第8話 カエルモノ

「────太陽ッス」


 空を見上げながら思わず呟く私。


 およそ四年ぶりの青空と太陽に感動してるッス。


 世界夜セカイヤでは夜だけッスからね。


 日差しの明るさはまぶしく新鮮。


 同じくビルが建ち並ぶ街なみッスが、全然違う。


 そんで、明るいとよけい夏の暑さが感じられるッス。


 ────八月十二日、朝の八時。


 二十歳になった私は、帰ってきたッス。


 都市神とししんとの約束どおり一億神貨いちおくしんかを貯めて、私が無害である保証をもらっての結果ッス。


 これは一億神貨と引き換えではなく、事が保証書代わりになるんで、そのままッス。


 つまり、そんだけ神様に貢献した人だってわけッス。


 ────おっと、ひたってばかりいられない。


「いくッスよー」


 自分に言い聞かせ、いろいろとお世話になったイワリザクラに一礼し、私は歩きだす。


 中央通りをそのまま歩くのも手ッスが、やっぱり思い入れがある大通りを行くッス。


 すれ違うスーツ姿の大人たち。


 まあ、出勤の時間ッスからね。


 当然ちゃ当然なんッスが、なんか緊張するッス。


 人間ッスから。


 で、見られてる……。


 いまの私は金髪キンパのツインテールに、赤の見せブラから白の開襟ワイシャツ、紺のミニスカート、ショートブーツ、てな格好ッスからね。


 露出が多くて、お兄さんやオジサマ方が喜ぶだけじゃなく、ふつーに派手。


 世界夜では見向きもされなかったッスが、ちょっと恥ずかしいッスね。


 私は急いで大通りへ向かう。


 こちらにも人はいるッスが、まだましッス。


 ちらほらと本日の開店準備している店員さんがいるくらい。


 飲食店を中心とした通りッスからね。


 ご苦労様です。


 ……。


 世界夜のこの通りで何体、夜獣やじゅうを倒したッスかね。


 パイソンやハローの他にも、いろいろスピールを使って戦ったッスね……。


 イブさんヤエさんとこに置いてきたんで、いざとなればそれを使うッスが、そうならないことを祈るッス。


 ────大通りを抜け、信号待ちをする私。


 そして同じく信号待ちをする大人たちに見られる私。


 なんか、それよりも自分がことに不思議な感じがするッス。


 四年間まともに守ってなかったッスからね。


 と、青信号ッス。


 足早に歩き出す私。


 見えてくる歩道橋。


 小さい頃はあえて通ったりしたッス。


 今日は通らないッスが、後で通ってみるッス。


 道なりにまっすぐ進んで見えてくるのが強運橋。


 白っぽい色をしたアーチ構造の形が相変わらず特徴的ッスね。


 長さがだいたい八十メートルくらい。


 ここにもいろいろ思い出があるッスが────。


 私はさらに足を早めて進む。


 学生さんたちは夏休み。


 せいぜい部活へ向かうくらいじゃないッスかね。


 この時間では、ほとんど見かけないッス。


 かつて私がいた高校の制服を着た子がいたッスが、いま、それはいいッス。


 そんで正面に見えてくるのが、M駅。


 県庁所在地にある駅であり、新幹線の停車駅であり、十線まである在来線の停車駅でもある、三階建てのめっちゃでっかい駅ッス。


 空母って思うのは私くらいッスかね。


 一度、地下通路に入って駅へ向かい、再び階段を上がって外へ出る。


 M駅前、たきの広場。


 文字どおり、三メートルくらいの壁面から滝のように水が流れている広場ッス。


 待ち合わせとしても使われている場所。


 ────ここへ来る前、文姫ふみひめさんの力を借りて夢による伝言をしていたッス。


 それを信じてくれれば、二人はいるはずッスが……。


 !


 行きかう人々がいる中で、伝えたとおり、滝の前に一組の母子が待っていたッス。


 間違い、ないッス……。


 ……。


 思わず駆け出す私。


 向こうも気づいて駆け寄る。


 手の届く距離で止まり、顔を見合わせる三人。


 ────四年ぶりの再会。


 ああ……。


 背が高くなったッスね。


 ちょっとシワが増えちゃったッスね。


 でも……。


 でも……。


 でも……。


 雰囲気が全然かわってないッス……。


「おかえり、姉ちゃん」


「おかえり、彩」


「ただいま……、映二……、母さん……」


 泣き叫ぶ私。


 抱きとめる映二と母さん。


 私は帰ってきたッス。


 本当に。


 いま。


 家族のもとに。


 帰ってきたッス。


 本当に……。


 本……、当……、に……?


