第21話

 黒いヘプタボットが食べかけのように散らばり、軽機関銃の発射音がセミの群れのけたたましさのように響く中、横道と松本はそれぞれの守護コウレイをぶつけ合っていた。


「春子ばあちゃん! ヘプタボットは任すぞ!」


「ああ、アタシの戦友を教育しなおしてくれな」


 春子は再び軽機関銃に取り付き、迫りくる黒い波に対応し始めた。


 一方、横道は松本の守護コウレイをどう料理するかを思案していた。


「勢いだけだと思っていたが、作戦を練る程度の頭はあるようだな」


「まだまだ若いから頭は回るんだよ。アンタは頭のシワだけじゃなくて脳のシワまでないのか?」


 横道と松本はジャブを繰り出すように舌戦をする。それは互いに思考する時間を稼ぐためだった。


 そんな中、先に動いたのは松本だった。


「っ!」


 松本は自身の守護コウレイを使い、地面の土を掬い取って横道に浴びせる。


 それは土と言えども、細かい小石も含まれているため、まるで散弾のような威力だった。


 突然の攻撃に横道は回避できずにいたが、ノーヘッドが物質(エクトプラズム)化して土と石の驟雨(しゅうう)を遮った。


「隙だらけだ!」


 その間に松本の守護コウレイが接近し、片手でノーヘッドの腕を掴み、背負い込む形で投げた。


 ノーヘッドは踏ん張ろうとするも、力はなんと松本の守護コウレイの方が強く。ノーヘッドの身体はそのまま地面に叩きつけられた。


 松本の守護コウレイがノーヘッドに追撃をするそぶりはなく、無防備となった横道に迫る。


 だが横道もただ突っ立ってるワケではない。


「くらえ!」


 横道は狙撃銃を用いて、松本の守護コウレイに銃弾を浴びせる。


 その銃弾が、松本の守護コウレイに接触して破裂すると、電流を放った。


「――!」


 松本の守護コウレイはその半身を硬直させ、悲痛な叫びを上げる。


 その間に、ノーヘッドは立ち上がり、松本の守護コウレイと向き直った。


「投げ技も関節技も使わせるな! 連打だ!」


「迎え撃て!」


 ノーヘッドも松本の守護コウレイも自分の拳(こぶし)を互いに叩きつける。


 身体が半分なため、松本の守護コウレイは下から、ノーヘッドは上から叩きこむ形となる。


 エネルギーであるアストラル体であっても、上下の位置エネルギーの差は大きいらしく、次第にノーヘッドの攻撃が松本の守護コウレイにクリーンヒットしだした。


「そちらが有利か、ならば!」


 松本の守護コウレイは突然ガードを解くと、まともにノーヘッドの拳を頭部に受けた。


 その力は強く、松本の守護コウレイの顔が半分崩壊するほどだった。


 その代わり松本の守護コウレイはノーヘッドの腕を取った。


「ここで決める!」


 松本の守護コウレイは腕をよじ登るように伝(つた)い、ノーヘッドの後ろに回り込む。


 それから両腕でノーヘッドの首に絡みつき、締めたのだった。


「首をとってやれ!」


 ノーヘッドは首を羽交い絞めにされ、苦しそうにもがく。


 なんとか逃れようと後ろに倒れこみ、背中にいる松本の守護コウレイを地面に擦り付けるも、効果はない。


「耐えろ、ノーヘッド。俺が狙撃で――」


 横道が狙撃銃を構えようとするも、それを拒(こば)むように銃身へ弾丸が飛んできた。


 その弾丸は松本の拳銃からだった。


「撃たせられないな! コウレイはコウレイ同士。人間は人間同士。決着をつけるとしよう」


 松本の拳銃の狙いは正確で、横道は近くの土嚢に身を隠すしかなかった。


 これでは松本の守護コウレイを狙えない。


「八方ふさがりか……」


 ノーヘッドを援護するのも、松本を独りで倒す自身もない。かと言って春子やジョー、アオザの援軍も頼めない。


 現状は考えうる中で最悪の状況だ。しかも時間が経てば経つほどこちらが不利になり、迷っている暇もない。


 横道は土嚢に伏せながら、打開する策を必死に考えた。


 そして、その冴えた考えは天啓(てんけい)のように横道の行く先を拓(ひら)いたのだった。


 ただそのやり方は自殺行為でもあった。それに実行するのは横道自身ではなく、ノーヘッドなのだ。


 横道はノーヘッドに、祖父の魂に、すまないと思いつつ願った。


「俺の弱さが招いた強硬策だ。けれども俺に力を貸してくれるなら、頼む」


 願いが通じたのか、地面でもがいていたノーヘッドがぴたりと動きを止めた。


