第19話

「電流安定、装置試運転正常、いつでも行けます!」


 作業員のリーダーが全ての稼働テストを行い、石川に報告を行った。


「春子たちは準備できたか? まさか呑気に休んでいたわけではないな」


「そいつは大丈夫だよ。自前の装備と老人グループから融通してもらった物は準備したさ。待ちかねていたほどだよ」


 春子は自信ありげにそう告げる。事実、横道たちはそれぞれの方向に散り、どこからやって来ても対応できるように配置されていた。


 横道と春子は山側の斜面、ジョーとアオザは住宅街方向、ダム側の警備兵たちがダムと共に側面を守り、ダムの反対側はアールビーがいる。


 例え全方向から来られても対応自体はできる。問題は敵の数次第だ。


「では高齢女性の生命維持装置を停止後、退避次第始める。では開始しろ!」


 石川の指示通り作業員たちは動き出す。そして間もなく、高齢の女性を収めているタンクは電源が落とされ、対コウレイ用に周りを囲っている壁の外へ作業員が退避した。


 対コウレイ用の施設は、網状の電気網の壁を持つドームのようなものだ。網目の伝導体にはアストラル体を捕らえるための特殊な処理がされており、一定時間コウレイを閉じ込める機能があった。


 とはいえ、コウレイを完全に閉じ込めて弱らせるのには電気が必要だ。もしくは火やビームと言ったエネルギーだ。それらがなければコウレイを消滅させる方法はない。


「作業員退避完了。対コウレイ用施設稼働します!」


 作業員のリーダーがそう言うと、対コウレイ用施設は青白い放光を帯びる。


 その光は山を照らし、住宅街に降り注ぎ、どこからでも眺められるほどだった。


 だから、彼らもその光が襲撃の合図だと分かっていた。


「山の斜面から来るよ! 全員注意しな」


 最初の敵に気付いたのはセンサーの強いアールビーではなく、春子だった。


 なだらかな芝生の斜面の上から、黒い群れがやってくる。それはすぐに森の中から正体を現した。


 やってきたのは黒いヘプタボット、テロリストたちのものだ。


「行くよ、横道」


「行くって言っても最初は防戦だろ。狙撃は任せろ」


 横道は300メートル以上先に現れたヘプタボットたちに照準を合わせる。


 この距離くらいなら横道にとって十分過ぎる近さだ。よほど相手が素早くなければ外す可能性は皆無である。


 横道の狙撃の開始に合わせ、春子はあるものにかけていたシーツを取り払った。


「出番だよ!」


 それは口径が5ミリほどの軽機関銃、いわゆるマシンガンだ。春子がいつも使っている銃よりも大きく、ベルト状の弾丸が並んでいるためかなりの連射力がある。


 春子は軽機関銃を握り、親指の位置にあるトリガーを押す。すると弾が続けざまに吐き出され、遠くにいる黒いヘプタボットたちが刈り取られる草のようにバタバタと倒れた。


 その制圧能力は横道の狙撃銃以上。もはやこれさえあればただ向かってくる敵は怖くない。


「住宅街からも来ている! こちらも反撃する!」


 ジョーとアオザの方面からも敵が来たらしく、そちらの方向からも軽機関銃の連射音が響く。


 これらは偶然にも老人グループの拾い物として渡された2つで、弾もかなりある。


 爆薬には驚かされた横道たちだったが、まさか軽機関銃さえも所有しているとは思わず、一同を仰天させた。


「もしかしたら戦車や野砲も準備できたかもしれないね。試しに言ってみればよかったよ」


 本当にそれらがでてきても、どちらにしても地下鉄を通すのは難しく放置するしかなかっただろう。


 無論、相手が歩兵以上のものを用意したとなれば、それも必要かもしれない。


 そんな風に考えていると、横道の近くで爆発音が響いたのだった。


「!? 敵迫撃砲!」


 横道がスコープを覗くと、その先に迫撃砲を装填している黒いヘプタボットたちがいる。


 こうして視認可能範囲にいるのは、森の中から発射できなかったか、距離の問題だろう。


 どうであろうと、見えているなら狙撃は可能だ。横道はレバーを引いて弾を装填しなおし、連中を狙った。


 ――ドンッ!


