ヤンデレと植物魔法

 翌日、俺たちはルネアとともにサマルの町を後にした。元々ルネアは辿り着いて数か月ほどしか経っていなかったらしく、畑を除いては大した持ち物もなかったので身支度も早く終わっていた。公爵家から脱走するときも手持のお金を全て宝石に換えていたため、身軽だったらしい。


 色々なことがあったのですっかり数日経ったような気がしていたが、実は俺が町を離れたのは昨日のことだった。


「お、無事にシオンさん見つかったのか」

「良かったなあ」

「その美人さんは誰だ!?」


 俺たちが帰ってくるのを見た町の人たちは口々に声をかけてくる。俺は彼らにあいさつを返すが、ふと傍らにいたルネアを見ると少し脅えた様子を見せている。


 確かにこの町は魔物は襲ってくるし少し前まで治安が悪かったせいで男が圧倒的に多い上に、荒々しい風貌の者ばかりだ。男性恐怖症の彼女にとって、筋骨隆々とした男たちがたくさんいるのは恐ろしいのかもしれない。


「大丈夫?」


 珍しくシオンが心配そうに声をかけている。

 彼女もパーティーに裏切られた過去があり、人間不信のようなところがあるのでルネアの気持ちがある程度分かるのかもしれない。


「ええ、でもせっかく良くしてもらったのに申し訳ないわ。頑張らないと」


 そうは言うもののルネアの表情は優れない。


「悪い、彼女は長旅で疲れてるみたいだ。……とりあえずうちに来てくれ」


 幸い俺たちが使っている屋敷には空き部屋がたくさんある。俺たちはさっさとルネアを連れて屋敷へと戻った。


「すみません……」


 空いている部屋に彼女を連れていくと、ぐったりとした表情で彼女は言った。農業を手伝うと言ったのにこういう状態になってしまい罪悪感があるのだろう。

 仕方がないことだとは思う一方で、もしこの町で生きていくのであればある程度男にも慣れてもらわないと厳しい。


「多くの男性の方はそうじゃないと分かってはいるのに、男性に会うとどうしても公爵のことを思い出してしまって」

「なるほどな。何か方法を考えないといけないな」

「だったら私に考えがあります」

「何だ?」


 こうして俺はシオンと一緒にルネアの男性恐怖症改善策について話し合ったのだった。


翌日

「ルネア、今日は近くに生えている珍しい植物があるから薬草か素材に使えないか見て欲しいんだ」

「ええ」

「町の周りは魔物も出るし危ないと思うが、俺たちがも一緒にいるから大丈夫だろう」

「分かったわ」


 ルネアは俺に対しても完全に苦手意識がなくなっているわけでもなく、この町まで歩いて来る時も少し俺から距離をとって歩いていた。とはいえそれでも俺は最初に助けた縁があるからまだましなようだった。だから俺から慣れて欲しい。


 町を出ると、多少はましになったとはいえ低級の魔物がうろうろしていた。今も遠くにワイルドウルフが何匹か歩いているのが見える。

 そこで俺は尋ねてみる。


「ルネアはどのくらい魔法が使えるのか見せてくれないか?」

「分かった。ただ、私の魔法は荒れ地だとあまり強くないけど」


 そう言ってルネアは十メートルほど離れたところを歩くワイルドウルフを見つめる。

「アース・バインド」


 ルネアが唱えると彼女の体から魔力があふれ出し、荒涼たる大地に注がれていく。

 すると荒れ地に生えていたわずかばかりの植物がみるみるうちに成長しワイルドウルフの体に巻き付く。茶色くなって枯れる寸前のようにしおれていた草は伸びるにつれて青々しさを取り戻していく。


「すごいな……」

「元々植物がもっと豊かに茂っているところであればもっと伸びるけど、ここだとこれが限界だわ」


 ルネアの言葉が俺にはにわかには信じられなかった。

 ウォーン、とウルフは悲鳴を上げて身をよじるが、植物は鎖のような頑丈さでウルフを縛り付け、暴れれば暴れるほどウルフをいましめていく。


 埒が明かない、と見たウルフはガルル、と一際大きな唸り声を上げると自分の体にまとわりつく植物に牙を立てて食いちぎる。

 すると植物はぶつり、と鈍い音ともに噛みちぎられ、解放されたウルフは狂ったような唸り声を上げながらこちらに突っ込んでくる。


「セイクリッド・バリア」


 すかさずシオンが魔力の防壁を築く。ウルフは勢いのままにセイクリッド・バリアに衝突し、勢いよくその場に倒れた。


 それを見てオルネアが次の魔法を唱える。


「プラント・アロー」


 すると彼女の足元に生えていた草が矢のようにウルフの体に向かって飛んでいく。ブスッ、ブスッ、と立て続けに三本の矢がウルフの体を貫いた。


「ウォォォォォォォォォォォォン!」


 ウルフは一際大きな悲鳴を上げるとばたりと動かなくなった。


「思った以上にすごいな」

「そんなものかしら。私がやりたいのはあくまで農作物の研究だから」


 彼女は謙遜しているというよりは本心からそう言っているようだった。

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