第30節 -夢の橋渡し-

「総監。メッセージが届いています。このコードは間違いなくあの二人です。」

 午後10時半過ぎ。ホテルの一室。翌日の帰国に備えて準備を行っていたフランクリンは、つい先ほどデバイスに到着したメッセージの送り主をレオナルドへ伝えた。

「今度は何だ。また厄介事でなければ良いのだが。」

「それが、推薦状のようで…」

「彼女からの推薦?新手の罠かね?」

「総監、お気持ちは分かりますが。」

「ははは、冗談だよ。目の前でそこまで言えば彼女達の気に障るだろうな。それで、彼女がわざわざ推薦してくるような人物とはどのような人物なのかね?」

「これは…二日ほど前、我々が彼女とこの地で初めて遭遇した時に連れていた青年でしょうか。総監のデバイスにデータを送信します。」

「ほお。あの時の青年か。」レオナルドは目を細めながらそう言うと、フランクリンが送信したデータを確認した。



 氏名:フロリアン・ヘンネフェルト

 出身:ドイツ連邦共和国、ノルトライン=ヴェストファーレン州ミュンスター出身


 その後は詳しい学歴や経歴の他に、この数日間における彼の行動や理念、その特異性や推薦理由についての記載が続く。

 推薦状の最後には、推薦人として国際連盟 保安管理部 第6課 マリア・オルティス・クリスティーの名が記載されていた。


 機密保安局 セクション6は国際連盟内部においても上層におけるごく一部の者しか知り得ない、公式な存在が秘匿されている部門の為、対外的な公式書類の提示の際には部門名などに一種の偽装が施される。

 彼女達がよく使用するのは今回のように「保安管理部 第6課」というもっともらしいものだ。

 ただ偽装とはいえ、どういう絡繰りかは不明にせよ正式に内部コード登録がされている為、正式な書類としての効力はしっかりと持っている。

 連盟に問い合わせれば “発行された事実がある” という回答が得られるのだ。


「実に彼女らしい強引な手法だが、これを職権乱用というのではないのかね?推薦というよりは、採用せざるを得ない圧力を感じる。我々は国連の一機関ではないのだがね。」

 レオナルドの表情はその言葉とは裏腹にとても穏やかなものだ。まるで孫のわがままを目の前にした祖父のような表情をしている。

「しかし、確かに興味を引く青年ではあります。推薦ではありませんでしたが、姫埜少尉のような前例もあります。タイプとしては少し彼に似ていると言えるでしょうね。」

「直接会って話してみる価値はありそうだな。優秀な人材は広く集めるべきだ。」

 そう言うとレオナルドは早速メッセージアプリを起動し、マリアに向けて彼と話しをする用意がある旨を送信した。


                 * * *


「反応が早いね。私の視た時刻より46秒ほど早い。良い兆候だ。」

 レオナルドからのメッセージを見たマリアが呟く。

 アザミとマリアは宿泊するホテルの部屋へと戻り、紅茶を飲みながら一息入れているところであった。

「それで、機構は彼を採用するのでしょうか。」

「あぁ、機構は間違いなく彼を採用する。レオナルドとフロリアンが直接話し合う機会さえ設ける事が出来ればね。問題はそこなんだけれど。」

 マリアはそう言いながらフロリアンへあるメッセージを送り、続けてレオナルドへ返信を送る。

 その後、デバイスを机の上に置くと紅茶を一口飲んでマリアは話を続けた。

「あとは彼自身がどう反応するか。そこに期待してみよう。明日、私達が帰国する頃には結論が出ているだろうね。」

 マリアの口から帰国についての言葉が出たのを確認したアザミは、その事について聞いておきたかった事を確認する。

「マリー。明日、彼に挨拶をせずにここを発って宜しいのですか?」

「お互いが言っただろう?さようならは言わないと。ここで別れを言ってしまったら、もう二度と会えないみたいじゃないか。」微笑みながら返事をした彼女の様子をみてアザミは安心した。その表情はとても穏やかだった。

 彼との直接の会話を経て、互いの心の在り方について確信的なものが得られた様子でもある。互いを信じあう事にまるで迷いが無いといった風だ。

 どうやら自身の中でも気持ちに折り合いをつける事が出来たらしい。

「そうですね。」マリアの言葉にアザミはただ一言だけ、優しく返事をした。


                 * * *


 レオナルドはマリアから返ってきた返事を読む。

「彼女はなんと?」フランクリンがレオナルドに確認する。

「明日の午前10時に指定の場所で彼を待て、だそうだ。」

「向かわれるのですか?」

「あぁ。行ってみるとしよう。指定の場所はこのホテルのレストランだ。」

「なんだかんだと言いながら、総監も彼女に甘い。」

 レオナルドの反応にフランクリンは本音が漏れる。

「機構の設立に関して、最初に彼女が大きな力を貸してくれた事もまた事実だ。大規模な国際機関となった今でこそ不干渉の原則の元、対等な立場でやり取りをしているがな。」

「よく承知しております。あの頃は大変でしたからね。」

「私の夢を叶える為に必要だった事を、文句も言わずにあの笑顔のまま引き受けてくれたという点を考えるとな。設立前の各国との交渉はそれは熾烈なものだっただろう。故に、たまに上から物を言われたとしても、対応がどうにも甘くなってしまうのも致し方ないところではある。それに、自身が場のセッティングまでした上で面談させたいという人物というのも中々に気になるじゃないか。ただ面談をするだけであれば我々にとっても悪い話ではない。」

