第四章 学者ルネア

折れた牙と怪しげな依頼

「おいエルダ、最近は仕事がないんだ、飲み歩くのも大概にしろ」

「えぇ~? ゴードン最近そればっかじゃん。つまんないんだけど」

「まあまあ落ち着いてくださいよ二人とも。ほら、この仕事なんてどうでしょう?」

「うるさい! そんな報酬が安い依頼なんて受けられるか!」


 一方そのころ皇都では、Sランクの資格を喪失した金色の牙は険悪な雰囲気に包まれていた。ランクが下がったということは当然実入りのいい依頼は受けられない。

 しかもまだ幼い皇女相手に大人気なく本気を出した挙句、完膚なきまでに叩きのめされたという悪評まで立っていた。


 しかしそれでもゴードンは受ける仕事の報酬を妥協しないため仕事はなく、エルダも毎晩遊び歩いていた。

 そのためパーティーの資金は瞬く間に減っていき、こうして雰囲気も最悪になっていった。三人は冒険者ギルドの片隅で話していた訳だが、その一角には誰も近寄らない。店主も迷惑げに眉をひそめるだけだった。


「くだらないこと言っている暇があったらもっと俺が受けるにふさわしい依頼でも探すんだな!」

「は、はい」

「もういい、今日は気分が萎えた。出よう」


「ちょっといいでしょうか」


 こうして今日も何か仕事を受ける訳でもなく三人がギルドを出ると、現れたのは黒いローブをまとい、フードで顔を隠した見るからに怪しい男だった。


「何だ。しょうもない依頼には興味がない、失せろ」


 ゴードンは声を荒げるが、フード男は涼しい声で答える。


「いえ、ここでは詳しいことは明かせませんが、報酬の面で後悔させることはないとお約束いたします。これはほんの手付ですが……」


 そう言って男は懐から袋を取り出すと、中身をちらりとゴードンに見せた。その中にはぎっしりと金貨が含まれており、苛立っていたゴードンも思わず息をのんだ。これまで高額の依頼ばかり受けてきたゴードンも、手付でここまでの金額を提示されたのは初めてである。エルダとジルクも驚愕の表情で顔を見合わせる。


「と言う訳でもし興味があればついてきていただけないでしょうか」

「……いいだろう」


 ゴードンは金貨の袋をふんだくると二人の意見を聞くことなく頷いた。Sランクだったころの金色の牙であればギルドを通していない怪しい仕事を受ける必要はなかったが、今は真っ当な手段では高報酬の仕事を受けることは出来ないのでこうするほかなかった。


「ここは……」


 男が歩いていった先を見てゴードンは息をのんだ。皇都は国の中心であるためたくさんの高位の貴族が住んでいるが、その中でも特に権力を持っていると言われるモルドレッド公の屋敷が目の前にそびえたっていたのである。


 三人は息をのむと同時に納得した。公爵であれば報酬が多いのも頷ける。フードの男は屋敷の裏に回ると人目がないのを確認して裏口をくぐる。要するに貴族があまり他人に知られたくないことを頼みたいのだろう。何らかの後ろめたい内容が含まれることが予想されるが、三人ともそういうことを気にするたちではなかった。


 屋敷に入った三人は一室に通された。これまでも何度か貴族の依頼を受けたこともあるが、公爵位の貴族の屋敷に入るのは初めてだった。


「ではお待ちください」


 そう言ってフードの男は奥へ消えていく。


「この仕事大丈夫なんですかね?」


 三人だけになるとジルクが不安そうに言った。

 が、それをゴードンが一喝する。


「ここまで来ておどおどするな! 侮られるぞ」

「は、はい……」


 そこへドアが開いて一人の三十ほどの男が入ってきた。豪奢な服をまとっているがさすがに公爵本人ではなさそうだ。おそらく側近といったところだろう。戦闘や魔法の心得があるようには見えないが、取り繕った笑みの奥には油断のならない光が見える。


「本日はお越しいただきありがとうございます。私は公爵閣下の家臣のテスレスと申します。察していただいているかと思いますが、この仕事は内密でこなしていただきたいのです。もちろん報酬はそれを考慮したものになります」


 そう言ってテスレスはこれまでゴードンが受けてきた仕事の二倍近くの金額を紙に書いた。


「それで何をすればいいんだ」

「はい、我が家にはルネアという学者が仕えていました。閣下は彼女に大変目をかけて好待遇をしていたのですが、彼女はたびたび閣下に無礼を働き、数か月前にあろうことか脱走したのです」

「あの女か」


 ゴードンも一度だけ手に入れた素材を鑑定してもらったことがあるので知ってはいた。事務的な会話をしただけなので特に印象はないが、容姿は良かった。モルドレッド公爵は女に目がないという噂もあり、手を出そうとしたのではないかと想像する。

 公爵の方に後ろめたいことがないのであれば堂々と指名手配なり追手を出すなりすればいい話である。


「そのようなことを許しては伯爵家の沽券に関わります。我らも懸命に探したのですが、調べによると彼女はすでに辺境へと向かった様子。そこで是非彼女を連れ戻していただきたいのです」


 遠方であれば確かに伯爵家から追手を出すよりも冒険者に任せた方がいいだろう。


「しかし公爵ともあろう人が何で一学者風情に逃げられたんだ」

「彼女は魔法の心得もあります。大方それで兵士をたぶらかしたのでしょう」


 わざわざSランクの実力を持つ自分たちに依頼されたということはある程度の実力の持ち主なのだろう。


「なるほど、いいだろう」

「それから、彼女の死体を持ち帰った場合は報酬は大幅減額となりますのでご注意ください。ただし、五体満足であれば何をしても構わないとのことです」

「そうか」


 下衆なことだ、と思うゴードンであったがわざわざ口にはしなかった。


「ではこれまで私たちが調べた情報をお伝えします」


 そう言ってテスレスは伯爵家が収集した目撃情報などを話し始めるのであった。

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