ヤンデレと状況説明
「お前……こんなところで一体何をしているんだ?」
俺は思わずそう尋ねた。色々な最悪の予想をしていたが、目の前に広がっていたのはそのどれもの斜め上をいく光景だった。やはりシオンは俺の想像の範疇に収まる人物ではない。
倒れている人々の中央にたたずむシオンはゆっくりとこちらを振り向く。そして嬉しそうな笑みを浮かべる。
「もしかして……私がわずか半日外出していただけで心配になってきてくれました?」
何も間違っていないのだが、この光景を見るとそれを素直に認めるのも何だか腹立たしかった。これではまるで俺が過保護な父親のようである。
「心配は心配でもお前が暴走していないか心配だっただけだ」
「何にせよ、私のことで頭がいっぱいでいても立ってもいられなかったという訳ですね。ふふっ、オーレンさんが私のことで頭がいっぱい……ふふっ」
そう言ってシオンはにこにこと笑みを浮かべている。
敵地の真ん中だというのにリラックスしすぎではないか。
「それはいいからさっさと事情を教えてくれ。一体何が起こっているんだ?」
「仕方ないですね、その心配を晴らすためにも教えてあげましょうか」
なぜ上から目線なのかはよく分からなかったが、シオンは上機嫌で事情を説明してくれた。
怪しい男に声をかけられた後、シオンは少し考えたが、結局男からもらったメモにある場所に向かうことにした。確かに復讐の神から膨大な闇魔力を受け取ったシオンだったが、攻撃魔法以外の使い道はあまり分からない。もし他に有用な使い方が出来れば今以上に強くなれる。
そう思ったシオンはこの隠れ家にやってきて、この広間に通された。すでにここには他の信者も何人か集合していた。が、シオンはそこで黒ローブの集団の中にエレノアの姿があるのを見つけた。エレノアと言えば前にオーレンを誘惑しようとしたにっくき女である。男の言葉によると思い人の気持ちを意のままに操る魔法も使えるようになるかもしれないという。そんなものをエレノアが覚えてしまえば大変なことになる。これは阻止しなければ。
シオンはエレノアに声をかけて広間を出た。エレノアと戦ったのは深夜だったため、エレノアはシオンの容姿をよく覚えておらず、エレノアは素直についてきた。そこでシオンはとりあえず彼女がどうやって牢を抜けてきたのかと尋ねる。
「仲間の情報をしゃべる代わりに私を牢から出すよう頼んだらあっさりだったわ」
エレノアは得意げに語った。シオンは衛兵の寛大さに腹を立てたが、出てきてしまったものは仕方がない。万一エレノアが相手の心を自由に操る魔法を習得してしまったら問題である。その力を使って再びオーレンをたぶらかすかもしれない。
そう思ったシオンの行動は躊躇がなかった。すぐに闇魔法を放ってエレノアを倒す。まさか仲間になりにきた女に攻撃されるとは思っていなかったエレノアは不意打ちを受けてそのまま倒れた。
「いや、躊躇しろよ。一回帰ってきて俺に話すとか、衛兵に通報するとかもっとやりようはあっただろ」
俺は思わず突っ込んでしまう。というか、エレノアを見て一番最初に心配するのがそこなのかよ。俺を洗脳することよりももっとテロとかを心配すべきではないのだろうか。
「でも……あの女を見たら憎くて憎くて……最近オーレンさんが皇女ばっかり甘やかしていたから私不安になっていたんですよ? でも私がちょっとでも傍を離れると寂しくて探しにきてしまうほどだとは思いませんでした。とんだとりこし苦労でしたね」
そう言って彼女はてへっと笑う。
「いや、別に寂しくて探しに来た訳じゃないけどな」
「そうですよね、周りにこれだけ人がいたら本心を言うのは恥ずかしいですもんね」
「まあこいつら多分話聞いてないけどな」
倒れている者たちに意識があるようには見えない。相変わらずシオンの脳内は独特な世界観が形成されているようだった。
「ていうか何でこいつらまで倒れているんだ?」
「それはですね……」
そう言ってシオンは続きを話す。エレノアを倒したところでシオンは彼女が邪教徒だったことを思い出す。いや、そこは一番最初に思い出せよ、と思ったが彼女にとってはそれは些末なことだったらしい。
その後オルレアの体を調べると邪神ケイオスの紋章を隠し持っていた。やはりかと思ったシオンだったが、そこを通りかかった信者が見かけて声を上げた。こうなってしまってはもう仕方がない。シオンは広間に乗り込んで全員を黙らせたという訳である。
「お前、もう少し後先を考えてから行動しろよ」
とりあえず話を聞いて最初に思ったことがそれである。たまたま今回は敵を倒せたから良かったものの、倒れている邪教徒の中に手練れが混ざっていれば不意打ちを受けて殺されていた可能性もあったと言える。
「すみません、私心配かけてしまいましたね。今後は気を付けます」
「本当に気を付けてくれ」
いまいちシオンが本当に俺の言っていることを理解してくれているのか不安だったが、本当に気を付けて欲しい。
「でも心配させてしまったのは申し訳ないので今日はおわびに私が夕食の用意をしますね」
「いや、それはやめてくれ。今後気を付けてくれればそれでいいから」
そんな話をしていたときだった。
突然広間の奥の壁が開いて一人の男が現れた。しかも後ろからはどすんどすんという明らかに人間のものではなさそうな足音まで聞こえてくる。
「おいおい、うちの信者を勝手に薙ぎ払って、その場でイチャイチャするのはやめてくれないか?」
そう言ってやってきたのは黒いローブにケイオスの紋章をつけた男である。涼やかな声と優男の顔立ちにはカリスマ性のようなものが感じられなくもない。こいつが教祖だろうか。
そしてその後ろからは三つの首を持つ巨大な体躯の犬がのしのしと歩いてきた。
ケルベロス。基本的に邪悪な魔術によってしか発生しないと言われる最低でもAランク以上の危険度を持つ魔物である。
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