 大きな銃撃音により吐き出された弾は、軽い放物線を描き、迫撃砲そのものに突き刺さった。


 銃撃をくらった迫撃砲は、大口径の鉛玉によって爆砕し、破片が近くの黒いヘプタボットたちを襲った。


「排除した。次の目標を探す」


 敵は迫撃砲の他にもRPGのような対戦車兵器も持ち出してきた。しかしどれも横道の手によって破壊され、他の者は春子の軽機関銃によって薙ぎ倒されていった。


 また、弾薬によるコーラスは住宅街だけではなく、ダムの方角やダムとは反対側の方向からも聞こえる。


 ダムの法側はおそらく警備兵が交戦しているのだろう。それにダムの反対側はアールビー以外にも仕掛けがあった。


「警備兵の人たちのあまりの銃や弾をトラップに使ってよかったのか?」


「有効活用さ。あれだけあれば使い切れないだろう? それなら足りない兵員の代わりになってもらうしかないよ」


 こうしてテロリストたちからの攻撃を凌(しの)いでいると、対コウレイ用施設にも変化があった。


「大型コウレイ出現!」


 横道がちらりと対コウレイ用施設を見ると、そこには巨大な影があった。


 大きさはビル5階建て以上あり、対コウレイ用施設の上まで貫通している。形相(ぎょうそう)は鬼の面のようで、どこかを欠損した人間型ではなく、四肢が完全な巨人のような姿だった。


 その大型コウレイは対コウレイ用施設にちょうどはめ込まれたようになり、今は身動きが取れないようだった。


「電流は最大か!?」


「はいっ。これが最大です」


 あまりの大きさに、対面してる石川と作業員たちは慌てる。


 それでも対コウレイ用施設が正しく機能して大型コウレイを閉じ込めているため、胸を撫で下ろして冷静になった。


「このままを維持しろ。このままだ! これなら作戦は成功する!」


 確かにこれなら大型コウレイを殺し切れるだろう。けれどもそれを安々と見逃してくれるほど、テロリストたちは生易しくはなかった。


 まず仕掛けてきたのは、山の斜面を駆け下りてくる青い人魂だった。


「あれは、ガン子か!」


 けむくじゃらのような荒れた髪をした少女は、ドームで出会ったガン子だった。


 現在はその身を守護コウレイの壁で覆い、こちらに直進してくるのだった。


「気が進まないのだけどね!」


 春子はそんなガン子に容赦なく軽機関銃の弾を浴びせる。


 だがガン子は銃の雨にもひるまない。上手く守護コウレイの壁を先鋭化して、傾斜角のある被弾によって弾を跳ねのけていた。


 これは対人用の攻撃では止められない。


「相手は任せるよ、横道」


「ああ、任せておけ」


 横道は狙撃銃に込める弾を変え、新しい弾丸を込める。


 更にスコープの中央に走り寄るガン子を映し、躊躇することもなく引き金を引いた。


 ――バチッ!


 横道の弾は狙いを外さず、ガン子の鼻先にある守護コウレイの壁に衝突する。


 しかもそれはただ衝突しただけではない。銃弾は弾(はじ)けて電流を流したのだ。


 その瞬間、ガン子を守っていた守護コウレイの壁は取り払われた。


「このくらいで、ぼくはとまらない! とめられない」


 ガン子は喚(わめ)きながらも銃弾の中、春子に突進する。


 春子は最後まで銃口をガン子に合わせるが、本人がそう言うように止まらなかった。


「このっ!」


 ガン子はついに飛び上がり、春子に覆いかぶさった。


 そんな春子もそのまま餌食になるほどやわではない。とっさにガン子の身体を横へ押し出し、拳銃を握ったのだ。


 そうしてガン子は、春子の手によって軽機関銃の傍らに倒れこんだ。


「……」


 春子は倒れたガン子に拳銃を向けるも、撃たなかった。何故ならば、その必要がなかったからだ。


 ガン子の胴体には見て分かるように、無数の銃痕が残されており、そこから大量の出血が見られた。


 誰が見ても明らかに、ガン子は身動きが取れるどころか死ぬ間際にいたのだ。


「アンタ、どうしてそこまでして松本の命令を守るのかい?」


 春子は拳銃を構えたまま、虫の息のガン子に尋ねた。


「ぼくは、ちまみれでうまれた。だからちまみれのひとに、したがった」


 ガン子はそう、意味深に呟いた。


「それにぼくは、『いぬじに』じゃないよ」


 ガン子がニッと口を歪ませると、その顔の前に丸いピンのようなものが落ちた。


「くっ! 手りゅう弾かい!?」


 春子は叫びながら、身を伏せようとする。


 その間に、ガン子は手の中からパイナップル状の玉を捨てて、最後の苦笑いをした。

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