第7話 僕と記憶とあの少女

 ショートホームを終えた教室は再び雑音で満ちていく。掃除当番の人はすぐに机を動かして掃除を始めていた。部活に行く人はさっさと荷物を背負って飛び出して行った。僕もすぐに帰りの支度を始めていると


「すまん、雄馬ゆうまぁ! すぐに部室に行かねぇと恵佳けいかに怒られちまう。例の件はまた明日でもいいか?」


 慧悟けいごは既に鞄を背負っていて、焦った表情を浮かべて小走りで僕の方へとやって来てそう言った。


「ぜんぜんいいよ。むしろ急なお願いだったから僕の方こそ」


 もともと彼は部活があったはずなのだ。それを切り上げて僕の用事に付き合ってくれていたのだから、これ以上引き留める理由もないだろう。何より相談に乗ってくれたのは向こうなのだから、強制するものではない。

 じゃあな、と右手を挙げて叫びながら慧悟は走って教室を出て行った。

 僕は特に部活動には入っていないからああいう感じは経験したことがないな。憧れはないけれど、情熱を持って何かに打ち込むというのはいいことだと知っている。まぁ、僕は本を読むことくらいしか集中できるものがないんだけどさ。

 そろそろ僕も行かないとな………。

 ふと周りを見ると、過半数の者はもう帰宅するか部活に行くかでいなくなっていて閑散としていた。残っている数名も今日の復習かはたまた明日の予習でもしているのか、既に黙って勉強していた。勉強の邪魔をするのも悪いし、すぐに教室を出るか。

 いつもの僕ならばこの過半数の流れに乗って真っ直ぐに校門を出るはずなのだけれど、今日はそういうわけにもいかない。

 あの女の子をなんとかして捜さなければならないのだ。

 クラスも名前も知らないどころか、何も知らない。他の特徴といっても後ろ姿ぐらいしか視ていないのだからどうしようもないのだけど。

 強いて言えば、制服がこの学校の女子のものだったということだけだ。だが同じ学年なのかはわからない。もしかしたら先輩なのかもしれないし。

 まったくもってわからないことだらけだ。この圧倒的情報不足の状態でどうやって探し出すのか。

 はっきりいって不可能だ。なんて諦めてしまうのは簡単だろう。

 どうしてもやると決めたのだから、最後までその選択は取りたくない。

 歩きながら考えていたので、階段に差し掛かったところで思考を一時的に中断する。

 そこで目の前に階段を降りていく一人の女子が見えた。

 ん? なんかどこかで視たことあるような……?

 流れる黒髪。ロングのストレートが段差ごとに揺れ動く。僅かながらに毛先にウェーブがかかっている。そして、その根元は赤いリボンで結ばれていた。


「あっ………」


 無意識のうちに声が出てしまう。動かそうとしていた足を止めて、その姿を目で追ってしまった。

 なぜならそこに僕の捜していた相手がいたから。

 今朝視た後ろ姿と全く同じ出で立ちがそこにあった。颯爽と歩く姿が記憶の中の少女と一致する。

 とっさのことで呼び止めることもできず、やがて彼女は僕の視界から消えてしまった。しばらくの間、呆然としていた。姿が完全に消えてしまってだいぶ時間が経ってから、ようやく自分が何をしているのかに気づいた。

 ま、まずい! 追いかけなくては!!

 階段を一段飛ばしで駆け下りてそのまま玄関へと向かう。ロッカーにはそれらしい人影が見えなかったので、すぐに靴を履き替えて校門へと足を運んだ。あまりに急いでしまって焦って、ロッカーにうち履きを入れるのに手間取ってしまった。


「いた………!」


 彼女は既に校門を出たところだった。

 やっぱり引き留めるつもりなのになんと言えばいいのかわからずに見送ってしまう。結局僕は彼女の帰路について行くことになったのだった。




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