ヤンデレと皇女 Ⅰ
王都でそんなことが起こっているとは全く知らない俺は冒険者たちに持ち帰らせた竜の鱗を鍛冶師の元に持っていった。
「まさかこの手でレッドドラゴンの鱗を加工することが出来るとは……長生きしていて良かったぜ」
鍛冶師のグランドは今年で五十になる年寄りだ。大部分の住人が歳をとる前に死ぬか去っていくこの町ではガルド老人と並ぶ高齢者だ。今後は年老いた人でも平和に暮らせる町になってくれるといいのだが。
「これまでで加工した一番の魔物は所詮ワイバーンだったからな。腕が鳴るぜ。Sランク級の装備を作ってやるから任せておけ」
「期待しているぞ」
竜の鱗は硬度がえげつないので薄く加工してもかなりの防御力が残る。そのため分厚いまま使って重装鎧にすればどんな攻撃も跳ね返す鉄壁の鎧になるし、軽装鎧にすれば動きやすさを重視したままそこそこの防御力を保持することは出来る。
特にシオンは力はあまりなく重い鎧をまとうと動きが遅くなってしまうので、この鱗で防御力を上げられると俺としても安心できる。
「うふふ、同じ竜の鱗で出来た防具を身に着けるなんてずっと繋がっているようなものですね」
「そういうものか?」
相変わらずシオンの感性はよく分からない。
鍛冶屋を出ると、ふと町の方で人だかりが出来ているのが目に入った。狭い町なので人が集まっているとすぐに分かるし、どこかで揉め事が起こると結構町中に知れ渡ってしまう。
今度は何だろう、と思っていると動揺した顔の男が人だかりを抜けて俺の方へ走ってくる。
「オーレンさん、何かオーレンさんを探しにきたとかいう人が来たんだが……」
男は少し困ったように言う。わざわざ俺を探しにくる人にそもそも心当たりがないが、困るというのは一体誰だろう。ゴードンだったら面倒だ、とは思うがあいつは銅貨一枚の得にならないのに俺を追いかけてわざわざ辺境に来るようなやつではない。
が、その言葉を聞いたシオンの表情がすっと変わる。
「男ですか女ですか」
最初に気にするのそこかよ。
俺は揉め事じゃないかと真面目に心配してたんだが。
「お、女だが……」
男もシオンの不穏な雰囲気を察したのか、後ずさりながら言う。
が、シオンはすっと手を伸ばして男の胸倉を掴む。横から見ていても正直怖い。
「誰ですかその女は。もしや過去の女ですか」
「お、俺は知らねえよ……ただとんでもなく強いってだけだ」
「おい、あんまりそいつを脅してやるな」
男は可哀想なことにシオンが放つ負のオーラにすっかり怯えてしまっている。シオンが胸倉から手を離すと糸が切れた人間のようにその場に座り込む。
今度はシオンはゆっくりとこちらを向く。
「過去の女がいまだにオーレンさんのことを忘れられずに追ってきているのですね」
「いや、俺に過去の女なんていないが」
冒険者という職業柄、一か所に留まり続けることが少ない上に長期の遠征などがあれば会えなくなってしまう。だから俺はしばらくの間は彼女を作る気はなかった。
「なるほど、つまりオーレンさんと付き合っていたと思い込んでいる哀れな女ということですね」
シオンは氷のような表情で言う。
「いや、そうと決めるのは早いんじゃないか?」
早くも俺は嫌な予感がしてくる。シオンだけでも持て余し気味なのにさらに面倒ごとを持ち込むのはやめて欲しい。ただの昔の依頼主とかだったらありがたいのだが。
しかし俺の願いはあっさり裏切られることになるのである。
人だかりをかき分けて現れたのはある意味国で一番面倒な(立場の)人物だったからだ。
「おぬしがオーレンか」
やってきたのは俺より少し年下の少女であった。旅用の動きやすい恰好をしているが、その表情はどことなく高貴さを感じさせるし、腰に差している剣はパッと見ただけでも業物だと分かる。
何より、その体から感じられる魔力の量はすさまじいものであった。正直、ここまでの魔力の持ち主はゴードンぐらいだろう。
一目見ただけで俺はただものではない雰囲気を感じてしまう。
「そうだが、お前は一体誰だ」
「私はオルステイン皇国の皇女オルレアだ」
嘘だろ、とその名を聞いて俺は驚愕と困惑が同時に押し寄せる。
当然ながら俺はこれまでの人生で皇女とは会ったことすらないし、わざわざ会いに来られるような心当たりもない。
「なるほど……皇女の名をかたってオーレンさんを誘惑するとは、不届きな女ですね」
シオンの思考は一周回って常識的なものだった。確かにこんなところに皇女が俺を探しに現れると考えるよりも、誰かが皇女の名を騙っているという可能性の方が高いだろう。
「ほう、おぬしもなかなかの魔力の持ち主であるな」
「残念ながらオーレンさんを誘惑するならまず私を通していただかないと困ります。ダーク・バインド」
いきなりシオンは魔法を唱える。
「おい待て、もし本物だったらどうするんだ!」
最初に使うのが攻撃魔法でないあたり成長しているのか、と思いつつ俺は慌てて止めに入るが時既に遅し。
シオンの手から漆黒の魔力があふれ出し、オルレアに迫っていく。するとオルレアは目にも留まらぬ速さで剣を抜く。
「魔封斬」
オルレアが剣を振るうとたちどころにシオンの魔法は消滅する。
「これで信じてくれただろうか?」
そして俺はその剣に刻まれている皇家の紋章を見てようやく彼女が本物であることを悟る。そして皇女殿下は卓越した剣技の持ち主で膨大な魔力を持っているという噂も聞いたことがある。どうせ皇族だから誇張されているのだろうと思ったが、どうやら本当だったらしい。
本物のようだと分かると全身から嫌な汗が噴き出してくる。
「おい、お前今すぐ謝れ。一体なんてことをしたんだ!」
「き、聞いてないですよ! 過去の女が皇女様だなんて!」
シオンはシオンで思わぬ展開に動揺しているが、相変わらず認識は歪んでいる。
まずい、魔物相手ならどんな強敵が相手でも負けるつもりはないが、相手が国では倒す訳にもいかない。しかも今回の件については明らかにシオンが先に手を出してしまっている。しかも反省していない。
そんな俺たちの動揺をよそに皇女は話を続ける。
「オーレンよ、噂に聞いたがおぬしは相当の使い手のようじゃな。私は自分よりも強き剣の腕を持つ者を探しておる。一度勝負してみないか?」
「いや、しかし……」
ただでさえシオンが勝手に手を出してまずい状況だというのにこの上俺まで皇女と戦ってしまっては本当に二人の首が飛びかねない。
そんな風に逡巡する俺に皇女はニヤリと笑って告げる。
「もし私に勝てばそちらの女の罪は不問にしてやろう」
それを引き合いに出されると俺からは退くと言う選択肢はなくなってしまう。
「分かった、受けて立つ」
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