 更にそこから強引に立ち、松本の守護コウレイを背負ったまま、ノーヘッドは走り出したのだった。


「馬鹿め! 走ったところで締め技からは抜けらぬぞ!」


 松本は勝ち誇ったようにノーヘッドを見ていたが、すぐにその目的に気付いた。


「や、止めろ! それは自殺行為だぞ!」


 ノーヘッドが向かっていたのは対コウレイ用施設だ。そこは内にも外にも高圧電流が流れており、コウレイにとっては致命的な場所だった。


 それでもノーヘッドはためらいもせず、屈(かが)むように背中を見せながら対コウレイ用施設に突っ込んだ。


 ――バチッ!


 その瞬間、ノーヘッドも松本のコウレイも光に包まれた。


 高圧電流に呑まれた守護コウレイたちは叫んだ。ノーヘッドはライオンように唸り、松本のコウレイは千の風に掻き鳴らされた弓のように喉をからした。


 ほんの一時だけ守護コウレイたちは悶えた後、どちらも対コウレイ用施設に弾かれる。


 そうして横道の目論見通り、ノーヘッドは首の締め付けを解除させたのだ。


「馬鹿な奴め。守護コウレイが消滅したらどうなるか、それは未知数なのだぞ! 死にたいのか!」


「死にたがりはどっちだ? テロリストの首謀者になって、春子ばあちゃんを悲しませやがって。どうして自治政府を潰そうとしたんだ!」


 ノーヘッドと松本の守護コウレイが再び殴り合う横で、松本は土嚢越しの横道に反論した。


「時間がないんのだ。彼岸川町の自治政府は、俺たちに小型戦術核の撤去を命じた奴らだった。だが、その作戦はそもそも仕組まれたものだった」


 松本は歯を食いしばりながら、思い出すように口にした。


「核を用意したのは自治政府の方だった。つまり敵が核を使ったように演出するための、自作自演。俺たちは騙されたんだ!」


「……! だ、だが内戦は終わったんだ。生きていたなら他の道だって」


「他の道などない! 俺は核シェルターの別区画にあった冷凍睡眠装置に逃れたが、被曝までは防げなかった。その結果、コウレイに接触されて守護コウレイを得たのは僥倖(ぎょうこう)だった。この力さえあれば、身体が朽ちる前に復讐できる。そのためだけにこの10年を生き延びてきた!」


 10年、10年である。間近で核の被曝を受けたにも関わらず、松本は自治政府への復讐のためだけに10年も生きたのだ。


 その復讐心の凄まじさは、その年数だけでも明らかだった。


「春子さんに伝えようとも考えた。だが春子さんは既に自治政府の庇護(ひご)の元、ホスピタルで特別介護士として働いていた。それだけで十分、俺への裏切りだ」


「知らなかっただけでそれか! アンタは頭がおかしくなったのか!」


「ああ、そうだ。俺の脳は放射線によって蝕(むしば)まれ、心はコウレイによって奪われた。俺はもう昔の松本ではない。だからこうして敵としているのだ」


 松本は土嚢に隠れる横道に近づいていた。


「ああ、分かったよ。ならこれで終いだ!」


 横道は、何もしなかった。


 その代わりに松本の守護コウレイと戦っていたノーヘッドが一瞬の隙を突いて、地面の土を握ったのだ。


「これでもくらえ!」


 ノーヘッドは握った土を松本に向かって投げた。それだけの行動をするには、松本の守護コウレイから打撃をくらう必要があった。


 けれども狙いは外さなかった。


 松本は投じられた土と石の散弾をまともに浴びた。だが近くにいた横道の方は、土嚢が壁となり回避できた。


「松本ォ!」


 横道は狙撃銃を構えながら土嚢から出る。そこには倒れ伏した松本が待っていた。


「横道ィ!」


 松本は這いながらも、拳銃を握る。


 2人は互いを狙い、その引き金に指をかけた。


 ――パンッ!


 ――ズトンッ!


 別々の射撃音と共に、2人はその身体を崩す。


 横道は右太ももに銃弾を浴び、膝を付いた。


 もう片方の松本は、平然な顔をしていた。そう思われていたが、口角の先から血が伝った。


 松本は起き上がらせた胸元に大きな穴を開けていたのだ。


「俺は――」


 松本は破れた肺からせりあがる血のあぶくを吐きながら、身を伏せた。その次の言葉が何かは、もう誰にも分からなかった。


 ノーヘッドの方では、対面していた松本の守護コウレイが少しずつ崩壊していた。


 その守護コウレイは松本の方を見たまま、寂しそうな女性の瞳を潤ませて、消えていった。

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