シオン Ⅱ
「力が欲しいか?」
この時シオンは思った。これまでジャスティンの理想に沿うような世界になればいいと信仰を続けてきたが、正義神と言っても結局はこのようなクズみたいな奴らを平気でのさばらせている。馬鹿を見るのは自分のような善良で運が悪い者だ。
そんな不満が急速に芽生えてきた。頭の中の声はシオンになおも語り掛け続ける。
「所詮ジャスティンは悪を滅ぼすことが出来ないし、秩序を乱すという勝手な理由で復讐も禁じている。わらわを信仰すればおぬしに気に入らないものを滅ぼすだけの力を与えよう」
ヘラが語り掛けてくる間もガーゴイルの攻撃はやまない。
ジャスティンの魔力では攻撃を防ぐことや回復することは出来ても、ガーゴイルを倒すことは出来ない。このまま戦い続ければいつか魔力がきれてしまう。
逃げようにも、移動速度で完全にガーゴイルに劣っている。どの道このまま死ぬというのであれば、一か八か。
シオンは決断した。
「分かりました、あなたを信仰します」
「ならば力を与えよう……おお、すごいここまで適合した者は初めてだ。無尽蔵に魔力が流れていく!」
するとシオンの体内に急速に力が満ちてくる。今までとは真逆の闇の魔力だ。すぐにシオンは魔法を使おうとした。
が、ただでさえガーゴイルの攻撃で疲弊しているところに大量の魔力をいきなり与えられたシオンは、湧き上がる魔力がうまく制御出来なかった。
「うっ……」
魔法を使おうとしたシオンは体中を駆け巡る魔力により高熱が出たときのようにうなされて意識がもうろうとする。
ただでさえ手ごわいガーゴイルの攻撃をそのような状況で防ぎきれる訳もなく、シオンは攻撃を受けてその場に倒れる。
「せっかく最後のチャンスだと思ったのに……それすらだめなのか……」
シオンが諦めかけた時だった。
突然、遠くから知らない声が聞こえてきた。
「俺がこいつらと戦う! だから安全なところに逃げろ!」
そこへ現れたのがオーレンだった。
捨てる神あれば拾う神あり、ついでに捨てる冒険者あれば拾う冒険者ありとでも言ったところだろうか。
シオンは砂漠でオアシスを見たような気分だったが、まともに会話するほどの余裕もなかったので、よろよろとその場を離れていく。
その後のことは飛び飛びにしか覚えていない。オーレンは自分を必死で助けてくれたが、パーティーメンバーの彼に対する扱いは酷いものだった。それでもオーレンの必死の説得でどうにか回復魔法をかけてもらったシオンはそこで気を失った。
翌日目を覚ましたシオンは昨日のことを思い出して怒りに震えた。自分が見捨てられたのはまだ許せるが、なぜ助けてくれたオーレンがパーティーを追い出されなければならないのか。怒りと同時に申し訳なさのようなものも込み上げてくる。自分を助けさせてしまったために入っていた彼はパーティーを追い出されてしまった。このようなことを許せる訳もない。
幸い、一日休んでいる間に神からもらった新しい魔力は体に馴染んでいる。そこでシオンは驚くほどあっさりと復讐を決意した。“金色の牙”はSランクパーティーというだけあってすぐに所在は分かった。
今はとある飲み屋にいると聞いたので行ってみると、彼らはオーレンを追い出しておきながら呑気に酒を飲んでいた。会話までは聞こえてこなかったが、彼らが陽気にはしゃいでいるだけでシオンの胸には怒りが込み上げてくる。
「やはり奴らは生きている価値のないクズ……オーレンさんは優しそうな方だから復讐などは望まないから、私が代わりに粛清しないと」
そこへたまた魔術師の女が飲み屋の裏口から一人で出てくる。それを見たシオンは千載一遇の好機と確信した。魔術師の女はほろ酔いでお手洗いを探していて、シオンのことは通行人の一人としか思っていない。
「エターナル・ダーク・フォース」
すぐにシオンは闇の魔力を集める。その膨大な魔力の気配にエルダはぎょっとした表情で振り向く。
「マジック・シールド!」
そこはエルダも熟練の魔術師、とっさに防御魔法を展開する。
しかしシオンの闇の魔力は防御魔法をたやすく打ち抜き、ドカン、という音と共にエルダの足元に着弾する。その衝撃を受けてエルダは数メートル吹き飛ばされる。
その音を聞きつけてゴードンとジルクも飲み屋を出てくる。さすがにシオンも三対一となると分が悪い。それに手に入れたばかりの魔力はまだうまく扱えない。やむなくシオンはエルダの髪飾りだけを拾ってその場を離れたのだった。
その後シオンはオーレンの元に赴いた訳だが、彼と話すうちに彼女は確信した。自分のせいでパーティーから追い出されることになったのは申し訳ない部分もあるが、あのようなクズどもの元を離れて自分と一緒になったのはオーレンにとってもいいことだと。
シオンはオーレンの無窮の愛を持っているが、世の中の人たちはいかに彼の好意や強さを利用するかしか考えていない。そんな腐った世の中から自分こそが彼を守らなければ。次第にシオンはそんな風に思うようになった。
もっとも、そういう理屈とは関係なく彼が他の女と話していると言いようのない殺意が湧いてくるというのもあったが。
そしてうまくオーレンと辺境に行くことになったシオンはうまくいったと思った。ここならオーレンを利用しようとするほどの大した悪人はいないし、治安が悪いため彼を誘惑するような女もいなさそうだ。女がいるとしても、大体色気のかけらもない冒険者か、男冒険者の妻である場合が多い。
が、そこに突然やってきたのがオルレアである。皇女なのに城を飛び出すという奇行の主ではあるが、高貴ながら愛嬌のある見た目、そしてオーレンに比肩する剣の腕を持っている危険な人物だった。特に二人が手合わせしている時の第三者が入っていけない空気はすごかったし、別れの時もまるで最愛の恋人が別れを惜しむような雰囲気(シオンの主観)が漂っていた。
「どうしよう、とりあえず今回は帰ってくれたけど、もしまたどこかで再会したら。もしくはオーレンさんの評判を聞いて他の女がやってきたら……」
パーティーに見捨てられて以来気持ちの浮き沈みの激しいシオンは、歩きながら一人で思い悩んでいた。
「しかも私ってこんな面倒な性格だし、見捨てられないといいけど」
「あなたがシオンさんですか」
そんなふうにシオンが思い悩んでいると突然、黒マントにフードを被った怪しげな男に声をかけられた。初対面なのに自分の名前を知っていることにシオンは警戒感を強める。
「あなたは一体誰ですか」
「僕は復讐神ヘラの教会の者です」
そう言って男はヘラの紋章を見せる。とはいえシオンはヘラを信仰する者があまり信者同士で仲良くするという話を聞いたことがなかった。ヘラの信者はそれぞれ個別に復讐や修行の人生を送っているためである。
「何の用?」
「あなたはシオン様ですね。その実力はかねがね聞いております。私たちはヘラ様の魔力を持つ者のみが使える新しい魔法を発明したのです。そこで是非大量の魔力を持つシオン様に来ていただきたいのです」
「どんな魔法?」
警戒しつつもシオンは尋ねる。
「例えば他人にかけて意のままに操る、とか。これをかければ捕まえた敵から話を聞きだすことから意中の人の気持ちを自分に向けさせることまで思いのままです」
男は少しだけ得意げに言った。
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