」

 ああ、もえちゃんその耳としっぽはもう気にしないで、お願い。

「あっ! そうだもえちゃん! 今日の昼休み、図書委員長の紫苑先輩にこえかけられたんだけど、もえちゃん知ってる?」

「知ってるよ! みんな知ってるでしょ。昔っから委員長とか、児童会議長とか、長がつくものは全部紫苑くんがやってたじゃん」

 紫苑呼び……! さすがもえちゃん……!

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