「まさか彼女自身が進んで仲介役をこなすなど、そのヘンネフェルトという青年は余程彼女に気に入られたのでしょうな。」

「それだ。彼女は我々が公園で息抜きをしていた朝に彼と出会ったと言っていた。僅か数日でそこまで彼女に気に入られる人物などそうそういるものではないだろう。思うに、普通の人物なら彼女と世間話を一言交わすだけでも奇跡と言って良い。他人とのやり取りは基本的に全て、傍に控える彼女の役回りだろうからな。」

 レオナルドはマリアが推薦する人物というものがどんな人物なのか考えてみたが、おおよそ想像のつくものではなかった。

「全ては明日、指定された時間に指定された場所に行けば分かる事だ。」考える事をやめたレオナルドは言った。そしてフランクリンが言う。

「私もお供いたしましょう。」

「よろしく頼む。さて、今日はもう遅い。私はもう休むことにするよ。」フランクリンの言葉にレオナルドはゆっくりと頷き答えた。

「承知いたしました。では、私はこれで失礼します。」

「遅くまですまなかったな。フランク。良い夜を。」

 レオナルドはそう言ってフランクリンを見送った。


                 * * *


 フロリアンはホテルのベッドの上に仰向けに寝転がりながら、アザミからもらった写真を眺めつつ、この三日間の事を思い返していた。

 アザミは写真に撮られる事を嫌った為、三位一体の像の前における一枚しか映っていないが、数々の写真を眺めていると彼女達に出会った時からつい先ほどまでの出来事が鮮明に脳裏に蘇ってくる。

「マリー。」

 意識せずに彼女の名前を口走る。その時、フロリアンのデバイスにメッセージの受信を知らせる通知が届いた。

「メッセージ?誰から。」

 差出人を見てフロリアンはベッドから飛び起きた。マリアだ。

 すぐにメッセージの内容を確認する。


                = = =


 親愛なるフロリアン。

 ひとつ言い忘れていた事がある。君の夢についてだ。

 私は君が語ったその素晴らしい夢を叶えられる世界で唯一の場所を知っている。その場所に君が辿り着く為の橋渡しをしよう。

 添付の地図に目印を付けておいた。明日の午前10時、その場所を尋ねて欲しい。

 そこには君の願いを叶えてくれるだろう人物が二人いる。話してみると良い。二人は私が心から信頼する人物で、きっと君の話を真剣に聞いてくれるはずだ。

 君の幸福を心から祈っているよ。そしていつかまた、どこかで会える事を願っている。

 マリアより。


                = = =


 そのメッセージを読んでフロリアンは明日、指定された時間にその場所に向かう事をすぐに決めた。

 指定された場所で待つ人物が誰なのかは分からないが、彼女からの希望を断るなど選択肢に無い。

「ありがとう、マリー。僕も心から願うよ。そうさ、いつかきっと。」

 フロリアンはマリアに翌日指定の場所に向かう旨の返事をした後、翌日に備えて眠る事にした。


                 * * *


 マリアのデバイスにメッセージの受信を知らせる通知が入る。紅茶をテーブルに置くと内容を確認した。

「条件は整った。これで未来は決定だね。」

 メッセージを確認してそう言ったマリアは微笑んでいたが、アザミはその未来が何を示すのかを思うと、少しだけ複雑な気持ちを感じた。

「アザミ、大丈夫。これによって私と彼の本質的な何が変わるわけでもないし、共に過ごした時間の何が変わるわけでもない。それに、これからも本気で彼が私に向き合うというのなら、私達の事についてはいずれは知らなければならない事実というものだ。立場の事も、生い立ちの事も、この体の事も。違うかい?」

 彼女の言葉を聞いてアザミは自分の心配し過ぎだと悟る。自分よりも彼女の方がずっと大人だった。

 彼が偽りなく彼女と向き合い続けるのであれば、今回話さなかった事実というものを知るべき時がやがて訪れる。

 それを知った上で、立場の違いを越える事が出来なければ意味が無いのだ。

 そしてマリアは、いつの日か自身の全てを彼に明かした上で、それでも今日と同じように自分の事を受け入れてくれるのかを問うつもりらしい。

 彼女の背負うものの意味を知った上で彼がどのような答えを出すのか、アザミも興味があった。

「すみません。私の取り越し苦労だったようですね。」

「いいんだ。心配してくれてありがとう。私はもう平気だよ。」

 そう言い切った彼女の頼もしい返事を聞いてアザミは心から安堵した。これも彼のおかげである。心から彼に感謝をした。


 時刻は午後11時を指そうとしている。アザミはいつもと変わらず、慈しむようにマリアへと声を掛けた。

「マリー、今夜は遅いですから。もうお休みになってください。」

「そうだね。今日はとても良い夢を見る事が出来そうだよ。」マリアはそう言うとベッドへと潜った。この数日ですっかりお気に入りとなったふわふわのベッドへ。

「おやすみ、アザミ。」

「おやすみなさい、マリア。」

 就寝前の挨拶を交わし、アザミは部屋の照明を消した。

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