 ……。


 ……。


 ────あれ?


 ────銃声?


 力が入らない。


 私……、倒れてる?


「姉ちゃん!」


「彩!」


 大声をあげて私を抱き起す映二。


 心配そうに私を見る母さん。


 ……。


 なんかお腹が痛いッス。


 血……。


 見ると私のお腹のど真ん中に一センチくらいの穴が開いて血が流れてるッス。


「姉ちゃん、しっかりしろ……。姉ちゃん!」


 映二が声をかけ、母さんがハンカチで傷口を抑える。


 はは……。


 全然、力が入らない……。


 血が止まらない……。


 ────向こうに銃、いやスピールを構えるスーツ姿の中年男性がいるッス……。


 回転式と自動を足したような、実弾も発砲できるスピール。


 それを持つあの人は……、高介氏。


 なぜあの人がここに……。


 しかも構えている方向は、さらに離れたところにいる、若い男の人の方。


 その人、Tシャツにジーンズというラフな格好をして、右手から血を流してるッス……。


 その横に一メートルくらいある、でっかいかえるみたいな魔獣がいるッスが、高介氏がスピールからの魔法で消滅させたッス。


 同時に若い男の人も拘束魔法を受け、魔法のロープで全身を縛り上げられて倒れたッスね。


 どうやら魔法犯罪者のようッス。


探理官たんりかんです。そこをどいてください!」


 高介氏を見ていたら、身分証を提示しながら女の人が現れたッス。


 年は私より少し上くらい。


 高介氏と同じくスーツ姿。


 サングラスをかけ、両手に白い手袋をしているッス。


 彼女はそのまま傷口へ右手をかざしたッス。


「うっ……」


 パワーを受け、思わず声を出す私。


 魔力や気とも違うパワー。


 タタカイノキオクから分かるかもしれないッスが、なんか思考がうまくまとまらなくて、答えが出てこないッス……。


 でも────。


 血はピタッと止まり、そこからみるみる回復していったッス!


「これで大丈夫よ」」


 彼女が言うとおり、痛みは消え、傷口は何事もなかったように、きれいさっぱり無くなったッス。


「さあ、立ってみて」


 私が目で合図すると、映二はそこから抱え上げるようにして私を立たせたッス。


「全然、何ともないッス……」


「でしょ?」


 そう言って彼女は右手でグッドの仕草をしたッス。


「魔獣の違法所持で逮捕しようとしていたんだけど、容疑者が魔獣を使って水弾すいだんを放ったの。それをあなたが受けた」


「……」


「次長が実弾を撃って阻止しようしたんだけどね。ごめんなさい。痛かったでしょう?」


「いや、もう平気ッス」


 私が答えると、彼女はうなずきながら名刺を出したッス。


「何かあったらここに連絡ちょうだい。わたしはにお仕置きするから。では」


 名刺を手渡すと彼女はそう言い残して、拘束された犯罪者と高介氏のところへ行ったッス。


 犯罪者は別の探理官が連行し、専用の護送車に乗せられたッスが────。


 彼女、高介氏に『気をつけなきゃダメでしょ』のセリフが聞こえてきそうな感じでお説教をしてるッス。


 その姿はまさに父と娘。


 ……。


 名刺を見るまでもないッスね。


 彼女は長谷川穂波はせがわほなみ


 私が暗殺したことで治癒応力が覚醒し、探理官になった人。


 私も彼女も、日の当たるところへ帰ってきたってわけッスね。


『いい、分かった?』


『分かったよ』


『じゃ、探理局へ行くわよ』


『了解……、て、あの娘どこかで見たような……』


『ほら行くわよ』


『はいはい』


 声は聞こえないッスが、そんな感じのやりとりをして、お二人も乗用車に乗って行ったッスね。


 ────捕り物が終わり、周りの皆さんも散っていく。


 ポツンと取り残された私たち。


「姉ちゃん……、帰ろう」


「そうそう、帰りましょう」


 映二、母さんが笑顔で促す。


「ええ、そうするッス」


 私も笑顔で答え、家族で歩き出す。


 すると、一枚の花びらが私の目の前を通っていったッス。


 私にしか見えない桜の花びら。


 私たちの再会を祝い、無事を祈ってくれているようッス。


 ありがとう……。

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